第38話 覚醒
「もうハースくんったら、危ないじゃない」
「す、すみません」
「別に謝らなくていいわ。
そ・の・代・わ・り、うちも少しだけ、本気出しちゃうから」
「あ、あはは……」
これ、死んだな。
「ティーネブリス!」
ディアンナが魔剣を振るうと、素早い斬撃が俺の元へ飛んできた。
こ、これはやばい……。
「フリーズ! フリーズ! フリーズ!」
急いで3重に氷壁を張り、それを何とか斬撃を防ぐ。
だが、まともにあれをくらえば、即死は免れないだろう。
「ティーネブリス! ティーネブリス! ティーネブリス!」
しかし、ディアンナはそんな事気にもせず、斬撃を連続で出してくる。
彼女は心まで化け物みたいだ。
「フリーズ! フリーズ! フリーズ!
フリーズ! フリーズ! フリーズ!
フリーズ! フリーズ! フリーズ!」
後、これはいらない配慮かもしれないが、できるだけ芝生を傷つけないように戦わないと、帰ってきたクロさんとシロさんに怒られそうだ。
だから俺は、斬撃をかわすのではなく、全てフリーズで防いでいる。
「あらあら、ハースくん結構やるわね」
「ありがとうございます」
正直に言えば、今すぐにでも手を抜いて欲しい。
ただ、パパさんは無言。
つまり、続けろということだ。
「ふぅ、そろそろかな」
「え?」
よく見ると、魔剣いっぱいに魔力が溜まっている。
「ま、まさか……」
もしかすると、次飛んでくる斬撃は範囲にいるだけで死ぬかもしれない。
直感でそう感じた。
「じゃあ行くわよ」
「いやいや、だめでしょ……」
「ティーネブリス・ラグナ!」
竜の形をしたその斬撃は、視界に入れただけで足がすくむ。
正しく、闇の竜だ。
「おいおい、昔話みたいな竜出てきちゃったよ」
名前からして、やばい斬撃の進化系であることは間違いない。
ただ、このような場所で、このような手合わせの場で使うような技じゃないことは確かだ。
しかし直後、更なる不運が俺を襲った。
「ただいまなのだ!」
おいおい、この声まさか……。
「シェルヴィ様!?」
「ふっふっふ、ハースよ。
我は今日、午前授業で早帰りだったのだ!」
そう。
最悪のタイミングで、シェルヴィ様が帰ってきてしまったのだ。
「おいディアンナ、今すぐその竜を止めろ!」
「えっ、あっ、ちょっと、それは無理よ。
だってもう、放っちゃったし……」
「はぁ、夢だと言ってくれ……」
竜は、獲物を見定めるかのごとく空を飛んでいる。
言うならばそう、空の王だ。
でもこの時の俺は、どうにかデリートさえ当てられれば、竜を止められると思っていた。
「あ、あのね、ハースくん」
「なんですか!」
「あの竜、デリートじゃ止まらないから……」
「は?」
そして、事態は最悪な方向へと進む。
「な、なんか飛んでくるのだ……!」
シェルヴィ様の声に導かれ、魔剣から放たれた竜を目で追うと、あろうことかシェルヴィ様の元へ向かっていくではないか。
「ディアンナ、後で反省文を提出しなさい」
「も、申し訳ありません」
真っ先に異変に気づいたパパさんは、怖い笑顔でディアンナを見ると、シェルヴィ様の前へ空間転移を始めた。
そしてちょうどその頃、俺の頭の中は酷いパニック状態に陥っていた。
……だめだ……。
……竜がシェルヴィ様の元に……。
……喰われるのか?……。
……殺されるのか?……。
……それだけは……。
……それだけは……。
……それだけは……。
脳裏によぎるシェルヴィ様との思い出。
俺はこの命に変えてでも、あなたをお守りします!
「絶対にだめだぁぁぁあああ!」
この時、どこかのリミッターが外れた。
「魔力全開放……アスモデウス!」
次の瞬間、俺は魔王を超えた。
「なっ、ハースくん……!」
俺は魔王より先に、シェルヴィ様の前へと空間転移した。
「ふぅ……」
そして当然、この膨大すぎる魔力は、買い出しから帰る途中のクロさんとシロさんに届いていた。
「な、なんにゃ!?」
「こ、これは、凄まじい魔力です……にゃ」
2人が持つ野菜や肉、魚がパンパンに入ったビニール袋は、今にもはち切れそうだ。
「シロ、急いで帰るにゃ!」
「はい、急ぎましょう……にゃ」
そして、場面は再び城前へと戻る。
身体からとめどなく溢れる濃い魔力。
「おい腐れ竜、どこへ行く?
まさか、シェルヴィ様の元へ行くわけじゃないだろう?」
「グオオオオオ!」
「悪いが、シェルヴィ様の命は俺の命だ。
お前みたいな腐れ竜に、奪われていいはずがない!」
「グォォォォ……」
俺の赤く光る目を見て、竜は恐れた。
でも、それはごく自然のことである。
だって、死を恐れるのは生物の本能なのだから。
「魔静術……
俺の手のひらから放たれた暗黒の魔弾は、一瞬にして竜を消し去った。
「シェルヴィ様は俺の全てだ。
二度と近寄るな」
「ハース……」
そして、その言葉を最後に俺は気を失った。
おそらく、膨大すぎる魔力に身体が耐えられなかったのだろう。
「ハース!」
気を失う直前、俺を心配するシェルヴィ様の声が聞こえたような……。
でも、シェルヴィ様ごめんなさい。
少しだけ眠らせていただきます。
「あ、あいつ何者なんだよ……」
「あー、足が全く動かなかったぜ……」
「う、うちは、あんな化け物を相手にしてたのね……」
魔王軍幹部だけでなく、あの魔王すら超える力。
これを人は『愛』と呼ぶのかもしれない。
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