第9話 古の魔法

「ハースさん、今のって……!」


 シロさんはなぜか、とても驚いた顔をしている。


 まぁ察するに、俺の成長の早さに驚いたというところだろう。

 普通じゃないのも、案外悪くないかもな。


 って、流石にそんな空気じゃないことくらいはわかる。

 俺はゆっくりシロさんから手を離した。


 するとその直後、四足歩行のクロさんが走って現れ、大きな声で叫んだ。


「断絶結界にゃ!」


 そして、その声に集まるように、パパさんとママさんも玄関床の魔方陣から姿を現した。


「な、何事ですか!?」


 俺を中心に張られた網目状の結界。


 しかも、パパさんとママさん、そしてクロさんの視線は、裏切り者を見るかのように鋭く冷たい。


「ハースくん、1つ聞かせてくれ。

 君は魔女の一族なのかい?」


 はい?

 ま、魔女?


 急に現れたかと思えば、パパさんは何を言ってるんだ?

 まず第1、俺は男。

 魔女であるはずがない。


「いえ、絶対に違います」


「あぁ、そうだよね。僕もそう思う」


「ならどうして……」


「でも僕は今朝、クロから聞いてしまったんだよ。

 ハースくんが、古の魔法を使ったとね」


 古の魔法?

 初めて聞く言葉だ。


 でも、初めて聞いたかどうかなんて、相手にどう伝えたら……。

 まぁいい、物は試しだ。


「信じてもらえないかもしれませんが、俺は今この瞬間、初めて古の魔法という言葉を聞きました。

 だから、俺が使うはずもなければ、魔女であるはずもありません」


 やっぱり、正直に言うのが1番だ。

 罪悪感がないというのは素晴らしい。


 ただ、それにしても、その古の魔法とやらはそれほどまでに危険なものなんだろうか。


「じゃあ、聞き方を変えるね。

 ハースくん、空間転移魔法を使ったことはあるかい?」


 あの魔法陣から出る動きのことか。


「はい。

 それなら、昨日もついさっきも使いました」


「ならその時、君の足元に魔法陣はあったかい?」


「いえ。

 言われてみれば確かに、昨日の夜とついさっきは、瞬間移動の様な感じでした」


「やはりそうか。

 ハースくん、それこそが古の魔法なんだよ」


「えっ……」


 この時、俺の頭をよぎったのは、死の1文字だった。

 そして同時に、シロさんが驚いていた理由も分かった。

 シロさんはただただ、俺に怯えていたのだ。


「でも、待ってください。

 俺はクロさんやシロさんが使っていた魔法を真似しようとしただけなんです。

 信じてください!」


「もちろん僕だって、ハースくんの事を信じてあげたいよ。

 でもね、魔女絡みとなれば話は別さ」


 あぁ、またこの展開か。

 どうせ、空の上で笑ってるんだろ。

 1度くらい、その顔を拝んでみたいものだな。


「分かりました。

 なら、パパさんの手で俺を殺してください」


「えっ……」


「疑われたまま生きるくらいなら、死んだ方がましですから」


 あれ?

 この言い方だと、逆に殺しにくくなっちゃうかもな……あはは。


 そんなことを思った次の瞬間。


「でもね……」


 パパさんは右手に魔力を集め、それを俺に向けて放った。


 死んだわ、これ。


 直後、ズドォォォォォォォォンという大きな音と共に、俺の身体は結界の中で粉々に砕け散った。


 あぁ、この身体が溶けるような感覚は初めてだな。

 俺の意識は先の見えない暗闇へと消えていった。


 しかし、15秒後……。


「ゴホゴホ、ゲホゲホ……」


 ん?

 あれ?


 生きてる。

 どうして?

 なぜ、俺の身体は元通りに?


「ハースくんを殺すことは、現状不可能みたいなんだ」


「へ、へぇ……」


 あっ、そうか。

 魔王様に殴られた時、腹の辺りが涼しかったのは元に戻る途中だったからか。


 それはまた、随分なチート能力だこと。

 それで、俺はこれからどうなるんだ?


「あぁ全く。

 その強さが娘にあれば、立派な次期魔王候補だったというのに」


 そう言うと、魔王様は黙り込んでしまった。

 ママさんとクロさんも俺を睨んだままだし、シロさんなんて固まったまま動かない。


 はぁ、なんてもったいない時間の使い方をしているんだろうか。

 もういっその事、絶対に逆らえないよう俺を縛っちゃえばいいのに。

 ……って、それじゃん!


「パパさん、いや魔王様。

 俺から1つ提案があるのですが」


「ん?

 何かね?」


「まず、俺がシェルヴィ様と主従の契約を結びます。

 もちろん、その内容はそちらに一任しますし、俺は決して抵抗しないことをここに誓います。

 いかがでしょうか?」


 そうだ。

 俺を縛ってしまえば何も問題は無い。

 そもそも裏切ることが出来ないなら、魔女であるとか、古の魔法を使うとか以前の問題だ。


「ちょっとハース!

 あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?

 あなた、これは話し合いが必要よ」


「あぁ、分かってる。

 ハースくん、少し時間をもらえるかな?」


「はい、ここでお待ちしております」


 そう言って、ママさんはパパさんを連れて玄関を離れた。

 もちろん、魔法陣が現れる空間転移を使って。


 そして、その場に残された俺、クロさん、シロさんの3人。


「ねぇ、クロさん」


「な、なんにゃ!」


 必要以上に驚くクロさん。

 その様子に、思わず笑ってしまった。


「いやいや、そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか」


「な、何笑ってるにゃ!」


 たとえ警戒していたとしても、相手はいつものクロさん。

 それが分かっただけでも、十分安心出来た。


「よいしょ」


 それから、俺は床に座り、クロさんと話をした。


「1つ聞いてもいいですか?」


「ハースはそればっかにゃ」


「確かにそうですね」


「それで、話はなんにゃ?」


「魔女についてです」


「魔女……!」


 やはり、この言葉を口にした瞬間、クロさんの警戒が高まった。

 何か因縁のようなものがあるのだろう。


「俺は、なぜみなさんが魔女を恐れているのかも知りませんし、魔女が何者なのかも知りません。

 クロさん、お願いです。

 少しでいいので教えてくれませんか?」


 俺の言葉を受け、黙り込むクロさん。

 でも、俺には秘策がある。


「肉じゃが」


 この言葉に反応し、クロさんの耳がピクっと動いた。


「肉じ……」


「わ、分かったにゃ!

 それ以上は、お腹が空くから禁止にゃぁぁぁああ!」


「ありがとうございます」


 完璧だ。


「魔女は、はるか昔に滅んだ悪の一族にゃ。

 やつらが使う古の魔法は、我ら魔族を無力化し、次々魔界都市を滅ぼしていったのにゃ」


「それは酷い話ですね」


「そうにゃ。

 でも、そんな劣勢の中、魔女共の隙をつき、逆に後ろから全滅させちゃったのが今の魔王ヘリガル様なのにゃ!」


 なるほど。

 クロさんの揺るぎない忠誠心は、ここから来ているのか。


「……って、魔王様すごっ!」


「ふっふっふ、頭は上げたままでいいのにゃ」


 だから、どうしてクロさんが自慢げなんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る