第6話 肉じゃが

 その日の夜、俺は早速料理に挑戦した。

 今回作るのは、頭に浮かんできたレシピの1つ肉じゃがだ。


 細切れにした豚肉300グラム、じゃがいも4個、にんじん2本、玉ねぎ2個、糸こんにゃく200グラム、水を200~230ミリリットル、調味料として、醤油、酒、砂糖、みりん、和風だしをそれぞれ大さじ2杯ずつ用意。


 食材が記憶にあるものと同じなのは、正直助かった。

 そこだけは神様に感謝しないとな。


 では早速、調理開始といこう。


 じゃがいも、にんじん、お肉を1口大に切り、玉ねぎを細長く切る。

 糸こんにゃくは、ザルにあげてよく水洗いすること。

 そして、この時に食べやすい長さに切るといい。


 次に、フライパンに入れた油を軽く熱し、お肉から炒める。

 ある程度お肉の色が変わったら、野菜も混ぜて一緒に炒める。


 そして、全体的に火が通ったら調味料を全て投入。

 あとはアルミホイルで落し蓋をして、弱火でじっくり25分煮込めば肉じゃがの完成。


 あとは肉じゃがのお供として、無洗米に水を入れ、炊飯器のスイッチを入れて準備完了っと。


「ふぅ……。

 久しぶりにしては、結構いい手際だったんじゃないか?

 あとは待つだけだし、ちゃちゃっとシャワーだけ済ませるか」


 俺は肉じゃがを待つ間に、シャワーを浴びることにした。

 この流れが実に効率的で、前もよく実践していた気がする。

 俺は脱衣所で服を脱ぎ、ふっかふかのボディタオルを手に浴室へ入った。


「えーっと、これがシャンプーか」


 髪を洗うためシャンプーを手に出すと、フローラルないい香りがあっという間に流し場全体に行き渡った。


「めっちゃいい匂い……。

 これ絶対高いやつだ」


 当然、コンディショナー、ボディソープもフローラルないい香りがした。


 しかし、ここで大切なのはちゃちゃっと済ませてしまうこと。

 俺はスライムマットの上に乗り、ふっかふかなバスタオルでしっかり身体を拭くと、用意されていた白Tと黒ズボンに着替えた。


「ここまでやってくれてたなんて……。

 次会ったら、もう1回お礼しないとな」


 俺は洗濯機の中にタオル2つと服を入れると、居間に出た。


「はぁ、すっきりー……え?」


 すると、そこにはなぜか見慣れた顔が4人いて、ガラスの机を囲んでいた。

 しかも、俺がまだ座っていない木の椅子に堂々と座っている。


「ちょっと、何勝手に人の部屋入ってきてるんですか!」


 場所場所が場所なら犯罪だよ、これ。


「なんでと言われても、我にも分からないのだ!」


「えぇ、気づいたらここに座ってましたから」


「にゃ?

 クロは元々誘われてたから、いて当然にゃ」


「でもお姉さま、匂いに釣られて部屋に来てた……にゃ」


「おいシロ、余計なことは言わなくていいにゃ!」


 クロはポコッとシロの頭を叩いた。

 いや、今のはもはや叩いた内に入らないかもしれない。


「ごめんなさい……にゃ」


 うーん、これでこそ仲良し姉妹。

 とても普通で、見ていて気持ちがいい。


「それよりハース!」


「ん?」


「お腹空いたのにゃ……」


 クロがそう言うと、4人はべったり机へ身体を倒した。

 その顔は明らかに、早くご飯を食べさせろと言っている。


「はぁ、すぐに準備しますね」


「ありがとにゃ……」


 俺は1度キッチンに行き、落し蓋を取った。


「うわぁ、めっちゃ美味そう」


 その時の感動は、到底言葉で表すことは出来ない。

 俺は木枠に囲まれたガラスの食器棚から汁椀と茶碗を取り出し、人数分の肉じゃがを汁椀に、ご飯を茶碗にそれぞれよそった。


「喜んでくれるかな」


 それから俺は、箸と碗を木のお盆に乗せ、居間で待つ4人に自らの手で配膳した。


「どうぞ、召し上がれ」


「こ、これはなんなのだ……じゅるり」


「は、初めて見る料理ね……じゅるり」


「う、美味そうな匂いにゃ……じゅるり」


「み、みなさん落ち着いてください……にゃ……じゅるり」


 気づけば、4人は右手に箸を持っていた。


「これは肉じゃがという料理なんですけど、みなさんご存知ないですか?」


「肉じゃが?」


 4人は口を揃えて、首を傾げた。


「そうですか、知らないなら教えてあげます。

 噛めば噛むほどジューシーな旨みが口いっぱいに広がるお肉。

 ほろほろと崩れてしまう、柔らかなじゃがいも。

 そこに甘辛い味つけが加わって、それはもう言葉にならない美味しさで……」


 俺の解説を聞いた4人の口から、再びよだれが垂れる。


「では改めて……どうぞ、召し上がれ」


「いただきますなのだ!」


「いただきます」


「い、いただきますにゃ!」


「いただきます……にゃ」


 お肉とじゃがいもを同時に口へ運び、じっくり味わう4人。


「作ってよかった」


 まだ直接感想を聞いた訳ではないが、4人の顔を見れば十分作ったかいがあったと言える。


 だって見て欲しい。

 この幸せに満ちた表情を。


 (う、うまうまなのだぁ……)


 (美味しい……!)


 (にゃ、にゃんにゃにゃにゃにゃにゃ、なんて美味しさにゃ……!)


 (幸せ……にゃ)


 まぁ、表情から読み取れる感想はこんな感じかな。

 俺が頭の中でそんな想像をしていると、現実の方で4人の声が聞こえてきた。


「ごちそうさまなのだ!」


「ご馳走様でした」


「ごちそうさまにゃ!」


「ご馳走様でした……にゃ」


 は、早っ!

 しかも、めっちゃ綺麗に食べてるしっ!

 

 空の食器を前に、きちんと手を合わせる4人。


「お粗末さまでした」


 もちろん、俺も笑顔でそう答えた。


 そういえば、誰かにご飯を振舞ったのはいつぶりだろう。

 正確には分からないが、かなり久しぶりなのは確かだ。


 じゃあそろそろ、俺も肉じゃがを食べるとしよう。


 俺は少しだけ残しておいた自分用の肉じゃがを食べるため、4人の食器をお盆に乗せ、1人キッチンに戻った。


「うーん、いい香り」


 しかし、俺がフライパンに手をかけた次の瞬間、ガチャッとドアが開き、捕食者プレデターが現れた。


「にゃにゃ!

 まだ近くに肉じゃがの気配がするにゃ!」


 右手に箸を持ち、キッチンに現れたのはクロさんだ。

 よくよく見てみると、箸が1膳足りない。


 そう。

 俺は可能性を完全に見落としていたのだ。

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