第2話 魔王城

「んっ」


 一体どれくらい眠っていただろうか。


 ふと目を覚ました俺は、薄暗い部屋のふわふわとした何かに座っていた。

 視線の高さから考えて、椅子に座っているのは確かだ……と思う。


 ゆっくり視線を落とし、目を凝らしてよく見てみると、下に敷かれているふわふわの正体は、物語などでよく見る水色のスライムだということが分かった。


 えっ、スライム……?


 そして、徐々にはっきりしてきた視界には、部屋を囲う分厚い石の壁、大理石の長机、美しい木目の椅子が左右に16脚、そして俺の座る短辺に1脚ずつおかれているのが見えた。


 これはあくまで俺の予想に過ぎないが、ここはお金持ちの家の食堂ではないだろうか。

 まだ幼い頃、テレビで似たような雰囲気の場所を見たことがあるような気がする。


 でも問題なのは、どうして俺がこんなところにいるのかってことだ。


 着ている服は見覚えのある白Tに黒ズボン、靴も母から貰った白のスニーカー。

 だというのに、イマイチ状況が掴めない。


 そこで俺は何となく、手に力を入れてみた。

 すると、確かに感覚がある。


「感覚があるってことは、夢じゃないってことになるのか……」


 しかし、その手はどうにも、使い慣れた自分の手ではないような気がした。


 そして、その違和感の正体を探るため、手をグーパーすること2分……。


 突然、横から女の子の声が聞こえた。


「おっ、ようやく起きたのだ」


「ん?」


 顔を上げると、目の前に赤髪ショートの小さな女の子が立っているのが見えた。

 女の子の着ている赤のワンピースには、白文字で大きく『シェルヴィ』と書かれている。


「なぁなぁ、お前は一体何者なのだ?

 どうして外で倒れていたのだ?

 我はとっても、とーっても気になるのだ!」


 頭には2本の黒い角が生え、背中には小さな黒い羽が生えている。

 よく見ると、羽は服を貫通している訳では無いらしい。

 全くもって意味が分からない。


 ただ、分かったこともある。


 にわかに信じ難い話ではあるが、この女の子、俺のよく知る人間という種族ではない。

 話している言語は同じだと言うのに不思議だ。


「えーっと……ここはどこですか?

 それと、あなたは誰ですか?」


「こ、こいつ、喋ったのだ!」


 1歩退き、距離を取る女の子。


 えっ、話しかけてきたのそっちだよね。

 なんで俺が驚かせたみたいになってるの?


「いやいや、喋るくらい出来ると思うよ」


「あっ、言われてみればそうなのだ」


 再び1歩前に出る女の子。


 なんだ、この不思議な生き物は……。

 って、そうじゃないだろ。


 どう考えても、今はなぜ俺が生きているのかについて考えるのが先だ。

 まずは、探れるだけ過去の記憶を探ってみよう。


 ・・・。


 あれ?

 どうして何も覚えてないんだ……?

 もしかして、これが記憶喪失ってやつなのか!?

 おい、嘘だろ!

 おいってば!


 奥底に眠っているかもしれない記憶を必死に探っていると、ちょうど真後ろの辺りで重ためのドアが開くような音が聞こえた。


(……誰か、来る……)


 俺の方へとゆっくり近づいてくる2つの足音。


「これこれ、急に話しかけたら相手を怖がらせてしまうだろう?」


「パパ!」


「そうですよシェルヴィ。

 まずは自己紹介から、ですよ」


「ママ!」


 おいおい、椅子の後ろに立つのはやめてくれ。

 姿が見えないじゃないか。

 ……って、ん?

 ちょっと待てよ。


「そうだったのだ。

 まずは自己紹介からなのだ。

 わ、我はシェルヴィなのだ!

 よろしくなのだ!

 ……って、あれ?

 こいつ全然聞いてないのだ。

 おーい、おーい……」


 明らかに作り物ではない角と羽。

 どうして俺は、こんな簡単な事に気づかなかったんだろう?

 今俺が見ているこの世界は、夢だ。


 まぁ、手の感覚があったことだけは多少気になるが、これは誤差の範囲内ということで。

 でも、もしこれが夢だというなら、この子のパパさんとママさんはおそらく……。


「やぁ、魔王城へいらっしゃい」


「あら、可愛らしい子じゃない」


 そうそう、これこれ!

 この見た目だよ!


 パパさんは身長2メートル超え、左右に分けられた黒髪、そこから生える立派な1本の黒い角、赤い目。


 ママさんは綺麗な金髪ロング、凛とした佇まい、赤のハイヒール、青い目。


 極めつけにタキシード&ドレス!

 うん、間違いない。


「これは夢だ! 夢なんだ!」


 おっと、嬉しさのあまりつい声に出てしまった。

 でも、分かってほしい。


 俺が普通じゃなくても許せるのは、夢くらいだということを。


「はぁ、よかったぁ……」


 この時、俺は心から安心出来た。


「ん?」


 しかし、この女の子は何も分かっていないようだな。

 まぁ、これは夢なんだし無理もないか。


「おいお前、さっきからぶつくさと何を言っているのだ?

 寝てもないのに夢とか、頭おかしくなっちゃったのだ?」


 おいおい、そこのガキ。

 黙って聞いていれば、随分な物言いをしてくれるじゃないか。

 俺の見る夢は、普通以外を詰め込んだおもちゃ箱じゃないんだぞ?


「もう大丈夫。

 だから、お互いふざけるのはやめにしよう」


「ん?

 急にどうしたのだ?」


「でも、君がそこまで言うなら仕方ない。

 そこのあなた、俺を全力で殴っていただけますか?」


「ぼ、僕!?」


 俺はパパさんを指差した。


 おいおい、何を驚くことがある。

 君は俺の夢の中にいる住人だろう?


「はい、あなたです」


 俺がパパさんを指名したのは、この中で1番強そうだから。

  ただ、それだけの理由だ。


「こ、こいつ、ばかなのだ……」


「あなた、少しは手加減しなさいよ」


「大丈夫、もちろんそのつもりさ」


 おいおい、一体いつまでふざけるつもりだ?

 いくら夢の中だからとはいえ、これ以上の遅延行為はイエローカードだぞ。


「いやいや、ちょっと待ってください」


「ん?

 何かね?」


「手加減なんて、そんな生ぬるいのを頼んだ覚えはないです。

 やるからには全力でお願いします」


「えぇ……。

 そう言われても、ねぇ?」


 パパさんは困っていたが、ママさんと娘さんが頷いたことで、何とか決心してくれた。


「さ、最後にもう1回だけ聞くよ。

 本当にいいんだね……?」


「はい、男に二言はないです」


 よしっ、これでようやく……。


「よし、分かった。

 それじゃあ、全力で行くよ!」


「はい、喜んで!」


 ここが夢の中だと証明出来る!


 パパさんは不思議な力で椅子の向きを変えると、拳を引いた。


「あっ、やっぱ、ちょっと待っ……」


 そしてその直後、紫色のオーラを纏ったその拳は俺の腹を完璧に捉えた。


「……ぐはっ……」


 ズドォォォォォォォォンっと大きな音が響いたと同時に、俺の思考は完全に停止した。


 だから、それ以降の記憶はあまり残っていない。


 覚えているのは、凄まじい勢いのパンチを腹に受け、分厚い石の壁を突き破り、遥か彼方まで飛ばされたところまでだ。


 あとはそうだな、腹の辺りが少し涼しかったような気もする。

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