あこがれの……
工藤 流優空
あこがれの○○さんは、今日もいる。
私には、あこがれの存在がいる。
私が持っていないものを、たくさん持っている。
まず、意思表示がはっきりしている。
いるものはいる、いらないものはいらない。
それをとても分かりやすい形で伝えてくる。
私は、周りに流されてばかりで、それができない。
だから、うらやましいと思っている。
いつでも自分の心のままに生きていそうなところもそう。
いつも決まった時間に大学の中庭に現れる。
中庭の中央にあるベンチで気持ちよさそうに日向ぼっこ。
空を見上げてまぶしそうに目を細めている姿を見かけると。
ああ、なんて自由な時間の使い方なんだと思い知らされる。
私もそんな風に、まったりした時間を過ごしてみたい。
けれども、課題のレポートやら何やらで、ゆっくりベンチに座っているヒマがない……と思っている。
よくよく考えてみたら、もしかしたらそれは、勘違いかもしれないと思う。
時間がない、なんていうのは言い訳で。
ただ忙しそうに動き回っているのが正しいと思っているだけで。
本当は自分が、時間の使い方をよく考えられてないだけなんじゃないかと。
いくらでも、自分のために使う時間は捻出できるかもしれないけれど。
ただぼーっとベンチに座るだけの時間をもったいないと思っている自分がいる。
だけど、なぜだか今日は、無性にあこがれの存在に近づきたい、そう思った。
だから、あこがれの存在の隣に、そっと腰かけてみることにした。
あこがれの存在は、隣に来た私のことなんて興味なさそうで。
ただ、座っているだけ。
最初こそ、緊張してかちこちだった私の体。
もしかしたら、急に隣に座ってしまって失礼だったかな。
どうしよう、会話の糸口が見つからない。
そう思って焦っていたけれど。
顔に当たる風や、その風の音。
中庭で咲き誇る、何十種類もの花の色。
そういったものに、目を向ける余裕が生まれ始める。
毎日忙しく生きていると、五感で何かを感じることが少なくなる。
けれども確かに、世界には目で見られる美しい色彩と。
様々なにおいや音、感触があるのだと気づかされる。
「あー、なんだか時間がゆっくりな気がする」
いつもと同じ時間の経過だと、頭では分かってる。
だけど、何もしないこの時間が一番有意義にすら感じられる。
ぴょん、とあこがれの存在が私のひざへ乗ってきた。
まさか、こんなに近くであこがれの存在をめでられようとは……!
あこがれの存在は、ふわふわで、あたたかかった。
そっと手を頭に乗せてみる。すると、耳が後ろに下がって、なでやすくされた。
「ああ、なんて幸せな時間……」
ふわふわの頭をなでながら、空を見上げる。
あこがれの存在が、大きなあくびをしながら、一言。
「にゃあああぁあん」
ああ、今日もいい日だ。
あこがれの…… 工藤 流優空 @ruku_sousaku
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