第14話 インターバル
戦いの後。
亜久斗はただ呆然と、遊園地の惨状を眺めていた。
観覧車が轢き潰した施設の数々。盛大に自爆して破片となった竜骨。これが自分のやりたかったことなのだろうか。亜久斗は自分のしたことを考え直す。
悪しき文明(と思ったもの)をぶち壊したのは前の原宿が初めてだったが、あの時はすぐイルドが来たため大破壊とはならなかった。しかし今回は違う。
亜久斗は平等なる愛に言われるまま、がむしゃらに正義を執行してきた。しかし心の何処かで、誰かに止めてもらいたかったのかもしれない。自分の行動は間違っていると言われたかったのかもしれない。しかし亜久斗には叱ってくれるものはおらず、この惨状が目の前に広がっている。
そして、車になったイルドの傍らにいる者の姿を認めた。さっきまでイルドに乗っていた人間だ。
『彼』はこちらにやってくる。
「君!」
亜久斗は仮面を外し、そう呼びかけていた。
『彼』のウィッグが外れた黒髪が風に揺れる。義経もまた、その大きな目で亜久斗の姿を認めていた。
「私の本名は才羽亜久斗! 君の名前も教えてくれ!」
こうなったらハンドルネームで呼び合うより、本名を伝えたほうがいい。亜久斗はそれが一種のけじめのように感じていた。戦った相手に、自分を隠すのはよそう、と思った。
『彼』が亜久斗のもとに来て、背の低い『彼』は高い亜久斗を見上げて言った。
「境義経!」
喉仏が邪魔をしないソプラノの声。
亜久斗はよしつね、と口の中で反芻した。戦いに出る者としての勇ましさをその名前は持っていた。
亜久斗は義経のような人が戦っているのに疑問を感じた。名前が勇ましいとはいえ、女装男子と戦闘はすぐには結びつかない。
「大丈夫? あなたを置いて行っちゃったけど……怪我とかない?」
「いや、特に何もなってない。それより……」
亜久斗は義経の顔をまじまじと見る。衝撃の事実を知った後でも、『彼』は可憐だ。
「義経くん……君はなぜ戦っている?」
「自分のため。あと、イルドの力になりたいから」
「イルド……さっきの竜はイルドと言うのか。私はサイバークとして、平等なる愛を使役する者だ……」
「そうなの?」
「平等なる愛は私に、自分たちを召喚するアイテムをくれた。私はそのアイテムで戦っていた……」
ぽつぽつと、亜久斗は述懐する。
「平等なる愛とは、私の神様のようなものだ。私は彼らの命令を遂行するのが自分の役割だと思っている。だが……それが本当にいいことか、確信が持てなくなってきた。はたから見れば君たちが正義の味方で、私は悪に見える……。私は正義を行っていると思っていた。だがこの惨状は、私が平等なる愛を呼んだためにできたもの……今一度自分自身を見直すときかもしれない」
それと、と亜久斗は付け加える。
「あと、さっきはすまなかった」
「何を?」
「君の股間を……男だと知らなかったし……」
あー、と義経はその時になって思い出したらしい。それほど気にしていないようだった。
「別に隠してはいなかったんだけど……僕が男で、がっかりした?」
「いや。性別なんて関係ない。君は可愛い。短い時間だったが、君の隣にいられてよかった。それだけで十分だ」
「君も黙ってればイケメンだと思うよ?」
「そうか。では、改めて……」
亜久斗はかしづく。
「付き合ってください」
義経の可憐ながらも戦う姿勢に、亜久斗は敵ながら心を打たれていた。好きだという気持ちが制御できなくなる。それは勘違い野郎だったときとはまた違った感覚だ。
亜久斗はジェンダーを気にしない。それより大事な精神の気高さというものを信じているから。
義経はにっと笑って答える。
「十年後にイケメンだったら考えてあげる!」
十年。そんな長い間待てるだろうか? いや、待てる。亜久斗は確信する。
「そうか……なら十年後、君に似合う男になってみせる!」
亜久斗はやる気になっていた。
何年かかっても、義経の隣にいられるくらいの男になってやる。それは亜久斗の心に芽生えた、珍しく前向きな気持ちだった。
警察が来る前に、亜久斗は去ろうとした。去り際に言う。もし彼らのほうが正しいのなら、自分が言うことに対する行動で示すはずだ、と亜久斗は思った。
「……小笠原諸島に、平等なる愛の本隊がこの宇宙に来るための時空ゲートが建設されている。そろそろ完成する頃だろう。もし君が、君の考える正義のために戦うのなら、宇宙を隔てる時空の狭間であるそこが次の対決場所であり、最終決戦の場だ……。世界を守りたいなんて思うなら、ここで敵を食い止めなければ、確実に地球は平等なる愛の望む環境に変わってしまう」
自分を止められたのなら、平等なる愛も止められるはずだ。亜久斗はそう考える。
義経はゴクリと唾を飲み込んだ。
「私は自分の在り方について、もう少し考えてみる。今後もスマホで連絡しよう。ゲートまでの案内を送る。では、その時までな……」
義経が去りゆく亜久斗を見守っていると、イルドが後ろから急かすようにクラクションを鳴らした。
「義経、ここから離れよう!」
わかってるよ、と義経はイルドに乗る。そしてアクセルを踏み、サイレンの音が遠ざかって聞こえなくなるまで走り続けたのだった。
・
朝。
遊園地の事件は大々的に新聞に載っていた。新聞には局所的な地震と書かれていたが、実際はそうでないことを義経は知っている。自分たちが被害を広げてしまった。その罪悪感が胸に残っている。
『義経、今度のが最後の戦いだな……』
昨日帰ってきた後、ガレージでイルドと少し話した。平等なる愛の本隊が来る。義経はそれへの心の準備はまだ、できていない。
「これから本物の決戦なんだよね。これからも戦うか、さすがにちょっと考えさせてほしい……」
「そうか……俺も君が嫌だと言うのに危険に巻き込むのは本意ではない。ゆっくり、考えてくれ」
義経はガレージを離れ、夕方だったが疲れて眠り、今朝につながるのだった。
朝食を食べている間もうかない顔の義経を見て、同じ食卓につく頼朝は探るように言った。
「義経……あんた大丈夫? 困りごとでもあるの?」
「大丈夫だよ。心配しないで」
お姉ちゃんには言えない。言ったら絶対「行くな」って言うから。これは義経にしか解決できない問題だから。
「……本当に困ったら、何でも言うのよ」
そう言われたら余計、言い出せなくなる。
もし伝えたら、姉は義経を守るために全力を尽くすだろう。しかし姉のような一般人にできることは限られている。頼朝にまで危険が及ぶのを義経は避けたかった。
「つねちゃん」
義経の向こう側に座るおばあちゃんは、子守唄を聞かせるように言った。
「私はつねちゃんに後悔するななんて言わないよ。人生なんてやって後悔する、やらずに後悔することの繰り返しだからねえ。つねちゃんが抱えてることを言えないのは理由があるかもしれない。無理に言わなくてもいいよ。つねちゃんがやりたいようにやりなさい。それで後悔することがあっても、そこから立ち直ればいい。人生って長いんだから、そのくらいの時間はあるよ。私から言えるのはそのくらいだねえ」
義経は我知らず涙ぐんでいた。
「ありがとう、おばあちゃん」
朝食の目玉焼きは、塩を振っていないのになぜかしょっぱかった。
その日の大学は昼授業からだった。学食の、義経がいつも座る席の隣に、先に森々が座っていた。
「よっす、つねきち」
彼女はこちらを認めると手を上げてくれる。
「ああ、モリー」
義経は今しがた食堂のおばちゃんから受け取ったばかりのビーフシチューを定位置に運んだ。
隣同士に座って、義経はぽつりと言う。
「……ちょっと話、聞いてくれる?」
それがどうでもいい雑談ではないことを森々は察したようだ。空気がぴりっとする。しかし森々はいたっていつものように返した。
「なんだい?」
義経は、こう言っても信じられないんじゃないか、頭がおかしくなったんじゃないかと思われるのではないかと考えたが、信頼する森々のドライさに賭けて言ってみた。
彼女なら淡々と受け止めてくれるはずだという信頼があった。自分が行かなければならないのに「行くな」なんて感傷的なことは言わないだろう。義経は引き止めてほしいんじゃなく心の整理のため、誰かにもやもやを打ち明けたいのだった。
「荒唐無稽な話だけどさ、僕と、僕が乗ってる車に世界の命運が託されてるとしたら、どうする?」
森々はじっと義経を見つめた。
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