第6話 男の娘たるもの!

 しかしながら、と義経は思う。

 イルドは特殊な出生ゆえに、生まれる要因となった平等なる愛を恨んでいる。それは自分が女の子ではなく男に生まれたことに似ているかもしれない。でも、自分は男に生まれたことを運が悪かったとは思わなかった。

「正直、自分がどう生まれたかに悩んでる人……君は竜だけど……いるなんて思わなかったよ」

 イルドは「ええっ」と声を漏らす。


「自分の生まれなんて、努力で何とかなるじゃん。その努力はしてみたの?」

 こともなげに言う義経に、イルドは懐疑的に訊く。

「そう簡単に言う君は、何か抱えているのか? そんな恰好をしているが……」

「正直、抱えてるってほど重大じゃないな。僕は男だけど、女の子の服装をするのが好きだよ。男だってお化粧してスカート履けば可愛くなれる。お化粧の仕方はお姉ちゃんに習った。僕の女装は自己実現のためにあるんだ。カワイイ自分でありたいからね」

 ほう、とイルドは言葉を切る。

「君はその、男だけど、男の人が好きだから女装してるんじゃないのか?」

「普通に可愛い女の子が好きだよ。イケメンも嫌いじゃないけどね」

 義経は胸を張る。

「女装は男にしかできない! だから世界で一番男らしい行為なんだよ! 僕も女装始めたときは周りから色々言われたけど、誰から何を言われようが関係ない、自分らしさを保つためには、いつだってなりたい自分をイメージするのが大事なんだよ」

 イルドはふむと頷いたように言う。


 しばしの間。

 自分と似た、しかし捉え方の違う人生観を目の当たりにして何か考えているようだった。


 それからゆっくり、イルドは話し始めた。

「俺は今、ここで君と議論するつもりはない。ただ、どうしようもない運命が降りかかってきたとき、俺ではなく君ならどうしただろうか……?」

「イルドって、昔にトラウマとかあるタイプ?」

「ああ……。君のような外宇宙との接触がない一般人には想像もつかない体験を俺はしてきた。平等なる愛は侵略者だ。宇宙で一番の嫌われ者、間接的にそれから生まれた俺も、それらと同じように扱われてきたんだ。いわゆる人種差別に近い仕打ちを俺は受けてきた。その……ドラゴンカーセックスという言葉とともにな」


 義経は塩をかけられた青菜のようにしゅんとなった。

「……なんか、さっきは偉そうに君に言っちゃって、ごめんね。君はカッコいいから、そんなに差別されてたなんて思わなくて……」

「いや、いい……。俺も正義を貫くために戦っているわけじゃないからな。俺が連中を潰してるのは私怨に近い」

 ただ……とイルドは続ける。

「平等なる愛が自分たちの嫌いな文明を壊すために動いているのも確かだ。俺自身の問題もあるが、宇宙の平和を守るのが竜族の使命。だから俺は平等なる愛と戦い続けるよ。自分がどうありたいかについては、戦いがひと段落してから考えたい」

「それ、付き合うよ。僕がいないと情熱エナジー? も湧かないんでしょ」

「それが望ましいが、君を危険に晒すことにもなる。その点は申し訳なさがある」

「いいっていいって。戦うの楽しそうだし。こういう小さい頃に観てたロボットアニメみたいな展開、嫌いじゃないんだ。そのかわり、君を車の代わりに乗り回してもいい権利は貰うよ。車売っちゃってウチ大変なんだから」

「そう言ってくれると助かるが……。今後ともヨロシクな、義経」

 イルドがそう言うと同時に、義経のパイロットスーツが装着解除された。ピンクの布がまたコクピットの隙間に戻っていく。


 そういえば、と義経は思い出した。

「ところで……何で僕が男だってわかったの? 女装しておいてなんだけど、僕よく女の人に間違えられるんだけども」

「情熱エナジーの出どころが違うんだ。女性は乳首から、男性は股間から出る。俺にはエネルギーの流れが見える」

「〜!」

 義経は思わず股間を押さえる。股間から発するエナジー……つまり性欲のようなものだろうか? 訝しげな目を向ける義経に「いや、君が考えているものとは多分違う」とイルドは返す。

「人には気を発する場所がある。気功をイメージするといい。男性の場合は股間というだけだ」

 そういうものなのか。義経はイマイチ納得がいかない。

 義経は運転席から出た。ロックはイルドの好きなようにかけられるらしく、義経が出ると同時にがちゃりとロックがかかる。

「俺は少し眠る。地球でちゃんと寝られる場所に来たのはここが初めてだ。しばらく身体を休めたい。おやすみ」

 ガレージの薄暗い雰囲気が気に入ったのか、イルドはライトを消し休眠に入った。

 情熱エナジーを吸い取られた義経も、空腹感を感じていた。今はちょうどお昼の時間。さっきの騒動のせいでクレープしか食べられていない。姉の頼朝に何か作ってもらおう、と思った。


   ・


 翌日。

 義経が大学まで車で行くようになって、クラスメイトから注目を浴びた。学校の駐車場に一際異彩を放つスーパーカー。駐車したときから「すげぇ車が止まってる!」「誰が乗ってるんだ?」と暇を持て余した学生たちがわらわらと寄ってきた。

 運転席にいるのが義経だと知られると、更に歓声が上がった。

「男なのに去年のミスコン一位だった義経じゃん!」「誰に買ってもらったんだ、そんな車!」

 感嘆する声、羨む声が次々湧き出る。

 窓ガラスの外からそんな声が降ってくる中、カーナビからイルドの声がした。

「人間の世界というのは、騒がしいのだな……」

 若干うんざりしたような言い方だったが、義経はふふんと返す。

「それがいいところじゃん。皆気のいいやつだよ。君のことがカッコいいから、注目されてるんだ。誰しも悪意を向けてくるわけじゃない。それを知らせたかったんだ」

「そ、そうかぁ?」

 イルドが間の抜けた声を上げる。

「俺、カッコいいのか……」

 義経の口元が自然とほころぶ。

 人間がたくさんいる光景を義経はイルドに見せたかった。その目論見は成功したようだ。

「それじゃ授業受けてる間、駐車場で待っててねっ」

 義経はドアを開け、カーナビに投げキッスをして、颯爽と降りていく。向かう先は教室だ。周りから好奇や羨望のまなざしを受ける義経は、自分がパリコレの女優になった気分だった。同様の目を向けられるイルドも同じ気分に違いなかった。


「つねきち、おっはー」

 大教室の後ろの席には先に森々が座っていた。

「おはよー。昨日はごめんね。色々あって疲れちゃってさ」

「昨日のアレ、SNSで話題になってるよ。つねきち、間近で見たんじゃないの?」

「アレって?」

 森々がスマホを見せてくる。義経は彼女に肩を寄せ、スマホを覗き込んだ。


『原宿に巨大ロボットが現れた件』『なんか考える人と戦ってた』『ロボット特撮のロケか?』『ハッキシ言って、おもしろカッコいいぜ!』


 タイムラインにそんなコメントと共に、動きが多いため焦点が定まらずブレッブレの画像や動画が投稿されている。ブレ具合はすごいのだが、そこには確実にイルドとわかるトリコロールの竜が写っていた。

 イルドは戦いの場を代々木公園に移したものの、やはり撮影されていたようだ。

「話題になってる写真のロボット、つねきちの車に似てるね」

 義経はドキリとする。それからあらぬ方を見て口笛を吹く。

「たっ、他人の空似じゃないかなぁ〜」

「車の事だよ、人じゃない。誰のこと言ってるの? ……ま、つねきちが何に乗ってても別にいいけどさ」

「やけに信頼するじゃん」

「だって私ら、もう大人だし。何に乗っててもいいでしょ、子供じゃないんだから」

 こういう森々の適度にドライなところが義経は心地よいのだった。

 やがて教授が教室に入ってきて、森々はスマホをしまった。

 これから昼食をはさみ、夕方四時まで授業がある。義経はまだ、家族にイルドのことを話していない。昨日は運良く頼朝がガレージまで来なかった。ただ、帰ったら今度こそ質問攻めに遭うだろうなと思っていた。


   ・


 車形態のイルドは駐車場でおとなしくしていた。

 しかしここは、なんというか目に毒だ。

「う~む……」

 様々な車がいる駐車場は、イルドにとってグラビアアイドルが集まっているような印象を与える。父である竜が車に欲情しており、イルドにもその性的趣向が遺伝していた。どの車も性的な意味で魅力的に見えてしまう。思わず体のいろんな部分が反応してしまいそうになる。

「これは思ったより厳しいぞ……」

 イルドは悶々としながら、義経が早めに帰ってくるのを願っていた。

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