【KAC202502】在りし日の思い出

青月クロエ

第1話

※連載中の長編時代劇「光風霽月のように〜仮想戦国譚〜」の番外短編ですが、本編未読でも問題なく読めるかと思います。





 神に仕える大祝おおほうりが治める小国・那邦なほう

戦国乱世の只中にありながら、神の加護を受けてのことか、戦とは無縁の平穏な暮らしを保ち続ける国だった。

 その那邦の領主には、二人の美しい姫がいた──……



 


 秋も中旬を迎えたけれど、ここ数日は春に舞い戻ったかのように暖かい。

 小春日和の陽気につられ、障子戸を開け放つ。雲も風もなく、晴れ渡った空の青が気持ちいい。澄んだ空気をふっと吸い込むと、月白げっぱくは障子戸から離れ、文机へと再び向かう。


 書の練習は嫌いではないが、半刻約一時間以上続けていると、どうしても集中を欠いてしまう。

 空気を入れ替えたおかげで気分は切り替えられた。月白はよし、と、墨をり直し、筆をとる。


「あら……?」


 板の間造りの廊下から、ダダダダッッ!と月白の居室へ向かう足音と、「姫様!お待ちくださいませ!!」と足音の主を必死に追いかける侍女たちの声。

 それだけであれば日常茶飯事なので、気にも留めない。気になるのは、足音がいつもより重さを感じること。


月白義姉ねえさま!失礼いたします!!御空みそらもご一緒してよろしいですか?!」


 勢い込んで居室に飛び込んできたのは、数え七つになる、八つ違いの異母妹だった。

 ふすふす、ふすふすと鼻息も荒く、切れ長の瞳はきらきら、期待に満ち。


「義姉さまのお邪魔にならないよう、ちゃんとわらわの机も持ってまいりました!!」


 足音に重みを感じたのは、文机を自ら両手に抱えてここまで持ってきていたからだ。


「まあまあ……、そのような重たき物を一人で持ってくるとは」

「人にお願いするより自分で持ってきた方が早いと思ったからです!」


 一切悪びれず、にこにこ元気いっぱいに答える義妹が可愛いやら呆れるやらで、月白は苦笑を禁じ得ない。


そこな二人|御空を追いかけていた侍女たち。御空の文机をここへ」


 侍女たちへ、御空の文机を自らと背中合わせで置くよう、月白は手ぶりで指示する。


「妾は自分で運べます!」


 不満も露わに御空はぷくり、頬を膨らましつつ、おとなしく侍女たちに文机を持たせた。


「これ、御空。はしたないですよ」

「はい義姉さま!気をつけます!」

「ところで、筆や硯は抽斗の中にあるのかしら」


 御空が、あっ!と叫んだので、これは失念していたに違いない、と月白は悟った。


「すぐに居室から持ってまいります!」

「お待ちなさいな。私の物を貸してあげる」

「義姉さまのを?」

「ええ」


 すると、御空の顔がパァァァッと一段と輝き、本日一番の笑顔を見せた。


「えへへー、義姉さまの使わせてもらえるなんて、妾、うれしいです!」

「まあ、そんなことで?」

「はい!だって、義姉さまとおそろいってことでしょ?うれしいなぁ!義姉さまと同じ物使って書の練習したら、同じくらいお美しい字が書けるようになれるかなぁ!」


 すっかりごきげんな様子で文机の前に座る御空に、月白もつられて楚々と微笑む。

 半分しか血が繋がっていなくとも、臆面もなくあこがれ、慕ってくれるたった一人の妹は、月白にとっても目に入れても痛くないくらいいとおしかった。

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