本文③

○晴葉菜・共同生活室

   昼食の時間中。

   入居者たちは介助を受けている。

   土井は料理に手をつけていない。


○雲ヶ丘バス停

   停車するバス。

   そのバスから降車してくる瑛斗。

   晴葉菜へと続く道へ進んでいく。


○晴葉菜・共同生活室

   スプーンを手に持つ土井。

   残されている料理。

   土井の元にやって来る江崎。

   しゃがんで土井に目を合わせる。

江崎 「土井さん、今日は食事が進んでないですね」

土井 「なんだかね、いつもより味が濃い気がするんじゃ」

江崎 「そうですか? でも、身体のことを考えた分量の調味料で味付けしてますよ」

土井 「やっぱり気のせいかのう。ほほほ、でも、ちゃんと食べないとじゃな」

江崎 「無理だけはしないでくださいね」

土井 「ありがとよ」


○同・外観

   走って施設内に入る瑛斗。


○同・生活共同室(土井の見た眼で)

   ドアが開く音。

   土井は出入口に目を遣る。

   そこには瑛斗が立っている。

   瑛斗に駆け寄っていく江崎。

江崎 「(戸惑い)こんにちは」

瑛斗 「こ、こんにちは」

江崎 「あれ、今日は学校午前中で終わりなんだっけ?」

瑛斗 「いや、あの、えっと、その……」

土井 「(手を振る)瑛斗君、待ってたよ。食事の手伝い、お願いしてもいいかのう?」

瑛斗 「て、手伝います。着替えてきます」

   事務室に向かう瑛斗。

   座る土井に話しかける江崎。

江崎 「あの、本人の口から何か聞いてるんですか?」

土井 「なーんにも聞いとらん。ただただ来たから、手伝ってもらおうと思っただけじゃよ。ふふふ」

   江崎は腰を上げる。

江崎M 「こんな時間に学校終わるわけないよね。学校に電話かけてみようかしら」


○同・事務室

   着替えている瑛斗。

   ドアの開閉音。

   瑛斗は振り向きながら江崎を見る。

江崎 「瑛斗君、ちょっといい?」

瑛斗 「は、はい」

江崎 「あのさ、もしかして、学校抜けてきたりした?」

   俯く瑛斗。

   江崎は固定電話に手を伸ばす。

瑛斗 「電話、するんですか?」

江崎 「学校と親御さんにね」

瑛斗 「しないでください」

江崎 「で、でも――」

瑛斗 「(食い気味に)お願いです。いつもみたいに、19時半まで働かせてください」

   深々と頭を下げる瑛斗。

   江崎は困り果てた顔を浮かべる。


○同・生活共同室

   ゆっくりとご飯を食べている土井。

   お盆の上。

   食べこぼしがたくさん落ちている。

   土井の元に歩いてくる瑛斗。

瑛斗 「土井さん、こんにちは」

土井 「珍しいのう。高校生の瑛斗君がお昼から来てくれるなんて」

瑛斗 「ですね。あ、手伝います」

土井 「ありがとう。ごめんね」

瑛斗 「いえ」

   メロディ時計

   13時10分をさしている。

            (WIPE)

   空になった食器類。

   メロディ時計

   13時30分をさしている。

瑛斗 「時間内に食べ終わりましたね」

土井 「瑛斗君が来てくれて、手伝ってくれたからじゃよ。ありがとう」

瑛斗 「お手伝いできてよかったです」


○同・事務室

   江崎は弁当を食べている。

   テーブルの上。

   瑛斗の履歴書が置かれている。

   志望動機欄を見ている江崎。

江崎独白 「お金が欲しい、か。ふーん」


○同・生活共同室

   趣味活動を楽しんでいる入居者たち。

   瑛斗は土井とオセロを楽しんでいる。

土井 「瑛斗君」

瑛斗 「はい」

土井 「どうしてこの時間に来れたんじゃ?」

   立ち上がる瑛斗。

   土井の耳元に口を近づける。

瑛斗 「内緒ですよ。実は学校抜け出して、ここに来ているんです」

   眼を見開く土井。

土井 「大胆な行動をして来たんじゃのう」

瑛斗 「でしょ。途中で先生とぶつかった時は終わりだと思いましたけど、走って逃げて、抜けて来ることができました」

土井 「珍しいのう。バイトの時間以外にここに来るなんて」

瑛斗 「ですよね」

土井 「ここに来た当時なんて、時間通りじゃないってだけで、子供みたいにわーわー泣いて騒いでいたのにね」

瑛斗 「そうでしたね」

   瑛斗は恥ずかしそうに俯く。

土井 「瑛斗君、時間に縛られている生活は楽しいか?」

瑛斗 「えっ、あ、いやー、楽しくはないです。苦しいことばっかりですね、ははは」

土井 「そうじゃろう。だからね、瑛斗君、私がいいことを教えてあげる」

瑛斗 「何ですか、いいことって」

土井 「時間に縛られていたら、新しい世界は見えてこないよ」

瑛斗 「えっと……」

土井 「いつか、私の言った意味が分かるときがくるはずじゃよ。ふふふ」

   瑛斗に微笑みかける土井。

   瑛斗は数回頷く。

土井 「ところで、瑛斗君。抜け出してきたことは、学校も親御さんも知らんのかい?」

瑛斗 「はい。知りません」

土井 「知らせなくていいのかい? みんな瑛斗君のことを心配してるんじゃないの?」

   俯く瑛斗。

   静かに黒の石を盤面に置く。

瑛斗 「母さんだろうが、学校側だろうが、僕のこと心配してくれる人なんて、この世にいませんよ。逆に、僕がいなくなったほうが良いって思ってる人がほとんどだと思います」

   石を黒にひっくり返していく瑛斗。

土井 「どうしてそんなに悲観的なの」

瑛斗 「事実ですから。母とは喧嘩してばっかりで、今なんて母から拘わりを拒絶されてるし、学校に行っても悪口言われて、弄られて終わりですから。だから僕は、この世に必要とされてない存在なんです」

土井 「そんなことはない。決して」

   手を止める瑛斗。

   土井の顔を見つめる。

瑛斗 「どうしてそう言い切れるんですか」

土井 「この世のどこかには、瑛斗君を必要としてくれる人がいるものよ」

瑛斗 「どこかになんて、広すぎますよ」

土井 「そんなことないわ。案外、瑛斗君の近くにいたりするものよ」

   優しく微笑む土井。

   釣られて瑛斗は照れ笑いを浮かべる。

土井 「それに、お母様は瑛斗君のことが心配だから、そのつもりは無くても、強くあたってしまうんじゃないかしら」

瑛斗 「いや、それは無いよ」

土井 「親ってね、常に子供のことが心配な生き物なの。今はまだお母様の前で素直になれないかもしれないけれど、きっと分かち合える瞬間が訪れるはずよ」

瑛斗 「そんな日が来ますかね」

土井 「きっと来るわ。そして、その瞬間、瑛斗君は大人になる」

瑛斗 「え、それまで僕、大人になれないんですか?」

土井 「違う、違う。ふふふ、内面も大人になるということよ」

瑛斗 「あぁ、なるほど」

土井 「そのための第一歩として、お母様にはご連絡差し上げなさい。ここにいることを」

瑛斗 「(強く頷く)はい」

   椅子から腰を上げる瑛斗。

   事務室のほうへと歩いていく。

土井の独白 「周りに心配ばかりかけさせる子だこと。まるで昔の私を見てるようじゃ」


○同・事務室

   スマホを耳に当てている瑛斗。

瑛斗 「ちゃんと振り込みしてから帰ります。ご迷惑おかけして、すみませんでした」


○同・生活共同室

   戻ってくる瑛斗。

   黒の石を置いている土井。

瑛斗 「お待たせしました。って、土井さん、何で僕の石まで置いちゃってるんですか」

土井 「だって、瑛斗君なかなか戻ってこないから、つまらなくなったんじゃ。でも、瑛斗君が優勢の状態にしておるよ」

瑛斗 「ちょっと~、土井さん、また僕の昔話が訊きたいから、わざと僕のこと勝たせようとしてるんでしょ~」

土井 「バレちまったか。ほほほ、まあまあ早く続きをやろうじゃないか」

   瑛斗は笑いながら頷く。

   そして椅子に腰かける。

土井 「じゃあ瑛斗君、今日は中学1年生のときの話をしてもらおうかのう」

瑛斗 「うん。でも、僕、中学校には1年生の7月までしか通ってないから、そんなに語れることないけいど、いいの?」

土井 「構わんよ。それで、どうして通わなくなったんじゃ?」

瑛斗 「土井さんなら、何となく想像できると思うけど、僕ね、当時は――」

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