本文②

○(回想始め)玉城家・リビング(夜)

   喧嘩中の玉城秀慶(49)と玉城亜希(37)。

   床に散乱している紙の資料。

   資料は、発達障害の診断書や支援に関するもの。

玉城 「瑛斗の転校先をちゃんと選ばなかったから、今回の事件が起きたんだろ。これは俺の責任じゃない。全て亜希の責任だ」

亜希 「何で私の責任だって言うの? 貴方がもう少し瑛斗のことを考えていてくれたら、こんなことにはならなかったはずよ!」

   瑛斗(9)、耳を塞いで歩き回っている。

瑛斗の独白 「N700系、700系、500系……」

玉城 「ふざけるな。そもそも、瑛斗を発達障害の子に産んだのは、亜希のほうだろ」

亜希 「どうしていつも私のことばかり責めるの? こればっかりは私のせいじゃない。瑛斗が悪いんじゃないの?」


○(回想終わり)晴葉菜・共同生活室(夕)(雨)

   黒の石をひっくり返す土井。

   瑛斗は単調に語り続ける。

瑛斗 「母は父との喧嘩に耐えられず、僕を連れて実家に帰りました。その時からずっと、僕は祖母の家で暮らしているんです」

土井 「どうやら、辛い思いを話させてしまったようじゃの」

瑛斗 「いいんです。でも、やっぱり思い出すたびに辛くはなります。発達障害をもっていなければ、周りに迷惑かけずに過ごせていたのかな、とか、あんなことにはならなかったのかなって」

   土井は白の石を置き、ゆっくりとひっくり返していく。

瑛斗 「そんな僕を支えてくれていたのが、乗り物だったんです。だから、心を落ち着かせるために、電車の系統を繰り返し唱えたり、乗り物の絵ばかり描いたり、見に行ったりして、嫌な現実から逃れようとしていたんです。実際にはできてなかったけど」

   ニコリと微笑む土井。

   瑛斗は引き攣った笑顔を浮かべる。


○同・事務室(夜)(曇り)

   学校の制服を着ている瑛斗。

   時計の針は19時31分を指している。

   バインダーを手に入ってくる瀬戸。

瑛斗 「お疲れ様です」

瀬戸 「お疲れさん。どうだ、瑛斗、仕事には慣れてきたか?」

瑛斗 「はい。でも、1か月経っても、臨機応変な対応だけはまだ難しいです」

瀬戸 「そうだよな。まあ難しいこともあるだろうけどさ、瑛斗にできることをやってくれたら、それでいいからさ」

瑛斗 「ありがとうございます」

   瑛斗は腕時計を見る。

瀬戸 「まだ不慣れなこともあるだろうけど、いつでも頼るんだぞ。職員も入居者も敵じゃないから」

瑛斗 「(早口)は、はい。分かりました」

   腕時計を頻りに見る瑛斗。

瀬戸 「あ、引き留めて悪かった。また明後日な」

瑛斗 「(早口)はい、失礼します!」

   慌ててリュックを背負う瑛斗。

   事務室から走って出て行く。


○甲斐家・外観(夜)(曇り)

   一軒家の壁に掲げられた木製の表札。

   そこには甲斐の文字が彫られている。


○同・リビング(夜)(曇り)

   料理雑誌を読んでいる甲斐佳巳(73)。

   亜希は夕食を食べている。

   バイトから帰宅してきた瑛斗。

佳巳 「おかえり。バイトお疲れ様」

   リュックをスツールの上に置く瑛斗。

   瑛斗に目もくれず、ご飯を食べ続ける亜希。

瑛斗 「お風呂入ります。一番風呂です。ご飯はそのあと食べます」

佳巳 「はいはい。ご飯温めておくわね」

   部屋を出て行く瑛斗。

   亜希は溜め息を吐く。

佳巳 「ねぇ、亜希」

亜希 「何?」

佳巳 「相手側から、連絡はないの?」

亜希 「全く。8年が来るのにね」

佳巳 「もうそんなに経つのね」


○同・瑛斗の部屋(夜)(曇り)

   乗り物に関する本で埋まっている本棚。

   背の高い順から並べられている。

   机に向かい課題をしている瑛斗。

   壁に架けられた9月のカレンダー。

   18日には赤字で送金日の記載。


○並渡高校・教室中(朝)

   誰もいない教室。

   黒板には9月18日(水)の文字。


○同・グラウンド

   体育の授業、サッカーの試合中。

   瑛斗はゴールポスト近くで棒立ち。

   勢いよく飛んでくるサッカーボール。

   瑛斗の左腕に当たる。

男子生徒A 「(叫ぶ)邪魔すんなよ!」

    ×    ×    ×

   〈フラッシュバック〉

   小学生の瑛斗。

   上半身にサッカーボールが当たる。

男子児童A 「(叫ぶ)邪魔! どけ!」

    ×    ×    ×

   耳を塞ぎ、しゃがみ込む瑛斗。

   瑛斗ひとりでブツブツと呟く。

瑛斗 「ごめんなさい。ごめんなさい」

   男子生徒Aの舌打ち。


○同・教室中

   瑛斗の悪口が飛び交う教室内。


○クラスメイト

女子生徒C 「いいよね、パニックになったら先生が助けてくれて、構ってくれるなんて。私も構われた~い」

女子生徒A 「でもさ、だからって、こっちが助けるのは話が違うよね」

女子生徒B 「自分でどうにかしろよって話だよね」

    ×    ×

男子生徒B 「アイツ、この前、俺の妹の顔見て、ブサイクって言いやがってさ」

男子生徒C 「俺らよりアイツのほうが失言率半端じゃねえよな」

    ×    ×

男子生徒D 「これだけ悪口言われても学校辞めないって、どういうメンタルなんだよ」

男子生徒A 「(嘲笑)さっさといなくなればいいのに」

   リュックを手に取る瑛斗。

   教室を飛び出して行く。


○同・階段

   急ぎ足で階段を下りる瑛斗。

   踊り場。

   教員Aと衝突する。

   再び走って階段を下りていく瑛斗。

教員A 「こら瑛斗! 逃げるな!」


○並渡高校前バス停

   ゆっくりと停車していくバス。

   乗車口が開く。

   瑛斗は俯き加減で乗り込む。

   一番後ろの座席に腰を下ろす瑛斗。

運転手 「発車します」



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