本文①

○並渡高校・外観(夕)(雨)

   表門には並渡高校の文字。

   スポーツバックを抱えた男子生徒数人。

   体育館へと駆けていく。


○同・廊下(夕)(雨)

   3年C組のプレートが出ている。


○同・教室中(夕)(雨)

   騒がしい教室内。

   帰りの支度をしている生徒。

   玉城瑛斗(18)は、足早に教室を出て行く。


○同・生徒玄関(夕)(雨)

   傘をささずに走る瑛斗。


○バス停(夕)(雨)

   並渡高校前と書かれた時刻表の看板。

   瑛斗は腕時計を見つめる。

   腕時計

   16時40分をさしている。

瑛斗の独白 「16時40分15秒、16秒、17秒……」

   近づいてくるエンジン音。

   バスがゆっくりと停車する。

瑛斗の独白 「(早口)定刻より4分28秒遅れです。定刻より4分28秒遅れです」

   バスの乗車口が開く。


○バス車内(夕)(雨)

   瑛斗ひとりでブツブツ呟く。

瑛斗 「定刻より4分28秒遅れです」

   瑛斗は乗り口すぐの席に座る。

運転手 「発車します」

瑛斗 「(運転手の真似)発車します」

    ×    ×    ×

   時間経過

   雨は小康状態になっている。

アナウンスの声 「次は雲ヶ丘、雲ヶ丘です」

   瑛斗は降車ボタンを押す。

アナウンスの声 「次、停まります」

運転手 「雲ヶ丘前、停まります」

瑛斗 「(運転手の真似)雲ヶ丘前、停まります」


○特別養護老人ホーム晴葉菜・外観(夕)(雨)(以下、晴葉菜と表記)

   小高い丘の上に立つ施設。

   門には、特別養護老人ホーム晴葉菜の文字。

   花壇にはヒガンバナが咲いている。

   入口へと続く道を走る瑛斗。


○同・共同生活室(夕)(雨)

   17人の入居者たちが集っている。

   職員たちとゲームをして楽しんでいる。

   その中に、土井衛吉(88)の姿がある。

   女性の服を着ている土井。

   壁掛けのメロディ時計。

   花のワルツが流れる。

入居者A 「あの子が来る時間だねえ」

瀬戸 「そうですね」

   ドアが開く音。

   瑛斗が息を切らして入ってくる。

瑛斗 「(早口)こんにちは、こんにちは」

瀬戸 「おっ、時間ピッタリの到着」

瑛斗 「(早口)ま、満足いきません」

瀬戸 「もしかしてバスの到着が遅れた?」

瑛斗 「(早口)4分も遅れました。4分も遅れました」

瀬戸 「そうか。でも、こうして来てくれてうれしいよ。ありがとな」

瑛斗 「(早口)きが、着替えてきます」

瀬戸 「分かった。着替え終わったら俺に声掛けてよ。紙渡すから」

瑛斗 「(早口)わ、分かりました」


○同・事務室(夕)(雨)

   ポロシャツ姿の瑛斗。

   ロッカーの扉を閉める。

   慌てた様子で事務室を出ていく。


○同・共同生活室(夕)(雨)

   立ち止まる瀬戸に近づく瑛斗。

瑛斗 「せ、瀬戸さん、かく、確認を」

瀬戸 「はいよ」

   瑛斗の身だしなみを確認する瀬戸。

瀬戸 「今日も完璧だ。瑛斗、これが今日の仕事内容な」

   瀬戸は瑛斗に1枚の紙を手渡す。

   仕事内容が箇条書きで記載されている。

瀬戸「今日の仕事は、書いてある通りで3つ。19時半までよろしく頼むよ」

瑛斗 「わ、分かりました」

   瑛斗の元から離れていく瀬戸。

   満面の笑みを浮かべる土井。

   瑛斗は土井の目の前でしゃがむ。

瑛斗 「こ、こんにちは」

土井 「こんにちは。今日もイケメンね。特に顔が、ふふっ」

瑛斗 「(一本調子)い、いつも通りです。ど、土井さんの、ふ、服、可愛いで、ですね」

土井 「そうでしょ? お気に入りの一着なのよ」

瑛斗 「(一本調子)お洒落です」

土井 「ありがとう。あ、瑛斗君、オセロで勝負しましょ。今日は負けないわよ」

瑛斗 「望むところです」


○同・廊下(夕)(雨)

   早足で歩いている瀬戸。

   向かいから江崎が歩いてきている。

江崎 「瀬戸君、お疲れ」

瀬戸 「お疲れ様です、江崎さん」

江崎 「今のところは大丈夫そう?」

瀬戸 「何とか。ただ、バスの到着が遅れたことに相当焦ったようですけどね」

江崎 「そう。まぁ、私たちには分からない世界だから、うまく助けてあげることはできないけど」

瀬戸 「見守っていくしかなさそうですね」


○同・共同生活室(夕)(雨)

   向かい合わせに座る瑛斗と土井。

   机の上でオセロをしている。

   黒の石で埋め尽くされている状態。

土井 「今日も瑛斗君が勝ちそうじゃの」

瑛斗 「(笑顔を滲ませ)勝ちそうですね」

土井 「それじゃあ、勝者の瑛斗君、今日も昔の話を聞いてもいいかね?」

瑛斗 「いつの時代の話がいいですか?」

土井 「そうじゃのお。じゃあ小学4年生のときなんてどうじゃ? まだ詳しく聞いとらん話もあるじゃろう?」

瑛斗 「(一本調子)小学4年生のときの話。分かりました」

   瑛斗、石をひっくり返す手を止める。

   そして深呼吸をする。

瑛斗「僕、小学四年生のときが一番荒れ狂っていたんです。昔から乗り物が好きなんだけど、その時が一番の熱狂期で、学校の帰りには絶対に駅に行ってバスとか電車を見てたし、土曜日は公園に行く途中にある歩道橋から、大好きな特急が通り過ぎるのを眺めて楽しんでいたんです。時には奇声を上げたりしながら」

土井 「ほお」

瑛斗 「ただ、今思えば、それは現実逃避でもあったんです」

土井 「現実逃避……かい」

瑛斗 「はい。僕って発達障害者だから、周りから弄られたり馬鹿にされたりすることが多くて。転校して2年が経っても、悪戯されるから、常に喧嘩していました」

   強く降り出す雨。

瑛斗「このことを把握してても、大人が誰も注意しないから、僕はやられっぱなしで。だから僕にも限界がきて、小4のとき、ある事件を起こしたんです」

土井 「そうだったの」

瑛斗 「その事件のせいで、前から両親がしていた喧嘩の言葉遣いが荒くなったり、頻度が増したりして。僕の心は傷付いていくばかりでした」

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