日本最高のアイドル

ただのネコ

前編 私に予算を与えよ

 20XX年、奈良県県議会は紛糾していた。

 演壇に立つ知事の提案が余りに衝撃的だったからだ。


「オーケー、落ち着いて話をしましょう、県知事閣下。あなたのアイデアとはつまり、県の予算を使ってアイドルのプロデュースをすると?」


 なんとか議論を進めようとする議長に、知事は拳を握って答える。


「その通りだ。この手法だけが、奈良県の財政を救うことができると私は信じている」


 奈良県はかつてあこがれの首都であった。今はさびれた田舎である。

 平城京があったころの人口を越えられたのが第二次大戦後だというぐらい田舎である。明治時代には大阪府の一部にされていたこともあるぐらい田舎である。


「昨年の観光客数集計はご覧になったか?」

「もちろん」


 鷹揚にうなずく議長に、知事は目を燃やしつつうなる。


「ならば、分かるはずだ」

「観光客数は増えていただろう!」

「何が問題だって言うんだ!」


 県議たちからのヤジ。

 それに対して知事は吠えた。


「宿泊客数だ! より切実に言えば、金だ!」


 身も蓋もない、だが確かな真実に、県議たちも思わず黙り込む。


「日本中から修学旅行の子供たちが奈良県に来る。では彼らが泊まるのは奈良か? 違う、京都か大阪だ! 外国人観光客もそうだ。奈良にいるのは日中のわずかな時間だけ。夕方になればそそくさと近鉄に乗り、京都か大阪に向かう。夕食も宿泊もそちら。奈良に落とす金はごくわずか」


 奈良は京都や大阪観光のオマケか、関西圏の日帰り旅行先でしかないのだ。誰もが知っていつつ見ないふりをして来た残酷な真実。

 それに抗おうと、県議の1人が声を絞り出す。


「ホテルの増強はずっと進めて来た」

「知っているとも。だが、その結果が今だ。ホテルだけ増やしても、観光客が夜まで居たいと思わなければ宿泊数は増えない! 我々には、夜に行われるコンテンツが必要なんだ」

「夜の……」

「……コンテンツ?」

「そう、例えばアイドルのライブのような」


 県議たちの幾人かは、なるほどとうなずいた。アイドルのライブで遅い時間まで観光客を引きつけておけば、必然的に夕食も宿泊も奈良で済まさざるを得ない。

 だが、これだけでは納得できない者の方が多い。


「しかしですな、知事。アイドルのライブは一過性のイベントに過ぎません。その瞬間は客が増えても、その後はまた元通り」

「奈良県出身のアイドルであっても、ずっと奈良でイベントはしてくれんでしょう。有名になれば、大阪や東京に、あるいは今なら国外に出て行ってしまう」

「それに、県でアイドルをプロデュースしてもな。こういうのをお役所がやると、だいたい上手く行かない。私は詳しいんだ!」


 口々に知事案への否定的意見を述べる県議たち。


「確実に成功できるアイドルがいる。長期的に、奈良でだけ活動してくれる大人気アイドルになれる素養のある者が」

「どこの誰です? あなたのお子さんですか?」


 知事の身内への利益誘導だろうと邪推した県議の1人がからかうが、知事は決然と首を横に振った。


「我々がプロデュースするのは国宝『銅造廬舎那仏るしゃなぶつ坐像』、通称『奈良の大仏』だ」


 県議たちはしばし唖然とし、続いて一斉に吹き出した。


「いやいや、仏像じゃアイドルにはなりませんよ」

「君たちは辞書を引いたことが無いのか!」


アイドル idol

偶像。木や石や金属などを素材に礼拝の対象として作られた像のこと

(中略)現代的な用語では,強い愛着の対象をもいう


出典 ブリタニカ国際大百科事典


「この通り、仏像こそ真のアイドルだと言える」


 確かに、奈良の大仏は金属でできた信仰対象ではある。だが、現代において必要なのは後の意味だ。


「しかしですね、知事。アイドルのライブとなれば歌わねばならん訳で」

「持ち歌ならある。そこらの人間のアイドルの歌より知名度は高いはずだ」

「雀の歌ですか」

「しかし、座ったままの大仏様には踊ることはできますまい。とてもライブにはなりませんよ」


 県議たちの常識的意見では、知事の熱意は止められない。


「できる、できるのだ。諸君、私に予算を与えよ。そうすれば、大仏を歌わせ踊らせてみせる! 21世紀の科学技術で!」


 最終的に、半分ほどまで減額はされたが知事の案に予算が付くことになった。

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