あこがれに気付くとき

@aqualord

第1話

目の前で水煙を上げている滝は、「名瀑」と呼ばれているらしい。

轟音を上げながらも3段に連なって、繊細な白い糸を引くように流れ落ちてくるその様はたしかに良い景色なのだが、感受性に乏しいのか、感性の方向性が違うのか、貴史には普通の滝とどこが違うのかよく分からなかった。

なのに、こんな処までわざわざ出かけてきたのは、職場で話題になったある事がきっかけだった。


その日、貴史の1年先輩の小宮山が、休日に行ってきたというトレッキングの際に見かけた滝の動画を皆に見せていた。

気持ちよさそうな木漏れ日の道をたどったその先に、だんだんと姿を現したその滝は、雄壮でそれでいて、心地よい音を立てていた。


貴史はその動画にそれほど引き込まれたわけでは無いのだが、次の3連休に何もすることが無かったので、滝を見に行くのもを面白いかな、と思ったのだ。


だが、小宮山と違ってトレッキングなどしたこともない貴史が、行き先を選ぶ際に重視したのは、素人でも気軽に日帰りで出かけることが出来ることと、その滝が「外れ」でないことだった。

「外れ」というのは映えという意味では無く、せっかく出かけたのに、がっかりするようなものだったら嫌だな、いう程度の軽いものだ。

かといって、小宮山にお勧めを聞くと、なんとなく負けのような気がしたので、自分で調べて選んでみることにした。


調べてみると、「良い感じの滝」のことを名瀑というらしいことが分かった。

だから、名瀑といわれている滝を選べば外れは無いだろう。

さらに、調べてみると、滝は山の中にあって近寄りがたいイメージもあったのだが、名瀑レベルになると遊歩道が整備されているのもそれなりにあるらしい。

そういえば小宮山も山の中をかき分けて滝に辿り着いたのでは無く、遊歩道然とした道が滝に通じていた。

とはいえ、さすがに車が無いと日帰りは難しいかも知れないが、幸い貴史は免許は取ってあったので、レンタカーを借りれば日帰り圏にいくつもの名瀑があった。


そうやって選んだのが今目の前にある滝だった。


もう一度見てみる。

たしかにスケールが大きいし、3段の滝なので変化もついていて見応えがある。

だがやはり、それ以上の感想は出てこなかった。


「まあ、気晴らしにはなったし、清々しい気持ちにはなったからそれでいいか。」


何となく釈然としない感じもするが、職場で話のネタ程度にはなるだろう。

そう達紀は納得した。

そして、ようやく達紀は、連休をつぶしてここまで来た理由が、先輩である小宮山への憧れだということに気がついた。


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