【KAC20252】少女とミニスカート

彩霞

第1話 真里と美雪

 五月の連休の今日、真里まりは同じ大学に通う友人の美雪と仙台で遊ぶことになっていた。


 大学一年目で、初めて迎える大型連休だ。

 高校生のときは私立の進学校に通っていたため、一学年のときから楽しい行事はほとんど経験してこなかった。本人が意識しようとしまいと、周りと教師が受験を目標にした生活をしているので、自ずと「我慢しなければいけない」という雰囲気に入り込んでしまい、高校生活は少女漫画で見てきてきたような楽しいことはあまりなかったのである。


 そのため、真里は浮かれていた。大学でできた初めての友達と、女子大生らしく、カフェに行ったり、買い物に行ったり。また洋服を見たりすることができるのではないかと思っていたのだ。


 今日の待ち合わせ場所は、仙台駅の西口前。

 真里は到着するなり、LINKEリンクでゴールデンレトリバーのような犬が尻尾を振っている「着いた」というスタンプを押した。するとすぐに、「もういるよ。植込みの近く」という返事が返ってくる。


(植込みの近く?)


 真里は人を避けながら、きょろきょろと辺りを見渡す。

 窓ガラスの出入り口からは沢山の人たちが出てきたり、入っていったりしていた。

 青い空にゆったりと雲が流れる、気持ちの良い晴れの日である上に、休み初日ということもあって人がごった返している。そのせいか、美雪の姿が中々見つからない。


「あれ? どこだろう?」


 美雪はすらりとした体型で、身長は170センチある。真っすぐな長い黒髪が特徴で、見ればすぐわかるはずだ。それにもかかわらず見つけられないため、真里は時間を間違えただろうか、それとも場所を間違えただろうかと不安になる。

 すると、スマホがぶるぶるっと震えた。すぐに画面を開くとLINKEリンクで「すぐ傍にいるよ。振り返ってみて」というメッセージが入っていた。


「え?」


 真里が声を出すと、「ここ」という女性の声が後ろのほうから聞こえた。振り向くと、植え込みのところに座っている、濃い色のサングラスをかけた彼女が真里に手を挙げている。


「やっほー」


 しかし、真里はすぐに反応できなかった。

 普段の美雪はジーパンにTシャツである。靴は歩きやすいスポーツシューズで、化粧もほとんどしない。


 それが、口紅を引き、黒い長い髪は軽くウェーブがかかっていて、ポニーテールに結わえている。服装も中は白いシンプルなTシャツだが、黒い革のジャケットを羽織っており、下は黒いスラックスに黒いヒールをいていたので別人にしか見えなかったのだ。


 真里は念のため後ろを振り返る。この女性が自分以外の人とやり取りしていないかを確かめるためだ。だが、彼女に手を振っている人はいない。ということは、格好よく決まっている女性が美雪ということだろう。


 真里はそろそろと彼女に近づくと確かめるように「美雪……?」と尋ねた。


「うん、そうだよぉ」


 いつもと違う姿の美雪だが、話し方は間違いなく彼女である。語尾が時折少しだけ伸びるのだ。


 人が沢山行きかう中で、美雪と合流出来たことにほっとはしたが、真里はすぐに自分の姿が恥ずかしくなった。

 淡いピンクのロングスカートに、花柄の黄色いTシャツ、その上に、ちょっとだけあかぬけた雰囲気を出してくれる薄い水色のジージャンを羽織ったただけである。


 真里は、ファストファッションのアパレル店で買った、黒のショルダーバッグの細いひもをきゅっと握った。


「どうしたの? いつもと雰囲気が違うね」


 真里は自分の気持ちをひた隠すようにして尋ねる。


「うん。今日はチャンスの日だからさ」


 晴れ晴れとしたふうにいう彼女に対し、真里は小首を傾げた。


「チャンス?」


「そう」


 美雪はそう言うと、真里のほうを向き、少しサングラスをずらして言った。


「ミニスカートの女の子たちを眺めるチャンスの日だよ」


 真里はたっぷり数秒考えたのち、「……え?」と呟いた。全く思考がついていかない。それとも聞き間違えたのだろうか。いや、それより、美雪の左隣に人一人分空けて座っていた年上の男性が、少しだけ美雪から身を引くのが気になった。もしかすると話している内容を聞かれて、危ない人だと思われたのかもしれない。


 一方、何も気にしていない美雪はサングラスを元に戻すと再び駅のほうを向いて、道行く女の人たちを見つめた。ただし、首は動かさない。見ていることがバレないように、手にはスマホを持ち、顔を微妙に下に向けながらミニスカートを履いた女性たちを眺めいていた。確かに行きかう女性の中にはちらほらミニスカートを履いている人たちがいるのが分かる。


「……ちょっと待って、どういうこと? 女の人の足を見たいってこと?」


 真里は辛抱たまらなくなって彼女の右隣に座ると、できるだけ声をひそめて尋ねた。


「え? 何?」


 聞こえなかったようで、美雪は真里に顔を近づける。彼女はもう一度同じことを繰り返した。


「ミニスカートを履いている人を見ているのは、女の人の足を見たいってこと?」


 美雪の言っている意味がさっぱり分からない。何故、ミニスカートを履く女性たちを眺める必要があるのか。変態なのか。……いや、女性が女性を見つめるのはいいのか。うん? よく分からなくなってきた。


「あー……、まあ、それもあるようなないような。でも、一番は何で履いているのかなって気になってさぁ」


 美雪は真里が声を抑えた理由がよく分かっていないようだったが、「そういうもの」と捉えて、同じように小さな声で返事をした。

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