憧れの十年後にて

於田縫紀

憧れの十年後

 帰宅途中、買い物帰りに通った駅隣接のショッピングモールにある洋菓子店が、妙に色づいているのに気づいた。

 何故だろうとあちこちについているPOPを見て理解する。

 あと一週間ちょっとで、ホワイトデーだからだと。


 ホワイトデー商戦にしては、店の中は女の子ばかりだ。

 まだホワイトデーの買い出しには早いからだろうか。

 洋菓子だから、元々女性客ばかりなのが普通なのか。

 それとも遙菜と私のようなカップルが増えているからだろうか。


 実は私自身は、洋菓子はそれほど好きではない。

 どちらかというと煎餅とかおかきとか、甘辛で固めのものが好みだ。

 あとはスルメにマヨネーズとか、カルパスとか、クラッカーにチーズとか。 


 こういうところも以前はコンプレックスがあって、変えようと思っていた事を思い出す。

 理由は簡単、女の子らしくないから。


 ◇◇◇


 男女、女の子らしくない、出来損ない。

 これらの言葉が、中学校頃から私を縛り付けていた。


 私も普通と違う事はわかっていた、

 違うのがおかしいと思っていたし、『正しく』変えようとも思っていた。


 高校が女子校だったのは、周りが女子ばかりなら女の子らしくなれるかと思ってだ。

 残念ながら男子生徒がいない環境で、擬似男子的な扱いを受けていたけれど。


 彼氏を作ってみれば、エッチしてみれば変わるかとも挑戦してみた。

 余計に男性に対する嫌悪感が増えただけだったけれど。


 孤独だった訳ではない。

 同級生や下級生の女子には、見た目には結構好かれていたと思う。


 ただその過半は、私を利用していただけだ。

 男子より安全で綺麗な擬似恋愛の男役。

 もしくは自分が出来ない、あるいはしたくない事を甘えという形で私に押しつける対象として。


 実際、そのうち何人かは“本当の恋愛”と称して男を作って、私から離れた。

 半分以上は仲違いして、また私に甘えてきたりしたのだけれど。


 もちろんそんな子ばかりではない。

 私が高3で生徒会の会長をしていた頃、1年で生徒会の庶務をしてくれていた遙菜。

 生徒会庶務としてやるべき事はしっかりやるし、わからなければちゃんと聞いてくる。甘えで誤魔化したりしない。


 それでいて相手を立てたりなんて事が自然に出来る。

 更には他の女子達と、ちゃんと女の子らしい話題で盛り上がれる。

 外見も女の子らしくて、小さくて可愛い。


 ああなりたい。そう思いながら生徒会室で、斜め前の席にいる遙菜の事を見ていたものだ。

 私は身長が170を超えていたから、どうあがこうと小さくて可愛いは無理だったけれど。

 性格も可愛くないし。


 あれこれこじらせた私は、地元ではもう変われないと考えた。

 大学で環境を一新して、新たな私に変身しようと思った。

 地元を離れ下宿することを親に認めさせる為に、猛勉強して遠方のそれなりに有名な大学に合格。


 ただ地元から逃げても、私自身の性格や嗜好が変わることは無かった。

 むしろ家族から『女らしくしろ』と圧力をかけられなくなった分だけ、女の子らしさから遠のいた気がする。


 更にクラスやサークルでも『女らしくしろ』なんて言われない。

 こっちにくっついて必要以上に甘えてくるような女子もいない。

 高校時代までと比べるとずっと気楽だ。


 独りでいる事が、時々猛烈に寂しくなる事はある。

 それでももう、何も考えずに一生独り暮らしでいいやと諦めつつ暮らしていた三回生の春。

 私が所属している『ボードゲーム愛好会』に、遙菜が現れた。


 最初は見間違いかと思った。

 しかし次の一言で、本人だと認めざるを得なくなった。


「結愛先輩、お久しぶりです」


 遙菜が嫌いな訳ではない。

 むしろ好きだったし、高校時代の憧れであり、ほとんど唯一の癒やしでもあった。

 ついでに言うと、あの頃以上に可愛くなっていた。

 長めのスカートにニットセーターという量産系大学女子スタイルだけれど、それが似合っていて。


 会えた事は嬉しい。

 けれど同じくらいに怖かった。

 此処で会うとは思わなかったからだ。


 私や遙菜がいた高校からは、場所的にもレベル的にもまず来ることはない。

 此処に来る学力があれば、女子的にはもっとキラキラした東京の学校に行く事が可能だ。

 一般試験では難しいけれど、そこそこ古いうちの高校からは推薦入学という手が使える。


 なのに何故この大学に、そしてボドゲサークルに来たのかがわからなかった。

 単なる偶然だろうと思おうとしたけれど、私の理性と知性と思考力は納得しなかった。


 それでも私に都合のいい事由を思い浮かべるのは、思考が拒否した。

 もしそうでなかった場合、高校時代の数少ないいい思い出まで、全て崩れてしまいそうに感じて。


 そんな宙ぶらりんな状態が崩れたのは、遙菜と再会して10日後の土曜日深夜。

 サークルで大学の研修棟の一室を借り『新人歓迎・時間無制限ボドゲ漬けコンパ』と称して、酒だのつまみだのをやりつつボードゲームをやりまくった後だった。


「申し訳ありませんが、結愛先輩の家に泊まっていいですか。バスはもう無いですし、歩いて行くには私のアパートは少し遠いので」


 深夜一時過ぎ、そう遙菜にお願いされた。

 残っている一年生女子は遙菜だけだったので、別にこの申し出はおかしくない。

 そう私は自分に言い聞かせて、つとめていつも通りの口調を意識して返答した。


「いいよ。ちょっと狭いし散らかっているけれど」


 2人で途中コンビニに寄ったりして帰って、そして着いた私の部屋で、告白された。

  

「高校もそしてこの大学も、先輩に会うために選びました。先輩、好きです」


 直球で。

 

「そんな事を言ってもいいの? 私、一応女だし、こんなんだよ」


「男でも女でも関係ありません。私は結愛先輩が好きなんです。中学一年の時、こんな格好いい人がいるんだと憧れて、でも先輩みたいに格好良くはなれなくて、しかも一年で卒業していなくなって。

 それでも諦めきれずに同じ高校に行って、やっと生徒会で話が出来るようになったと思ったらあっという間に卒業で。

 必死に勉強して何とかこの大学に合格して、やっとここまで来たんです……」


 今思うと、私も遙菜もお酒が入っているというのが、背景にはあったかもしれない。

 何年分かの思いや想い、黒歴史までお互い話して。


 以降今日まで、遙菜と一緒にいる。

 私が公務員として就職し、遙菜も大学を卒業してフリーのデザイナーとなった今でも。


 ◇◇◇


 その遙菜だけれど、ここ一週間は仕事が忙しく、買い物にも出られない状態。

 だからその間は私が帰宅途中、夕食の買い物をしている。

 私は料理が出来ないから、出来合いの惣菜中心になるけれど。


 こういうところも女子らしくないけれど、今はもうそう想っても特に気にならない。

 遙菜がいれば、それで充分だから。


 そういえば先月、遙菜にバレンタインチョコを貰ったなとも思い出した。

 言い訳にちょうどいい。

 仕事漬けで、ストレスもたまっているだろう。

 特に好きなのは、パウンドケーキとかガトーショコラとか、茶色い半生菓子だったっけ。

 

 美味しそうなのを選んで、買って帰るとしよう。

 高校時代の憧れで、でもあの頃より今の方がもっと魅力的で大好きな遙菜に。

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