神衣舞踏

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【速報】神楽かぐらスーリャさん自殺か 通行人が発見

2045/03/08

アイドル・神楽スーリャさんが8日午前4時40分頃、東京・千代田区の橋の欄干で首をつった状態で見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。遺体はホログラムアバターを纏ったままの状態だった。現場の状況から自殺とみられ、警察が詳しい状況を調べている。所持していた身分証から、神楽スーリャさんの身元は…




 2040年代の今、この日本で身分を明かしてるアイドルなんかもう居ない。

 スーリャの素性だって、あんなことが無かったら私は生涯知ることも無かっただろう。

 今のアイドルは誰も彼もがホログラムアバターで素顔を隠して活動している。それぞれの憧れの姿を身に纏い、煌めくような麗しい容姿で。

 治安の悪化により数々のストーカー事件が問題となった結果の、アイドルの身を守るための措置だ。むしろ以前が異常だったのだ。アイドルなのに素顔を全世界に公開するなんて正気の沙汰じゃないと、ただのバックダンサーに過ぎない私でさえ思う。


 某有名メーカーが開発した携帯式3Dホログラム投影システム“プロテウス”。これは生きた人間と見分けがつかないほど精巧なホログラムアバターを作り出す。いや、見分け方を挙げるとしたら一つ。

 あまりにも美しすぎるのだ。

 今のアイドルはみんな、理想を十全に反映した美しいアバターを身に纏っている。アイドルグループのパフォーマンスなんて、まるで天使の舞踏会のような天国と見紛う光景だ。だから外見が綺麗なことは当たり前で、容姿はあまり人々の評価基準にならない。

 歌声だってそうだ。今は加工技術が発達している。マイクに声を送り込んだその一瞬で稀代の歌姫のような美声に変換され、美しい旋律となって観客の耳に届く。余程の音痴でなければ誰だって名シンガーになれる。


 つくりもので固められた現代アイドルのパフォーマンスで、唯一加工では誤魔化せないもの。

 それはダンスだ。

 生命力に溢れた肉体の躍動。それだけは決してゼロから作り出せるものではない。アイドルの踊りをなぞるように、ホログラムを正確に投射することはできる。だが人々の心を打つ踊りを生み出すのはアイドル本人だ。

 ゆえに現代では、アイドルはダンスでもって表現力を磨く。体を包むホログラムの光さえも超越するような、光り輝く舞い方を追い求めていく。


 そんな中にあって、神楽スーリャの踊りは飛び抜けていた。

 全身から沸き立つ、溢れんばかりの生命力。力強く華やかで、それでいて可憐さや儚さまで自在に魅せる表現力。その一挙手一投足は誰もの目を奪い、目を離すことを許さない。

 たおやかな指先のかすかな揺れ。つま先のほんの少しの動き。長いまつ毛が一瞬だけ揺れ、戻る、その瞬きさえも。スーリャの舞いは、動作の全てに意味が込められていた。肉体表現の極地がそこにあった。

 何年ぶりかに誕生した国民的ソロアイドル・神楽スーリャの人気の所以は、その卓越したダンス技術にある。


 私もスーリャのダンスに魅せられ、憧れた一人だ。

 私は3年ほど前から、スーリャのステージでいつもバックダンサーとして踊っていた。神の使いかのようなスーリャのあの舞い方を、どうしても自分のものにしたかったのだ。スーリャのようになれるなら、なんだってする覚悟だった。

 ダンスは子どもの頃からやっていたからそれなりの実力はある。だけどスーリャには遠く及ばないと、テレビでスーリャを見るたびに思っていた。だからスーリャの間近で、アリーナ席よりももっと近い特等席でスーリャの踊り方を観察したかったのだ。

 至近距離で見るスーリャのダンスは、やはり迫力が段違いだった。学んで得られるものは大きかった。私はスーリャの後ろで踊りながら、あの天賦の舞い方をじっと観察していった。画面越しではわからない動きのクセ、足運びが発する音、微かに耳に届く息遣いまで。

 美しかった。綺麗だった。目を離したくないと。ずっと見ていたいと願ってしまうほど。

 私はバックダンサーの仕事を務めながらも、スーリャの踊り方を頭に入れていった。その日の仕事が終われば、その晩には夜が明けるまでスーリャを模倣して踊る。次のステージでまた手本を見る。また模倣する。それを繰り返していき、ついにスーリャと肉薄するほど上達したのではないかと自負できるようになった頃。




「神楽スーリャさんが亡くなりました」


 スーリャの事務所の社長に突然呼び出されてそんなことを言われた時、私は彼が言っている意味がうまく飲み込めなかった。

 助けを求めるようにスーリャのマネージャーに目を向けたが、彼女は青い顔で押し黙っているだけだった。


「遺体からは多量のアルコールと睡眠薬が検出されたそうです。彼女、随分と悩みを抱えていましたからね。まあ、過ぎたことは仕方ありません。問題はこれからです。どう誤魔化すか、どうリカバリーするか」


 社長に目配せされると、マネージャーは一枚の書類を差し出してきた。

 神楽スーリャ。本名…まさか、これはスーリャの中の人…ということだろうか。書類には顔写真も付いている。スーリャのアバターに劣らないほど綺麗な子だ。透明感のある白い肌に、クマこそあるが可愛らしい大きな瞳。鼻梁の線はすらりと長く、形の良い唇は艶やかに潤っている。22歳とあるが、まだ10代に見える。

 この子がスーリャとして活動していたのか。いや待て、死んだって。悩みってなんだ。そんなの考えたってわかるわけない。私の混乱の渦は勢いを増していった。


「貴女をお呼びしたのは他でもない。お願いがあるのです」


 顔写真を凝視していた私に、社長は穏やかな声色で告げた。

 口調こそ丁寧だったが、その目には有無を言わさぬ迫力があった。


「貴女、神楽スーリャになってください」


 は?と間抜けな声が私の口から飛び出た。

 スーリャになる?私が?いったいどういうことだ。


「バックダンサーの中で、貴女の踊りは飛び抜けている。スーリャと同等…とは言いませんが、日を追うごとに上達している。そんな貴女の実力を見込んでのお願いです。神楽スーリャを継いでください」


 困惑する私に、社長はなおも続けた。


「知っての通り、神楽スーリャは国民的ソロアイドルです。そんな彼女が死んだとなれば、日本は深い悲しみに包まれる。それは避けねばならないでしょう?」


 ちらりとマネージャーを見ると、彼女は血色の悪い顔を硬くしたまま唇をきゅっと結んでいた。

 マネージャーが机の上に差し出した書類には、契約書と書かれていた。


「…いえ、正直に言いましょうか。損失なのです。ここで神楽スーリャを失うことは、こちらとして大きな損失になる。幸い、彼女は身寄りがありませんからね。彼女の死はまだどうにでも隠蔽できるのです」


「歌声なら加工できますし、なんなら口パクでも構いません。欲しいのは踊りです。人を惹きつけられる表現力を持つ、貴女のような人材」


 喉がごくりと鳴った。

 神楽スーリャになる。憧れのスーリャに、私が。スーリャとして舞台に立って、あの名声を私のものに。

 私の中で仄暗い欲望が膨れ上がっていくのが感じられた。

 ダンスの技術なら、スーリャの手本のおかげでめきめきと上達した。今ならできるんじゃないか。スーリャのような、神域の踊りが。スーリャの姿を身に纏って、死んだスーリャをこの世に引き戻す。

 そうだ、私がやるしかない。私にしかできない。これは使命なんだ。神楽スーリャを守るという使命。


 もう迷いは無かった。

 私は社長の手を握っていた。


「契約成立です」




 神楽スーリャとしての私の初ステージの日。

 不思議と、私の中に緊張は無かった。その日までに積み上げた練習が自信をくれた。

 今ならスーリャに並べる。スーリャと同じ舞い方ができる。スーリャのように神をこの身に宿したのだと胸を張れた。

 ホログラムアバターでスーリャと同じ姿になった今、誰にも異変を悟らせはしない。


 さあ、行こう。

 音楽が鳴り響き、歓声が沸き上がり。

 幕が上がった。




神楽スーリャ応援スレ468

0785 ファンクラブ会員番号774 2044/10/22(土) 23:19:00.17

今日のスーリャたん調子悪くなかった?

0786 ファンクラブ会員番号774 2044/10/22(土)23:19:07.83

それな

0787 ファンクラブ会員番号774 2044/10/22(土)23:19:14.03

キレが無かった

0788 ファンクラブ会員番号774 2044/10/22(土)23:19:45.28

やっぱ中身ババアだからな

0789 ファンクラブ会員番号774 2044/10/22(土)23:19:53.64

>>788

デマ鵜呑みにすんなボケ

0790 ファンクラブ会員番号774 2044/10/22(土)23:19:53.98

>>788

消えろにわか


神楽スーリャ応援スレ470

0167 ファンクラブ会員番号774 2044/12/24(土) 20:55:22.39

今日も動きクソだったな

0168 ファンクラブ会員番号774 2044/12/24(土)21:01:20.87

マジで劣化したよな

0169 ファンクラブ会員番号774 2044/12/24(土)21:06:36.61

人気の低迷ヤバない?

0170 ファンクラブ会員番号774 2044/12/24(土)21:12:44.08

爆速だった

0171 ファンクラブ会員番号774 2044/12/24(土)21:19:54.82

うんち

0172 ファンクラブ会員番号774 2044/12/24(土)21:39:03.09

上手いは上手いんだけど、全盛期みたいな輝きがもう無いんだよな


【終わった人】神楽スーリャ応援スレ471

0018 ファンクラブ会員番号774 2045/03/01(水)14:19:15.83

このスレタイで続けんの?

0019 ファンクラブ会員番号774 2045/03/01(水)15:03:34.73

いいんじゃね

0020 ファンクラブ会員番号774 2045/03/01(水)16:45:54.21

最近テレビで見なくね?

0021 ファンクラブ会員番号774 2045/03/01(水)17:16:02.25

出してもウケないだろ

0022 ファンクラブ会員番号774 2045/03/01(水)17:21:58.91

中身ババアだしな

0023 ファンクラブ会員番号774 2045/03/01(水)18:52:35.15

>>22

老化説ネタにならねえんだよな




 私が間違っていた。

 私がとっても間違っていた。


 スーリャのように舞えるなんて、ひどい思い上がりだった。

 あれは神の領域なのだ。どんなに練習したって、何を積み上げたって、凡人なんかには絶対に辿り着けない境地なのだ。

 最初のステージで踊った時、気づいてしまった。観客の目に熱が無いことに。スーリャの踊りが灯す、熱狂的な光が誰の目にも無いことに。

 そこで頭がふっと冷めた。スーリャの水準に迫ったと思い込んでいた私のダンスは、到底まがい物に過ぎなかった。その事実に気づいた途端に全身が震え上がり、スーリャなら絶対にしないような不自然でぎこちない動きしかできなくなった。

 その失敗を取り返したくて練習を重ねた。記録を漁ってスーリャの踊りを何度も見て、記憶の中のスーリャの息遣いを思い起こして、あの完璧な舞いを今度こそ再現しなければと。

 でも駄目だった。どこまで行っても私のダンスはただの劣化でしかなかった。憧れて、憧れて、手を伸ばして。そうして届くと思い違えてしまったのだ。


 あの完璧な神楽スーリャの名声を地に落としてしまった。許されない罪だ。許されるわけもない大罪だ。恥ずかしい。恐ろしい。死をもって償うべきだ。

 スーリャに、スーリャを動かしていたあの子に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 嗚咽を漏らす私の口からは、もうその言葉しか出てこなかった。

 こんな謝罪に意味が無いことはわかっている。謝る相手はもうこの世にいないのだから。だけど、謝らずにはいられなかった。私がこんなことをしなければ、神楽スーリャは完璧なアイドルのままだったのに。ごめんなさい。死んで償うから、許してください。


 せめて、私がつけてしまったスーリャの汚名は私が地獄まで背負って行く。

 スーリャの死が社長に隠蔽されたのは、自宅で一人で死んだからだ。神楽スーリャの姿を纏ったまま人目に付く場所で死ねば、さすがに隠し通せないだろう。

 身分証を持って死ねば、神楽スーリャの正体は私だったのだと誰もが思うだろう。事務所も否定できないはずだ。別人に神楽スーリャを演じさせていたなんて言えないだろうから。それがさらに補強になる。

 これが神楽スーリャを失墜させてしまった私の責任の取り方。こうすれば全ての汚名は私のものになり…かつてのスーリャの栄光も、私が奪っていくことになる。

 …失笑が漏れた。ここまで来て、まだ自分の中に薄汚い欲望があるのだと気が付いた。こんな真似をしておいて、私はまだスーリャの輝きを我がものにしたいのか。なんだかんだと言って、結局こっちが本音じゃないのか。つくづく醜い。反吐が出る。

 …だけど、どうか許してほしい。スーリャ。神楽スーリャ。あなたは…私の憧れだった。私はあなたになりたかった。あなたになれるなら、なんだってすると腹に決めていた。

 ああ、そうだ。認めよう。スーリャ。あなたの踊りにはついぞ届かなかった。それでもなお、私はあなたになりたいという思いを捨てきれない。醜い羨望だと見下していい。

 虚構だとしても、無意味だとしても、それでもなお。私はあなたになりたいのだ。そうだ、スーリャ。私は。


 私は、神楽スーリャとして死にたいのだ。


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