彼女が家に帰ったのは、終電の一本前だった。またね、とお互いに言い合うことは私の想定にはまるで無かったのに、むしろこうなるとわかっていたかのように、ストンと腑に落ちた。


 部屋に戻り、奥に隠していた縄を手に持つ。彼女を殺してから自分に使うつもりだった縄だ。もう用はないし、なんらかの疑惑を生んだら大変だ。明日上手く処分しよう、そう思いながら、まだ彼女の香りのするベッドで眠りについた。


 3月のいつか、ふと散歩してみることにした。普段歩かない道は新鮮かと思ったが、実際は至る所に雪があり、午後からはまた降り始めて、濡れて冷たく、嫌な気分だった。そんな中立ち寄ったカフェでふと思い立ち、この文章を書いている。柔らかな苦味のするカフェモカで体を温めつつ、音を消しながら降り注ぐ窓の外を見て、さまざまなことを考えた。


 もうスマホの充電も少ない。中高の六年間使い続けた画面バキバキのスマホも、そろそろお役御免だろう、最後の締めを打ち込み終わるまでは生きていてほしいものだ。


 雪が降ると、春だなと思う。私の住んでいた信州の内陸部は、冬には寒すぎて常に晴れていて、雪はあまり降らない。降ってもただの粉だ。


 春に降る、湿り気の有る特有の雪を踏みしめると、過去の別れが、想い起こされる。靴が濡れて、身体の芯から冷えていくように、寒く苦しい別れを思い出す。


 そのうち、夏が近づく。身体の芯の寒さはすっかりなくなるが、その寒さの記憶はどうにもこびりつく。それでも夏は来るので、私も前に進むしかなくなる。


 そうして、新たな出会いがある。この四季の巡りの中で、私は生きている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪と卒業 篠ノサウロ @sinosauro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ