カッパの里2
新幹線を降りてから在来線を乗り継いで三時間あまり。
修達は目的地の最寄り駅まで到着することはできた。
修は普段ニ、三分置きにやってくる電車に慣れているから、単線でなおかつ、駅で列車同士がすれ違いの為に短くて十五分も停車をしていたり、各駅停車なのに駅と駅の間隔が二十分近くもあることに驚いた。
麗はと言えば、長距離移動で疲れたのか、ひっきりなしにあくびを繰り返している。
天狗から指定された場所に向かうために降りた駅は、駅前とは思えない有様でコンビニすらない始末であった。
どうやらこの地域のバスは何年か前に廃止されてしまっているらしく、ここからは徒歩での移動が余儀なくされる。修は思わず溜息を漏らした。
タクシー乗り場は存在しているが、小さなロータリー内にはタクシーの影はなく、サビがさした『タクシー乗り場』と書かれたブリキ看板が不気味に鎮座しているだけだった。
なんせ、修が手に持っている電子機器、スマホに示されている現場までの経路は、徒歩で二時間と表示されているのだ。
ここから先は山奥に向かっていくルートのようで、こんな所に泊まるような場所はあるのだろうか?
そんな不安が修の脳裏をよぎる。
最悪は野宿かと、麗の方を修はチラリと見やるが、年端も行かない少女にそんな事はさせられないよなと、泊まる場所は何とかする覚悟をした。
最悪、民家にでも泣きついて、麗だけでも泊めてもらう事にしよう。
そんな修の考えを知ってか知らずか、呑気な樣子で麗はまだ雪の残る、山の頂上辺りをぼうっと眺めていた。
「ここからは歩きみたいだ。結構な距離みたいだけどお前歩けるか?」
修と麗が向かうのは、ちょうど麗が眺めていた山肌の
ネットで検索してみた所、清流やら、沼やらにカッパの伝承が残る地らしかった。
地図アプリで周辺地図を眺めてみた所、現地周辺にも民家は点在しているようなのが救いだった。
「大丈夫です。歩けます」
麗は体前面で両手でガッツポーズのようなポーズを取って見せた。
作務衣の上のさらに羽織られた上着越しにもわかる細腕に、修は若干の不安を覚える。
天狗は助けになるとは言っていたが、この可憐な少女が本当にこの仕事の助けになるのだろうかと。
しかし、いつまでもこんな所でボサボサしている訳にもいかない。
『為せば成る為さねばならぬ何事も』を座右の銘にしている修はマイナスな事は考えるのはやめた。
きっと数時間後の『俺』がなんとかしてくれるはずだと。
ちなみに修は自身の座右の銘が誰の発した言葉なのかは知らない。それが全文で無いことも。
「行こうぜ。えっと……」
「麗でいいです。麗って呼んでください」
「分かった。麗あっちだ」
修は駅から真っ直ぐに伸びる一本道を指差しながらそう言った。
「はい」
麗は素直な樣子で頷くと、修が歩き出すのを待たずにスーツケースを引いて歩き始めた。
その後ろを修もスーツケースを引いてゆっくりとした足取りで着いていく。
「……」
「……」
会話もない中、両端を田んぼに囲まれた道を二人、少しの距離を置いて進んでいく。
見渡す限り、どこまでも田んぼが続き、地平線が見えそうな勢いだなと修は心の中で思った。
「まるで、地球の果てが見えそうですね」
「へっ?」
「あまりにも何もないので、そう錯覚してしまったという例え話です」
「まあ。そうだな」
まるで心の中を見透かされたようで、修は素っ頓狂な声をあげてしまうが、こんな状況じゃみんな考える事は一緒だよなと考え直し相槌を打つ。
麗は退屈を紛らわす為なのか、饒舌に会話を続ける。
「こんな人っ子ひとりいないと、この世の中に、修さんと私しかいないんじゃないかと思ってしまいます」
「そうか?あっちこっちよく見ると民家があるだろ」
修が指をさす先、人が目視できるかできないかの距離に確かに民家は存在する。だがしかし、麗はそうではないようで、「えー?そうですか。私には見えませんけど」と少し首をひねり修の方を振り返る。
修は普通の人間の視力なら見えないのかと、理解する。
「俺マサイ族みたいに視力が良いんだ。ちゃんと検査をすれば5.0の判定を受けるかもな」
修は今まで人生において、真面目に検査という検査を受けた事がない。
真面目に受ければどこぞの研究機関が出張ってきてしまうような人外な記録を出してしまうから仕方がない事なのだ。
「へー本当ですか?凄い!私なんてどうあがいたって2.0が関の山です。羨ましいとは思わないですけど」
CGで作られたような隙のない顔を崩して麗は笑う。
「2.0もあれば十分じゃねえか?よく分からんけど」
同級生達が、1.0以下の記録を残し残念がっている姿を修は思い出していた。
きっと常人ならば1の近似値を出すだけで十分なのだろうと同時に思った。
「ですね」
麗はクスクスと笑い、急に足をその場で停める。釣られて修もその数歩後ろで足を停めた。
真っ直ぐな青い瞳が修を捉える。
「よかっです。修さんってもっと気難しい人なのかと思っていました。二人でお仕事に出るの、実は不安だったんです。でも、すごく安心しました。楽しい旅になりそうですね」
旅に来たわけでもなければ、遊びに来たわけでもないのだけれど、修も麗と同じような感情を抱いていた。
決して口に出すことはしないのだけれど、修も安堵していたのだ。
美しすぎるあまり、冷たい印象を覚えた麗が、実は気さくでユーモアも兼ね備えていることに。
だから修は注意はする事はなく、一言だけ告げた。
「それならよかったよ」
「はい」
麗はそう返事をすると踵を返し、目的地に向け再度て歩き始めた。釣られて修も歩みを進める。
『うんうん。セイシュンってやつじゃのう』
「……」
千里眼を使い、神通力で話しかけてくる不届き者がいるようだが、修は知らないフリをした。
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