夢の町

レネ

💐


 スペイン、バルセロナに住んでいた19歳の頃、スペインの南を目指してひとり列車の旅に出た。


 二等車に、20時間以上揺られて、遙か南部のセビリヤという町の駅が見えてきた時、私はすぐにはその実感がわかなかった。

 何しろ、高校生になった頃、テレビで紹介されたその風景を見て虜になり、ずっと訪れるのが夢だったあこがれの町である。

 そして今、まさに自分がそこにやってきた! 何だか、ウソのように感じられた。


 ボストンバッグを引き摺りながら町の中心まで歩き、目についた安宿にとりあえず部屋をとる。


 宿まで歩く間に、エキゾチックな白壁の家々に、ついに、遠い、このあこがれの町へ来たという感動がようやく少しずつ湧いてくる。


 宿に荷物を置くと、とりあえず一服つけて、ベッドに横になり、窓から見える中庭をぼんやり眺める。ついに来た。ついに来た。そうだ、本当に来たんだ! じっとなんかしていられない。昨夜列車の中で寝られなかったけど、ひと休みしただけで、すぐにカメラを片手に宿を飛び出す。


 迷路が私を待っている。白い壁に囲まれた、おとぎの世界のような小路。


 歩けど歩けど続く石畳と素朴な家並み。あとは空しかない。紺碧のくっきりとした空。日本で見たことのない青。


 ところどころ、窓辺に鉢の花が飾られている。


 どこまでも歩く。歩けど歩けどついてくる両脇の純白の家並み。


 出た。広場に。と、すぐ先に高い塔が見える。ガイドブックで見たヒラルダの塔だ。


 私を迎えた家々。最初に出会った風景。


 それは素朴で心に染み入る清楚な光景。


 私は忘れないだろう。


 この町に溢れる、この純白の光を。


 一生忘れないだろう。


 その時、そう思った。


 私はさまよう。白い小道を。


 広場のバールで、ブドウ酒を飲んでみる。


 この街の人々に混ざって、ひとときセビリア人になった心地を味わう。


 なんて綺麗なんだろう。お人形みたいな女の子が歩いている。目の錯覚ではない。5歳くらいの、本当にお人形のような女の子。


 よし、あそこのカフェテラスに座ってコーヒーを飲もう。


 あこがれのセビリヤのカフェテラスは、少し賑やかで、太陽が眩しくて、そこから見る街はキラキラと輝いている。


 もう帰らない。もういい。もう一生俺はどこへも帰らずに、この憧れの町で暮らすんだ。


 その時、そう思った。

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夢の町 レネ @asamurakamei

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