第1話:触手
――触手持ちの、何が偉いんだよ。
触手を持つ者が、支配する世界。
「触手持ち」、そう呼ばれる者たちが、
政治から経済、芸能まで、この社会を支配している。
彼らは特別で、他の者たちとは完全に格が
違う。この世界では、触手を持つ者が最も
偉い。それが当然のようにまかり通っている。
だが、皇我はその理屈が気に入らなかった。
触手を持つだけで、なぜ偉いと言われるのか。何も変わらないじゃねえか。こんな世界、全くクソッタレだ、と思っていた。
力を持っているだけで、周囲が崇め、恐れ、
手のひらを返したように従う。それが、彼に
とってはただの腐った社会の構造に過ぎ
なかった。
「あんな連中、みんなクソだ。」
タブーとされている触手持ちへの反感を隠さず、皇我はその不満を日々口にしていた。
触手を持つことに対して、どこか卑屈な部分
すら感じていた。心のどこかでは、羨ましいと思っていたのかもしれない。
だが、運命はそんな彼に皮肉を与えた。
***
「二度と俺に喧嘩売んな、カス」
痛々しく腫れ上がった顔に、唾を吐いた。
情けない呻き声と、ピクピク痙攣する触手。
俺は強い。触手なんかに頼らなくても、十分に強い。だからこそ、触手に頼っているだけの、人間を支配した気になって気持ちよくなっている触手持ち様を、絶対に認めたくなかった。
いつか俺が、この手で全員倒す。
だが、俺の力だけで触手の根絶は不可能だ。
「オウガ!今のうちに早く刺しなよ」
ガラスでできた注射器が、空を舞った。
光を反射して、わずかばかりにキラッと光る。
「っぶねー、割れたらどーすんだよ…」
ぱし、とキャッチして、呆れたように先方を
睨んだ。
「まあ、ソレ作ってんの僕だし」
そういう問題じゃないだろ、とため息を
ついて、指示通り注射針を触手に刺した。
「うっ…うがぁッ…!!」
男は苦しそうにもがく。背から伸びる触手が、激しくのたうち回った。もう数分も経てば、
触手も持ち主も、ぱったりと動かなくなる。
これまでの記憶や人格などそいつの全てが触手に吸収されて、残った器は廃人になる、という仕組みらしい。
こんな恐ろしい薬を作ったのは、
俺の親友であり戦友、天才だ。
ルイは、硬く冷たくなった触手を拾い上げ、
小瓶の中へ仕舞い込んだ。
男はのろのろと立ち上がり、繁華街へふらりと消えてゆく。その顔には生気がない。
「順調だね、触手狩り」
ルイはニヤッと笑って肩を組んでくる。俺も
浮かれていて、強く肩を組み返した。
俺たちが触手狩りを始めたのは、最近の
ことで、まあ、最近といっても、今日で6人目
だった。
「このままいけば、根絶も夢じゃねーな」
俺の喧嘩の強さと、ルイの開発した薬。この
二つがあれば、触手だろうがなんだろうが、俺たちの手のひらの上だ。
あまりの順調さに、浮かれすぎていたのかも
しれない。背後から忍び寄る脅威に、全く意識が向かなかった。
***
目を覚ますと、何もない、ただ白の壁紙が一面に貼ってあるだけの、殺風景な部屋だった。
体を動かすと、ガシャン、と金属音がする。
足元に目をやると、足枷がつけられていて、
手には手錠がかけられていた。
横を見ると、同じ状態のルイがいる。声を
出そうとしたが音にならない。テープが貼られていた。
ルイはぐったりとしている。何かされたの
だろうか。かくいう俺も頭痛が酷く、少し動くと目眩がした。
ピ、ガチャ。
機械の認証する音と、施錠音が部屋に響く。
素早く音のした方向を向くと、白衣を纏った、いかにも怪しい男が佇んでいる。
袖からは、触手が生えていた。
反射的に睨む。男は構わず口を開いた。
「そろそろですかね」
何が?そう言いかけた途端、
「!?…!!!」
痛い。頸あたりが激しく痛む。バタバタと体を捩って抵抗するが、あまりの痛さに涙が
滲んだ。コイツ、俺に何しやがった。
再びきっと睨むも、相手は怯む様子もなく
淡々と続ける。
「君と横の彼に投与したのは、触手が生えてくる薬です。」
…なんて言った?触手が生えてくる…?嘘だ、触手は生まれ持って生えてくるもの、そんな
ものがあるわけ…!!
「嘘だ、とでも言いたげな顔ですね。私のこの触手は、薬によって手に入れたものですよ」
「触手狩りをしていた君たちと、反対に増やすことをしていた私。面白いと思ったんです。触手の根絶を望む君たち自身に、触手を生えさせたら——ね?面白いと思いませんか」
俺は絶望した。まさかそんな奴が存在しているなんて。しくじった。完全に認知ミスだ。
「そう、その表情、それが見たかったんです。いい表情をしますね」
男は惚けた顔をして、俺の輪郭に手を沿わ
せる。
「抵抗しても無駄ですよ。君の身体は、触手を受け入れてしまったようですから。」
俺が触手持ち?嫌だ、「君の身体は」って、ルイはどうなるんだよ。
ぐったりとしているルイを尻目に、どんどん熱を増してゆく頸。脳が壊れそうだった。電流を流されているような、そんな感覚。
「うーん、お友達の方は…ダメかもしれませんねぇ」
かろうじて生きているルイは、眼を薄らに開けて震えている。男はルイの髪を引っ張って持ち上げ、要らないもの捨てるように部屋の端へと蹴った。
その瞬間、怒りで目の前が赤く染まる。
気づけば、触手が男の眼鏡を貫通し、その目を突き刺していた。
それは自らの頸から伸びる、二本の触手
だった。
TENTACLE 睡森トナ @llonf2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。TENTACLEの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます