兄と会長(KAC20252)
黒墨須藤
あこがれの会長
「全く、全くアイツは……」
「ねえ、おにい。そのブツブツ言いながら作業するのやめて欲しいんだけど」
作業に没頭して、聞こえていないのか、変わらずブツブツと悪態をつきながら作業を続けている。
私のおにい―兄は、いわゆるマッドサイエンティストという奴で、意味不明な論理で意味不明な物体を作ってばかりいる。しかしながら、天才という奴で、その意味不明な物体が、たまに大当たりするものだから、こうして自由な製作を許されているらしい。
「全く……。そんなぶつくさ言いながら、今度は何を作っているのさ」
「あこがれだッ!」
カチャカチャと音を立てながら、こちらに振り向きもせずに、兄が答えた。聞こえてるじゃん。そんなに集中したいなら、せめて座って作ればいいのに。
「あこがれ?」
動かしていた手を止めて、兄が振り返って、手に持った物体―光り輝くアヒルのおもちゃのような、ヒヨコのような何かを、ズイと差し出して見せてきた。
「いやまぶしいし!」
「嫌がらせだッ!」
それだけ言うと、くるりと机に向き直って、また作業に戻ってしまった。
「嫌がらせって……というか何なの、その光るヒヨコみたいなの」
ずっと話しかけられていることに辟易したのか、観念したかのように、兄はこちらへ向き直って話始めた。
「言っただろう、あこがれだと」
「だからそれが分かんないんだって!」
もっとも、兄の発明品には、分かる物の方が少なかった気がするが。
「私から見れば、お前はまさしくコレだぞコレ」
そう言って兄は、光るヒヨコか何かを床に置くと、スイッチのようなものを押した。するとヒヨコは歩き始め、それを見ていた私はそれに吸い寄せられるように、後ろへぴったりついて歩き始めてしまったのだ。
「え、ええっ何コレ!?」
「いいぞ。ちゃんと動作しているようだな」
部屋の中をゆっくりと周回する光るヒヨコを、体が勝手に追って、同じようにゆっくりと周回をする。
「ウソでしょ、体が勝手に動くんだけど」
「いや勝手にではない。ある種のフェロモンのようなもので、誘引されて、自然と体と視線を向けて追ってしまうのだ。光っているのは目立つためというのもあるが、動作していると分かるように……いや、さっきの反応的に、かなり光って見えているらしいな。どうやら見え方まで違うらしい」
「どうでもいいけど止めてくれる!?」
「で、それは何の嫌がらせなの?」
「フン、これはな、お前みたいなのにつけ回されて、偉くなったと思い込んでいるアイツに、お前は光るヒヨコだぞと送り付け、取り巻きをコイツに付けて、その程度なんだぞと分からせてやるためのアイテムだ」
「アイツ……って、会長?」
そう聞くと、フンと鼻を鳴らして、また机に向かってしまった。どうやら合っているらしい。
「会長って、物腰柔らかいし、ハンサムで親切で丁寧で、スポーツも万能で勉強も出来る、根暗コミュ障ヒッキーのおにいとは真逆の存在じゃん。同級生だけど、もはや同じ種族なのか怪しいまであるのに、そんなに僻むようなことある?」
「そんなに良いか、アイツが」
そう言うと、兄は近くにかけてあった布を取り払った。
「えっ、キャッ!」
そこに立っていたのは、一糸まとわぬ会長だった。
どうしてここに会長が、裸で!?
ドキドキしながら、つむっていた目をバレない程度に薄く開いていく。
引き締まった、日焼けの少ないシルクのようなボディが、鮮明になっていくごとに、心臓は鼓動は早くなっていく。
頼りがいはありながらも、ガラスのように手折れそうな胸筋に、薄っすらと浮き出た腹筋。そのさらに下の谷には、樹海がなく、1本の雄々しい塔が反り立っている。
「阿呆、人形だぞ」
「えっ」
目を開けてよく見ると、確かに会長によく似てはいたが、その表情に生気はなく、ただひたすら虚空を見つめていた。
「精巧に作ったは良いんだが、不評だったのでな。可動はある程度出来るし、オイルヒーティングで人肌のぬくもりも再現した。もちろん肌の質感も人間のソレだ。一体何が気に入らなかったのか……欲しければやるぞ」
「えっ、いいの!?」
そう言ったところで、兄の電話が鳴った。
兄は電話番号を見ると、一瞬ためらいを見せて、通話ボタンを押した。
「……何の用だ」
こちらをチラッと見ると、電話をしたまま部屋を出て行ってしまった。
不機嫌そうな声のまま、珍しく言い争いをしているかのような声が聞こえてくる。
部屋の中には、私と、光るヒヨコと、精巧に出来た裸の会長人形とだけが残された。
それにしても……。人形の中で一際異彩を放つ塔に、目が引き寄せられる。モザイクのない、グロテスクな色と形をしたソレは、芸術作品として作られた物とは違って、実用出来るようなサイズをしていた。コレも精巧に出来ているのだろうか。
ゴクリと生唾を飲んで、ソレに手を伸ばした時―
「すまない急用が出来た。泊りがけだ、行ってくる」
兄が戻って来たと思うと、ババっと必要な物をポケットに入れて、どこへとか何をとか聞く間もなく出て行こうとして、
「ああ、人形は持って行ってくれて構わない。充電はスタンドに立てろ。スイッチは口の中だ」
それだけ言って、出て行ってしまった。
ドキッとする間もなく、明日まで二人きりで残されてしまった。
「えっ、えへへぇ……仕方ないなぁ。稼働テストは必要だもんなぁ」
誰へとでもなく、言い訳を言って、自分の部屋に会長を運び入れ、可動テストと防水テストをすることになった。
翌日。眠い目をこすりながら歩いていると、一晩を共にした顔が、棚を机にして、事務処理をしていた。
「おっ、おは、おはようございます!」
「ああ、おはよう。眠そうだけど、大丈夫かい?」
「ひゃい! 大丈夫です!」
昨日の行為を思い出して、嚙みまくる姿にも動じずに、会長は朗らかに返答する。
「そう、辛かったら無理しないようにね」
そう言って事務処理を進めているのだが、立っているのが辛いのか、作業の進みが芳しくなさそうである。
「あ、あの……よろしければ椅子をお持ちしましょうか……?」
「えっ、ああ、大丈夫だよ。……実はね、ちょっと夜更かしをしてしまってね。座ると眠ってしまいそうなんだ。格好悪いから、内緒にしておいてくれるかい?」
そう言って、はにかむように人差し指でしーっと手を当てる様子に、胸を撃ち抜かれながら、何とか一日を終えて帰ってくると、いつの間にか兄も帰って来ていたようで、昨日と同じく立って作業をしている。
「ただいま。何、また立って作業?」
「おかえり。……ちょっとケツが痛むんだ」
そう言ってお尻を擦る様子を見て、ハァとため息をつく。同じ立って作業する様子でも、どうしてこう違うのか。
「会長とは月とスッポンね」
その差に落胆しながら、作業を続ける兄に背を向けて、部屋を後にする。
「なんだ、アイツもやっぱり痛かったのか」
兄と会長(KAC20252) 黒墨須藤 @kurosumisuto
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