目を覚ます。隣を見る。知らない義妹がいる。

しんこすたんじ

目を覚ます。隣を見る。知らない義妹がいる。

目が覚めると、少女が隣ですやすや寝ていた。


俺に気づいたのか、寝ぼけ眼な目をこすりながら、上目遣いで見上げてくる。


それも中学生くらいだ。


誰だろ?


これは―――


ま・ず・い


幼女監禁とかで逮捕されるのか?


いやその前にどうして彼女は服を着ていない?


布団をめくると白の下着がちらっと見えた。


暑くて脱いだ……?


いや、今は冬だ。


そこで考えられる可能性


―――まさかッ!?


「えへへ……おにーちゃん、おーはよっ」


少し顔を紅潮させてはにかんでいる。


あらやだ可愛い。


この子ったら中学生にして男性を魅了する恐ろしい技を早くも会得しているわっ。


ん……?いや待て。


おにーちゃん?


おにーちゃんってなんだ?


あの英語でいう”ぶらざー”ってやつ……?


俺には妹も居なければ、ましてやそんなサービスなんて賜ってないぞ……。


「えーっと、誰……?」

「すぐはすぐなのだ~」


そう言って俺の胸板にすっぽりと体を収めて、ほっぺをすりすりしている。


「…………」


………………………………もう訳がわからなかった。


「今日から私が義妹だって、そうなったじゃ~んっ」


義妹……義妹?


ぎまいって、あぁ、義理の妹って書いて”義妹”って書くやつだよね。


ああうんうん。わかるよ、わかるわかる(全肯定bot)


義妹って、”そうなる”ものなんだー。へー。へー……へ?


…………んで、義妹って何だっけ?


〇〇〇

どうやら母も父もこの義妹のことを、さも当たり前のように受けて入れていたらしかった。


その証拠に父なんて朝っぱらから「すぐはたーん」なんて言って彼女に突進してたし。

まぁ、当の本人は若干引いてたけど。


学校に行こうとすると、義妹がついてきた。


「おにーちゃん、真剣なお話があります」

「ああ、なんだ?」


彼女はそう言って神妙な面持ちを向けてくる。


「おにーちゃんの呼び方について。私的には『おにーさま♡』がいいんだけど……どう、かな?」


瞳を潤わせる。

顔はちょっぴり紅潮。

おまけに上目遣いときた。


「駄目だ」

「じゃあ『私だけのおにーさまlove♡』がいいんだけど……どう、かな」


瞳を潤わせる。

顔はちょっぴり紅潮。

おまけに上目遣いときた(二回目


「……なぁ、義妹よ」

「なぁーに?」

「譲歩って知ってる?」

「歩くのを譲るアレですか?」

「違う…」

「じゃあ、譲りながら歩くアレですよねっ!」

「……………」


「私知ってますっ!」みたいな顔でぬふんっってしてるんだけど。


「まあいいわ。そろそろ学校着くから、離して?」


俺も上目遣いしよっと。


「おにーちゃん、きもーっ。あはは~」


ぐすん…………。


放課後。


義妹の原因を探るために俺は昨日来ていた河川敷に再び足を運んだ。


「たしか……ここら辺で変なものに金を入れたような……」


昨日の放課後。


『お金を入れると願いが叶うでござる』なんて怪しげなメッセージと共に置かれた箱に、俺は100円を投資した。


「冗談半分だったんだけどな……」


【義妹が欲しい】なんて冗談で呟いただけなのに。


俺は為す術もなく、帰路に就くことにした。


〇義妹の独白


ずっと、孤独で苦しくて痛かった。


家にはいつも母親がいた。


母親は私をゴミ同然の目で見てきた。


「お前さえ生まなければッ!!」


そう言って蹴られて踏まれた。


毎日。


〈お前なんか死んでしまえッ!〉


痛かった……。


〈気色悪りーなッ!〉


毎日。


苦しかった……。


毎日。


〈ああわかった。お前を追い出せばいいんだ。お前なんか……お前なんか死んでしまえばいいッ!!!〉


それでも私は。


「さむ、い…………」


気づけば近くの河川敷に来ていた。


人気のないかんさんとしたところだった。


お腹が減った。


体中が痛い。


視界が、ぼやけてくる。


「だれ、か………たす、け…………………」


これが死ぬ瞬間なんだと思った。


―――だった、はずなのに。


『えへへ……おにーちゃん、おーはよっ』


気がつくと知らない人の家にいた。


それでも。


目の前で眠る男性が、私の兄である―――。


そんなの、ありもしないはずなのに。


「おにーちゃん…………」


気づけば、そう呟いていた。


気が付けば、私は。


この人を兄と認識していた。



「えへへ……おにーちゃんの匂いだ………」


とりあえず学校に行く気も起きなかった私はおにーちゃんのベッドで寝ることにした。


「結構、寝ちゃったな……」


時刻は17時。


そろそろおにーちゃんが帰ってくるはずだ。


と思っていた矢先、がちゃりという玄関が開く音がして兄の帰宅を知らせた。


部屋に入るや、私に真剣な顔を向けてくる。


「なぁ義妹。話したいことがある」

「なに?」

「お前のことだ」

「私のこと……?」


嫌な、予感がした。

追い出されるんじゃないかって。


「お前は今日、突然俺の妹になった。その認識であっているんだよな?」

「………少なくとも私はそのつもりだよ」

「そうか………なら、昨日まではどうしてたんだ?」

「それは、………」


母親に虐待されてきたこと。


ずっと耐えてきたこと。


話すべきだろうか。


たとえ言わなくても、おにーちゃんならからっぽな私を受け入れてくれる―――。


そんな甘い考えが一瞬頭をよぎった。


だが―――。


「おにーちゃんに見て欲しいものがあるの」


そうして私は服を脱いだ。

上半身が下着姿になる。


「おまっ!服を脱ぐんじゃ……――――」


蹴られた傷の数々。

青く腫れた皮膚。


おにーちゃんは今どんな顔をしてるのかな……?


気持ち悪がってるのかな?

同情してるのかな?

憐れんでるのかな……


「―――お前、まさか………」


おにーちゃんに背中を向けながら少しずつ言葉を紡ぐ。


「うん。多分、おにーちゃんの考えてる通りだよ―――」


そうして私は一拍おいて。


「―――虐待、ってやつかな」


「ずっと母親に殴られて、蹴られて。『お前なんか生まなければよかった!』って言われ続けて……」

「すぐ……」

「ちょうど昨日、家を追い出されたんだ。それで気づいたらおにーちゃんのベッドにいた」


「都合が良すぎるよね」と、彼女は嘲笑するように付け足した。


―――そして俺はすぐの言葉で全てを理解する。


「私ね、多分誰かに自分のことを必要としてほしかったんだと思う」

「そういう、ことか………」


点と点が一筋の細い線で繋がる。


仮にも義妹を欲した俺。

そして誰かに必要とされたかったすぐ。


俺たちはお互いを求めあっていたという事実。


「都合がいいのはわかってるよ。でも私、ここまで頑張ったんだ」


無言で義妹の頭を撫でる。拒絶はされなかった。


洟をすする音が聞こえてくる。


ため込んできた何かが脆く崩れるような、そんな気がした。


「辛かったッ!!苦しかった!!痛くて冷たくて悲しくて……それでも私、誰かが助けてくれるって思って、…………そう思って、頑張ったんだっ!!」


苦しかった。


痛かった。


つらかった。


俺はそんな思いを感じることは、できない。


でも―――。


「だから、もう泣いてもいいかな…………?」


―――彼女を受け止めるくらいはできる。


だから。


俺は彼女の言葉に無言で頷いて。


「…………ぅ………ぁ………――――」


まるで、堰を切ったように。


「―――ぅあああああああああああああああああああああああああああああッ!ぁ、ぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


今は彼女を受け止めることしかできないけれど、いつか寄り添えることを切実に願う。


本当は泣かせたくなかった。


でも、もっと泣いてほしかった。


矛盾する感情だった。


彼女の苦しむ顔は見たくなかった。


けれど。心が脆い中学生の女の子が背負ってきたものはそれに反して途轍もなく重い。


だからここで全部吐き出してほしかった。


(そうか……!)


―――俺は彼女の背中をさすりながら、あることを思いつく。


時間にして数分。


結局、彼女の嗚咽は、この十数年の苦痛を体現するには短すぎるくらいだった。


そして、すぐが人間の機能として泣くことを止めたとき。


「ごめんなさい………」

「別にいいよ。本当に今までよく頑張った」


ポンポンとすぐの頭を撫でる。


「すぐ。あのさ――――」


深く深呼吸をする。これは俺たちにとても大切で、必要なことだから。


「―――家族になろっ!!」


俺はそう言った。


〇〇〇

「―――家族になろっ!!」

「…………ぁ…」


駄目だ、さっきまで泣いていたというのに、また涙が止まらない。


それなのにどうしてだろう。


すごく胸がポカポカする。


冷たくて苦しかった今まで。


そこでは感じたことがない感情。


「これは、その、ちがくて…………本当にすごく嬉しくって……」


必死に溢れ出そうとしていた涙を止めようとするも、涙は止まるという機能を知らなかった。


そんな私を見て、おにーちゃんは私を無言で抱きしめてくれる。


温かい。


それはまるでおにーちゃんが私のすべてを包容してくれるような温かさで。


優しすぎるよ……


こんなに、こんなに優しくされたら私―――




「今まで苦しかった分の記憶を全部塗り替えて、絶対幸せにする」

「!」




―――好きになっちゃうじゃん。




「おにーちゃん―――」




私はもう、止まるという行為を知らなかった。





「――――だいすきっ!」





そうして私たちは家族になった。


【完】

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目を覚ます。隣を見る。知らない義妹がいる。 しんこすたんじ @akisig343

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