君と僕のアイドル

星野清

『永遠の喜び』

「14時までに受付だよね。いや分かってるって!大丈夫。」

 そう言って僕は君との電話を切った。


 流石に手ぶらで行くのは良くないかと思い、今回は花にしようと思った僕は近所の花屋に入った。

 入ってすぐ右側にあった鮮やかな黄色のひまわりに目が止まった。

「綺麗ですよね、そのひまわり。今年のひまわりはとても綺麗で大ぶりのものが揃ってますよ。」

 店員が笑顔で話しかけてきた。


「いや、色とかは別に…。それより、いい匂いのお花ってありますか。」

「スイートピーとかはどうですか?香りの良いお花ですよ。プレゼント用ですか?」


 僕はそれ以上は聞かないでくれと思いながら頷く。


 店員は言った。

「そしたら花束にしたほうがいいですかね。2000円から花束にすることが可能ですよ。」

「花束は大丈夫です。5本ぐらいで大丈夫なので。スイートピーでお願いしてもいいですか。」

「それは失礼しました。スイートピーを5本ですね!お会計は税込で1100円です。」

「電子マネーで支払えますか。」

「可能ですよ。こちらにかざしてください。」

 僕はポケットからスマホを取り出し機械に当てた。


 ピピピッ


「包装するので少しお待ちくださいね。」

 そう僕に告げると店の裏の方へそそくさと入ってしまった。


 さっきの態度は感じ悪くなかったか、入り口のひまわりを見ながら思った。自分の中で欠点だと思い、直したいとも思っている愛想が悪いところが出てしまった。店員さんは笑顔で対応してくれたがそりゃ大人だ。高校生相手にまで笑顔で振る舞うなんて自分では考えられない。きっと心のなかでは、なんだこいつはとでも思っているだろう。大人の笑顔なんて信用にならない。


 そんなことを考えていると店員が戻ってきた。


「こちらで大丈夫ですかね。」

 そう言いながら包装したスイートピーを見せた。

 なかなかに良い感じの包装だ。


「それで大丈夫です。ありがとうございます。」

 店員から花の入った袋を受け取ると、店員が

「紫のスイートピーの花言葉は『永遠の喜び』なんですよ。渡す方と永遠に喜び、分かち合えるといいですね。」

 とにこにこしながら言った。


 そんな意味があったのか。花言葉なんて考えたこともなかった。


「そうなんですね。お花、ありがとうございます。」

 そう言って僕は店を出た。


 道を歩きながら今日は君と何を話そうか考えた。この頃の学校の話でもするか、それとも今日の花屋の話でもするか。いや、でも今日もまた君だけがアイドルの話でも一方的に話して終わりそうだな。


 そう考えているうちに目的のバス停が見えた。そう思ったら後ろからバスが自分を追い抜かしていく。後ろの電光掲示板を見てハッとする。自分が乗る予定のバスだ。このバスを逃すと次は15分後のバスになる。


 やばい、このままだと14時に間に合わない。

 僕は急いで走った。幸いバスの運転手が猪のように走る僕を見て止まってくれた。何とか走ってバスに飛び乗った。


「わざわざ待ってくれてありがとうございます。」

 自分はICカードをかざしながら運転手に話した。

「急いで必死に走ってくるのが見えたのでね。絶対にこのバスに乗らなきゃいけないのだろうと思ったから、すごい勢いだったよ君。」

 運転手は笑いながら言った。


 僕は自分の走り方とかに笑われてる気がして愛想笑いしかすることができなかった。


 真ん中に移動しようとするがなかなかに人が多い。日曜日ということもあるがおじいちゃん、おばあちゃん世代が圧倒的に多い。まあ、行き先が行き先だから仕方がない。僕は花が潰れないように人と人の隙間に移動させた。


「手に持ってるもの、スイートピーですかね?とてもいい匂いがしたものでね。」

 前に座っているお婆さんが話しかけてきた。

「そうですよ、スイートピーです。いい匂いですよね。」

 僕がそう答えると

「きっといい匂いだから喜んでくれるわよ。」

 お婆さんは笑顔で言った。


『終点 左上総合病院前、左上総合病院前、お降りの方はバスが停止してから…』


 アナウンスが流れバスが停まる。全員一気に出口へ向かって流れて行く。

 時計を見た。13時57分だ。急がないと間に合わない。バスを降り、人をかき分け全速力で走ろうとしたが、花の袋がおじさんの鞄に引っ掛かった。


「すみません。本当にすみません。」

「大丈夫だよ。心配いらないさ。」

 僕が謝ると、おじさんは優しく声をかけてくれた。

「急いでるのですみません。」


 僕は引っ掛かっていた袋の紐の部分を取って急いで走って窓口に駆け込んだ。


「すみません。村山椿の面会を申し込んだ一ノ瀬拓海です。」

「ああ、一ノ瀬さんね。ちょっとそこで待ってて。紙書いてもらうから。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 そう言って僕は椅子に座った。病院に入った時はあの病院特有のツンとした匂いがしていたが、今は自分の周りだけ花が咲いているかのように甘い匂いがする。


「一ノ瀬さん。紙用意できたから書いといて。毎回書かせてごめんだけど、一応ルールで決まっちゃってんのよ。」

「大丈夫です。もう手慣れたものですから。」

 そう言いながらすぐに紙を書き終えた。

「じゃ、これ面会証ね。」

「ありがとうございます。」


 面会証を首からぶら下げて君の部屋へ向かった。


 ガラガラ


「椿、来たよ。ぎりぎりで間に合った」

「だから私言ったじゃんー!どうせゆっくり来るんだから間に合わなくなるよって」

「いや、間に合ったからいいだろ!それより、今日は花買ってきたよ。いつもお菓子だから今回は花にしてみた。」

 そう言いながら僕は君の手にスイートピーを持たせた。君は鼻にスイートピーを近づけながら

「拓海、これいい匂いだね。名前何て言うの?」

 と言った。

「これはね、スイートピーっていう花だよ。」

「え!聞いたことあるよスイートピー!私の予想だとこの花の色はピンクだね。絶対合ってる、合ってる自信しかない。」

「紫でしたー。流石に無難なとこいきすぎだって。」

「いやだって私見えないから仕方ないでしょ!」


 椿は中3から急激に視力が低下して今は病院で手術を繰り返している。なんとか視力が0になるのは抑えられているが、今は見えてないも同然の視力で、いつ0になってもおかしくはない。


「まぁたしかに、それはごめん…。」

「いや、真面目に受け取らなくていいから!」

 君は笑いなら言った。

「紫のスイートピーの花言葉ってな、『永遠の喜び』なんだって。いいよな、そういうの。」

「『永遠の喜び』ね。いいねその花言葉!センスいいんじゃん拓海!やっぱり小さい時から私が女心を教えてたかいがあったね。」

「いや、あれはただ、おままごと一緒にさせてたとかそれぐらいだろ。」

「いや、あれも女心分かるための訓練だから!私にとっての『永遠の喜び』はやっぱり‘Love me’に出会えたことだなあ。」

「この頃来てなかったから分かんなかったけどまた‘Love me’のポスター増えてるだろ。もうほぼ壁一面‘Love me’じゃんか。」

「私にとって‘Love me’を推すことが生きがいなんだから!こんな可愛い人他にはいないよ!歌の歌詞もいいし、曲調も可愛いし。」


 所詮アイドルの笑顔だろ。あんな笑顔なんて偽物だ。君は偽物の笑顔が見えてないからそう言えるんだ。


「拓海、いつかさ、‘Love me’のライブ連れてってよ!私耳ならまだまだ現役だからライブ行きたい!ねえ、お願いー!」

「いや、親が何ていうか分からないぞ。男と2人でなんて。」

 俺の心臓がもたないぞ、ばか。


 ガラガラ


 椿のお母さんが入ってきた。なんていうタイミングの悪さ。

「あれ、拓海くんスイートピー買ってきてくれたんですか、ありがとうね。おかげで椿の部屋だけいい匂いだわ。」

「お母さんも来たことだし俺帰るね。じゃあね椿。また来るわ。」

「え、早いって拓海。まだ30分も経ってないよ。」

「椿の笑顔見に来ただけだから。じゃあね。」

「出口までお見送りしますよ。せっかく来てくれたのでね。」

 椿のお母さんが笑顔で言った。


 あ、やばいなこれ。なんかあるぞ。僕は不穏な空気を察した。


 病院の外まで出てきたが特に込み入った話しもしなかった。このまま何も話はないのか。そう思った矢先に僕の目をみて椿のお母さんが話してきた。


「拓海くん、毎月お見舞い来てくれるのは嬉しいんだけどね、お花はやめて欲しいのよ。椿は目が見えないからこそ、見て楽しむものでもあるお花を目の当たりにすると、忘れようと頑張ってた目が見えないことによる悲しみがわき出ちゃうのよ。拓海くんの前だと笑顔な椿だけどねえ、本当は泣いてるのよ椿だって。拓海くんの見えないところで。」

「すみません。俺はずっと今までと同じように接してきただけだったんですけど…。」

「それもそれで椿を苦しめてるのよ。」

「すみません…。」

「それでも椿を笑顔にさせようとして花を買ってきてくれたのよね。」

「自分が花の名前であるからこそ花の匂いが好きだという話をしてたので…。」

「そうなのね。あの子甘い匂いが好きだものね。この流れで話すのも申し訳ないんだけど、もし椿を本当に笑顔にさせたいなら‘Love me’のライブ、椿と行ってあげて欲しいの。」

「いいんですか。僕が一緒で。お母さんと行きたいとかになってないんですか。」

 お母さんは一瞬悲しそうな顔になった。

「だってさっき、拓海くんと行きたいって言ってたじゃない。親としても止められないわよ。」


 いや、聞いてたんかい。もうあの病室会話が筒抜けじゃないか。


「でももう退院できるんですか。」

 純粋な疑問だ。椿のお母さんはなんとも言えない笑みを浮かべた。

「もうあの子がね、治療しなくていいって。もう回復が見込めないだろうからこれ以上抗っても無駄だって言うのよ。」

「いや、でももう視力が0になったら上げることは不可能なんじゃ…。」

「それも全部説得させたんだけどね。あの子なりに考えているらしくて意志が固いのよ。」


 前に椿は少しでも可能性にかけたいという話をしていた。それなのになんで…。


「今までは自分の目の回復を生きる理由にして頑張ってきたけど、あの子の生きがいが見つかったのよねきっと。だからライブ一緒に行ってあげて欲しいのよ。」

「僕でいいなら行きますけど…。」

「ありがとう、拓海くん。その言葉が聞きたかったの。チケットは私が取っておくから。また連絡するわね。本当にありがとう。」

 そう言って椿のお母さんは去っていった。


 2ヶ月後、君から電話がかかってきてライブに当選したと電話がかかってきた。君はとても嬉しそうで、そんなに嬉しそうに話す君はいつぶりだろうと思った。


 そこで一応‘Love me’の予習をした。アイドルは正直、偽物の笑顔に嘘を並べた作り物だとしか思えない。でも、君のためなら何だってしようと思える。とりあえず、一番再生回数の多い曲を聴く。『君の隣で』だ。


 私は君の隣にずっといる これからもずっといる

 だから何かあったら支えて欲しい

 私もあなたを支えるから


 なかなかに良い歌詞だ。君が良い歌詞と言ったのも分かる。

 再来週のライブまでに‘Love me’についてたくさん知ろうと思った。

 全ては君のためだ。僕はずっと君のために生きてきた。

 言うなれば君こそが僕の生きがいだ。だから好きではないアイドルのライブにも同行する。

 君が笑顔なら僕はそれでいい。


 ついにライブ当日になった。僕は君を迎えに行って一緒に電車に乗った。ずっと楽しみだの寝れなかっただの言ってまだ開演の2時間前だっていうのに、今から興奮してるようだった。


 会場の中に入って席に着いた。今回は着席ブロックでの参戦だ。君は始まるまでの流れている音楽ですら興奮していた。

「ねえ、どうしよう拓海!!ついに私‘Love me’に会えるよ、夢じゃないよね??」

「夢じゃないよ、椿。ついに来たよ‘Love me’のライブ。」

「もう嬉しすぎて死んじゃうかも!!今流れてるのも『耳を貸して』だよね!!あ、ごめん。拓海知らないよね。」

「いや、俺知ってるよ『耳を貸して』。去年発売された二ノ宮くるみがセンターの曲だろ。」

「え!ねえ!なんで知ってるの!!」

「このライブのために勉強してきたからな。予習済みだぞ、全部。」

「すごいね拓海!私嬉しい!」

 君は満面の笑顔を見せた。


 ジャジャージャーン


 Overtureが流れ始めアリーナやスタンドが立ち始めた。

「やばいくるよ拓海!!」

 Overtureからオタクのコールが凄まじい。動画で見てきたのと迫力が違う。これがライブの良さか。


「みなさん元気でしたかー!私たち、‘Love me’に会いたかったですかー!全員叫べーー!!」

 二ノ宮くるみの煽りで会場が沸き上がった。


 君の方を見た。君はものすごい笑顔なのに泣いている。

「椿、涙。拭いてこれで。」

 僕は椿にハンカチを渡した。

「なに拓海。いい男じゃん。」

 君は僕のほうを見て今までに見たことのない満面の笑顔を見せた。

 あぁ、これが僕の見たかった君の本当の笑顔だ。作り物でもなんでもない。純粋な笑顔だ。

 君を見て思わず僕も笑ってしまった。君は見えていなくても体全てを使って‘Love me’を感じている。


 君は前、アイドルは人を笑顔にさせる人たちだと言った。


 今の僕なら言える。君にとってのアイドルは‘Love me’だ。間違いない。

 でも僕にとってのアイドルは君だ。

 そう気づいてもう一度君を見た。

 君は嬉しそうに笑いながら僕を見て

「楽しいね!アイドルはやっぱりいいね!」

 と言った。

 僕のアイドルのアイドルも、もしかしたら純粋な笑顔を見せていたのかもしれない。きっと僕が間違っていたのだ。人を信用していなさすぎていた。


 君の純粋な笑顔はひまわりのようだった。

 この瞬間、僕は『永遠の喜び』を手に入れた気がした。

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