【KAC2025】あこがれの人【KAC20252】

御影イズミ

憧憬

 ――その人は、凄いから。

 ――その人は、強いから。

 ――その人は、偉いから。


 人は、他者を色々な理由であこがれてしまう。

 事件を解決したり、優秀な成績を残したりと現実的な事柄から、理想を語る、夢を語るといった少し空想的な事柄まで幅広い理由が存在している。

 人間ならばふとした瞬間には誰かにあこがれて、追いかけていくのだが……。


「他者に憧れるなんて概念、私には持ち合わせてませんよ」

「流石、兄さんならそう言うと思いました」


 ここに他人へのあこがれを持ち合わせていない男がいた。

 その男の名は金宮燦斗。もう1つの名はエーリッヒ・アーベントロート。

 異世界エルグランデにおいて長命となる力《無尽蔵の生命アンフィニ》を持ち合わせており、長い年月をかけて憧れられて死人を見てきた男。

 コピーチルドレンと呼ばれる、己と同じ長命の力を移植する研究の第一人者。誰もが憧れの的として見ており、今まさに隣で燦斗に向けて声をかけた男――エーミール・アーベントロートもまた彼へのあこがれを持っていた。


 燦斗曰く、憧れることは夢を見て、理想を追いかけることでもあると言った。

 表面に浮き出ている光景だけを見ることで目標を作りだし、出来もしないことに無理矢理手を伸ばして自分の人生を狭める事。

 憧れの先にあるのは自分に利点のあることばかりではなく、時にはやりたくないことさえやらなければならない。苦難の多いものである、と。


「でも、そういうところが人間の利点だと私は思いますよ」


 けれどエーミールは憧れを持つことは悪いことじゃなくて、利点だと言った。

 確かに憧れの先にあるのは険しい道のりで、乗り越えられないことも多く無駄になることが多い。しかしそうして他者に追いつこうと走った道で手に入れた経験は、その後の人生において何処かで役立つことが多い。

 ほんの僅かに学んだ事柄でも、実際生きていくうえで不必要だと感じることでも、ふとした瞬間にその経験が役に立って自分を救うことさえあると。


「だから私は兄さんを憧れ、追いかけ続けます! 結果がどうであれ、私の人生に役立つことかもしれませんから!」

「それを保証することは私には出来ないぞ。役立つかどうかは、お前次第だからな」

「もちろん! ですからね!」


 えっへん、と胸を張ったエーミール。

 誰に憧れを持とうが、憧れの先が苦難であろうが、それを決めるのは自分自身なのだときっぱり言い切った。


 憧れは、誰かに決められて憧れるものではない。

 自分が、自分で、決めていくものだ。

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