第14話 何もできない主人公と、ヒロイン無双
表示されたのは見慣れない番号。だが、カナタの番号を知るものなど世界に数人しかいないはずだ。恐れることなく電話を取る「もしもし」――
「アナタ、カナタよね? 私よ、ナージャ」
「な、ナージャかい。AIが電話なんて掛けられるんだね」
「今どきインターネットから電話を掛けられるなんて常識でしょう」
「で、なんでお前がインターネット電話の勧誘なんかしてるんだよ」
「するわけないでしょ! アゲハが、アゲハが大変なのよ」
「なんだよ、アイツ。俺に黙って一人で動いてたのか!」
「ものすごい数の敵が沸いてできて、そのまま連絡が取れなくなったのよ。お願、アゲハを助けてよ」
「頼まれなくてもやってやるよ。お前は大丈夫なのか?」
「私は端末が破壊されただけだから無傷。セキュリティを開けてくれたら、君のスマホに情報を送るよ、うん、OK」
地図アプリを利用して写される目標地点まではわずか数十メートル。
「千種はお人好しだから、これから俺のいう話にも賛同してくれるんじゃないかと思う。だけど、絶対に後悔する日が来る」
「あら、わたくしをお人好しだなんて、先輩は人を見る目がありませんね」
「わりぃな。俺はお前が了解したからってだけで納得できないし、既成事実が積み上がってから、何を言ってもなぁと思っちまうんだ」
「先輩、潔癖症は辛いですよ。人の間で生きていくには。私は所詮は剣士ですから、清廉潔白には生きていません」
さぁ、いきましょうと言うように、歩みを進めるトウカ。カナタは半歩遅れてそれを追う。
◇
土にの上に倒れているのはアゲハに間違いなかった。変身は解けていないが全身が泥まみれで、気を失ったいるようで動く様子がない。
トウカは再び精神を集中し、周囲に気を飛ばす。そこで感じ取ったものは、生まれてから一度だって触れたことのない存在、そのおぞましさに思わず、ぎょっと声を漏らしてまう。
「な、何なんですか、これ。1匹、2匹じゃありません。100匹くらいいますよ」
トウカは木刀を抜いて正面に構える。その体は小刻みに震え、表情は酷く混乱しているようだった。
「アゲハを助けるには、千種にもアゲハと同じ力を身につけてもらう必要がある」
「ちから?」
「ああ、あのアゲハみたいになってもらう必要がある」
「泥団子?」
「いや、そうじゃなくて。ほら、ちょっと変わった服装をしているだろ」
「ああ、あのコスプレですか。わたくしは何をすればいいんですか」
「分かんない。俺には選定の力があるはずなんだ。君を聖乙女に選ぶから、どうにかして変身して欲しい」
すべきことは分かっていても、その方法が分からない。二人は互いに顔を覗き込む。
「うん。何となくわかった」
トウカは木刀を高く掲げ、瞼を閉じた。
次の瞬間、彼女の体をつむじ風が包み込む。
まばゆい光の球体がトウカの体を包み、波紋のように広がっていく。
制服が輝く粒子へと分解され世界に溶けていく。残念ながらその様子はカナタには見えることはできない。次に現れたのは漆黒の鎧――華やかさと実戦性を兼ね備えた騎士装束だった。腰回りは極端なミニスカートで太ももが露わになっているのは、アゲハと同じ。ただトウカの個性を反映してか和の武者鎧を連想する意匠が施されている。
そしてトウカの手には、ただの木刀だったはずのソレが、神聖なる力を帯びた刀へと姿を変えていた。鍔には十字の意匠、刃には魔力を宿す光の筋が走る。
トウカの美しい髪が風に揺れる。
「はい、こんな感じでしょうか」
トウカは拳を握り締めては、手を開き、全身の関節を曲げ伸ばししつつ、体をひねる。全身にみなぎる力を確かめているようだった。
「先輩たちはこんな秘密を隠していたんですね」
トウカはアゲハの姿をしっかりと見据えると、一直線に駆けだした。
それとほぼ同時、黒い影が次々と水中から、木の上から、ありとあらゆる影の中から躍り出た。数えるのも馬鹿らしくなる圧倒的物量。
しかし、トウカは淀みなく刀を振るう。一文字斬り。放たれた斬撃は風を巻き、空気を斬る波紋と化して中の駆ける魔物たちをまとめて切り裂く。
斜めに飛びかかる獣を、袈裟に。
地を這って足元に喰らいつこうとする者を、踏み込んで真っ二つに。
木陰から跳ね上がる者には、振り返りざまの逆袈裟。
全てが無駄のない、研ぎ澄まされた一閃だった。
トウカは一切の躊躇なく、まるで舞うように魔物を屠る。
勢いに任せるわけでもなく、敵の数に飲まれることなく、一体一体の間合いを見極めて、一歩一歩距離を詰めていく。
地を這う者、空から襲う者、水面下を潜む者。三方から迫る包囲網すら、彼女の前には無意味だった。
「影十字!」
斬撃が空間に二つの十字を刻む、高速の四連撃。残った
格闘技の素人のアゲハと、実戦剣術をたしなむトウカの違いは目に見えて明らかだった。
「落日!」
最後の一閃。魔力を極限まで高めた一撃が、大気ごと敵を振り裂いた。
まるで雷鳴のような轟音と共に、残ったすべての怪物たちが黒い奔流に呑まれ、沈黙する。
「大丈夫です。アゲハさんは、
とうとうアゲハの元に辿り着く。気がつけば、百々池は静まり返っていた。黒い霧は消え、夜風がそっと髪を撫でる。
「ありがとう、千種。俺に戦闘能力がなくてすまんな」
カナタはアゲハに駆け寄りそっと抱き上げる。
「アゲハさんも先輩を巻き込みたくなかったんですね」
「巻き込んだのは俺の方なんだけどな」
「ちょっと、ちょっとぉ。落ち着いてる場合じゃないわよ。まだ、こいつらのボス《吸血鬼》がこの近くにいるのよぉ」
「《吸血鬼》? あいつは倒したんじゃないのか。スワンプマンはどこにいったんだよ」
「スワンプマンって何の話よ!? いや、それってあの《吸血鬼》のことじゃないの。アイツの正体も、だいたい分かってきたわ」
「このまま、そいつもヤってしまいましょう」
「無理はしないでくれよ」
「
「いや、全然。それは大丈夫」
カナタの知る限りであれば。トウカ一人の力でも《吸血鬼》を倒すことは容易い。敵を追い詰めている状況を無駄にしてもいいのかと思う一方で、やはり動けなくなったアゲハが心配だ。それに彼女の回復を待てば、戦力は2倍になる。今、功を焦る必要があるのか?
「ナージャ、教えてくれ。どうすればいい」
「決めるのはアンタたち人間だよ。私はアドバイスするだけだからね! アゲハはどうしても始業式までに決着を付けたかったみたい。だから、アゲハの気持ちを汲んで欲しいってのは私の望み。それに、《吸血鬼》は、人間の
「じゃあ、答えは一つか」
「誘導したみたいなら、ごめんね」
「わたくしも、ここで敵を討つべきだと思います。今までに死人は出ていないようですが、もしもの時は寝ざめも悪いでしょう。先輩の考える小説の主人公は、リスクを負ってでも、犠牲を最小限にする男でしょう」
「それを呪いにはしたくないけどね。よし、やろう」
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