第7話 主人公、教師にも一目を置かれがち

 職員室はワンフロアに70余りの机が並ぶ巨大な空間で壮観さ覚える。

 生徒たちにとってはできる限り近寄りたくはない場所であり、カナタにとってもほとんど未知の場所だった。

 カナタを呼び出した天喰先生の席がどのあたりにあるかさえも知らない。座席表を調べて、天喰星良あまばみせいらの名前を見つける。

 自分みたいなのがうろついていると目立つかと思ったが、教師たちは机に向かって目の前の仕事に専念するだけでカナタの方を振り向くことさえない。彼にとって近寄りがたい場所であっても毎日何十人という生徒がここを訪れるのだ。自意識過剰をいいところだった。

 何かの理由で空席であればいいと思ったが、天喰先生はしっかり席にいた。センターパートのワンレングスの黒髪。かなりの美人だが愛嬌に欠けるクール・ビューティといったところだ。2年生の体育を担当、普段は動きやすいジャージ服を着ているのだが、この時期は実技がないのでスーツ姿だ。まだ1年のカナタが直接授業を受けたことは一度もない。しかし、切っては切れない因縁がある人物でもあった。


「随分と久しぶりだね、吾佐倉彼方」


 カナタの存在に気付くとむこうから声をかけてきた。


「元気にしているのか、吾佐倉彼方」


「ええ、まぁ。普通です」


 天喰先生が美人だからというわけでもないが、マジマジと顔を見つめられると自然と目を逸らしてしまう。


「なんだ、その態度は。もう少し言いようというものがあるんじゃないかな」


「ご心配を掛けるようなことは何もありませんよ」


「そうか。まぁ、それならいいんだがな」


 カナタが天喰を苦手にしていることは見て明らかだった。元々人見知りをするタイプの彼だが、天喰に関してはそれ以上に委縮している。


「波瑠果は元気にしてますか」


「ああ。心身ともに健康そのものだよ。今年の夏は世界大会にも出場予定の大事な時期だ。お前と引き離していることには理解してもらいたい」


「ええ。それはもちろんですよ。俺の方からもお願いしたいくらいです。俺がいると波瑠果はダメになりますから。」


「それだけか」


「ええ」


カナタの警戒心が解ける様子もない。


「気になるのは妹の事だけということか」


「いや、まぁあとは俺が気にするような話でもないかなと」


「唯一、愛すべき肉親は妹だけ。それ以外の事には興味がないと、そういうことか」


「そんなことは言ってない! いや、言ってないですよ、天喰先生。それよりも用事があるんでしょう。早く本題に入ってくださいよ」


 カナタは思わず激昂する。天喰が何か言葉を引き出したいことは分かったが、カナタには興味のないことだった。職員室でやりあたところで自分には不利になるばかりだ。一刻でも早く要件を済ませてここを立ち去りたい。


「そうだな。波瑠果の件が終わったら、一度よく話をしなければいけないようだな、吾佐倉彼方。さて、本来は私の管轄ではないのだが、お前に会いたかったからな、私が代理で動くことになった。ストリートダンス部の件だ」


 天喰も深追いをする様子はなかった。

 ストリートダンス部は、カナタがアゲハの『好きなだけ踊りたい』という願望を叶えるために半ば強引に作った部活である。


「顧問の圧点母衣先生が3月いっぱいで退職されることになった。そこでだ、新しい顧問を見つけないといけない。設立3年未満の部活動については、生徒側で担任を見つけることになっているから、始業式までに段取りをつけること。あと3年生が卒業することで、部員数が3人以下になるので、あと2人、新1年生の入部のない場合は廃部になるからそのことも留意するように」


「姫野がいるから2人じゃないんですか?」


「ああ、あと2人だ。兼部の部員については存続要件でカウントされないから、気を付けること。こちらの期限は4月末までだからな」


 部活動設立に必要な部員は、帰宅部の3年生二人を買収して名義を借りていた。こちらは同じ方法で何とでもなるだろうか。


「なんだ、まだ用があるのか?」


 その言葉とは裏腹に、カナタを引き留めたいのは天喰のように見える。


「いえ、失礼します」


 カナタは逃げるように職員室から立ち去った


                 ◇


「ふう。面倒なことになったけど、ここは俺が頑張らないといけないか」


 職員室を出て、ほっと一息をつくカナタ。そこに聞きなれた声がする。


「カナ君。大丈夫だった?」


「おう、真白。なんでここにいるんだ」


「呼び出しがあったから気になったんだよ。天喰先生だから、少し心配」


 マシロは学年でも人気の高い女子。こういう目立つ場所で話しかけられるのはあまり嬉しくない。


「おう、部活関係の連絡だ。大したことじゃねーよ」


 放課後は弓道部。さぁ、今日も頑張って行ってこいとマシロを見送る。

 ほっと一息をつくカナタ。そこに聞きなれた声がする。


「カナタ、何の用事だったんだ?」


「おう、揚羽。なんでここにいるんだ」


「呼び出しがあっただろう。部活関係じゃないかと思って気になったんだ」


 メガネ・ヴァージョンのアゲハ。いつもの自信に満ちた態度を隠し、どこかオドオドした雰囲気を醸し出している。クラスが違うカナタとアゲハに共通項もなく、部活外では顔を合わせることもなく、二人の関係は誰も知らない。こういう目立つ場所で話しかけられるのはあまり嬉しくない。


「顧問と部員定数の話だった。まぁ、俺の方でどうにかするから、お前は心配するな」


 放課後は電算部。さぁ、今日もお仲間と楽しんで来いとアゲハを見送る。

 ほっと一息をつくカナタ。そこに聞きなれた声がする。


「ねぇ、カナ君」

「なぁ、カナタ」


「隣にいるの姫野揚羽さんじゃないかな?」

「そちらは幼馴染の文宮真白さんじゃないの?」


「私に紹介してよ」

「アタシに紹介してくれる?」


ふーん。なんか考えうる最悪のパターンて奴かな!?


               ◇


 廊下で修羅場というわけにもいかないので食堂へと場所を移す。いや、同じ学校に通う幼馴染と友人を互いに紹介するだけだから、そういう物騒な話でもないんだけどね。


「こちらは、文宮真白あやみやましろさん。俺のご近所さんで、いわゆる幼馴染てやつ」


「1年生で文宮さんを知らない人間なんていないよ。文武両道の優等生、成績は常にトップクラスで弓道部のエース。男子の憧れの的」


おっぱいが大きいことには触れないようだ。


「大袈裟ですよ。」


「で、こちらは姫野揚羽ひめのあげはさん。俺と同じストリートダンス部の部員だ」


「天才女子校生プログラマー姫野揚羽ひめのあげはを知らない人間て籠目学園の生徒にはいないよ。電算部唯一の女子部員だとは聞いていたけど、まさかダンスも得意だとは思わなかったわ」


「ダンスは純粋な趣味です。他人に見せれるようなものではないですよ」


「はい、そういうわけで紹介は終わり。部活動に遅れてしまいますよ」


「カナ君。私は毎日、毎日遅刻せず真面目に部活動に勤しんでいるの。つまり、それは今日みたいな大事な時に遅れても問題ないように信頼を築いているということです。ちなみにすでに部長には連絡しています」


「カナタ。真白さんは口に出さなかったけど、アタシには『電算部の姫』という二つ名があるのは知ってるでしょう。お姫様をしているつもりはないけど、こういう時はわがままを通させてもらうだけよ」


「え、大事な事て何だろうかな。俺たちの出会いを祝して親睦会を開こうってこと」


「『気が合う奴が一人』。まさか女子生徒だなんて思わなかったなぁ」


男だとか女だとかそういう時代ではないと思います…‥


「カナタってさ、文宮さんのことをいつもただの幼馴染ていうけど、そういうふうには見えないんだけどなぁ」


どういうふうに見えるんですかねぇ


「毎朝、起こしてあげてるのに、それでただの幼馴染ですか」


それ以上の幼馴染って何なんだろうね。スーパー幼馴染?


「それって寝室に自由に出入りしているって意味に聞こえるんだけど」


早く鍵を返してください


「私が朝練に行ってる間、毎朝部室で姫野さんと楽しいことしてたって訳なんだね」


健全な部活動ですよ


「文宮さんって人がありながら、今日は体を密着しちゃってゴメンだよ。アタシも配慮が足りなかたね」


いや、絶対悪意で言ってるじゃん、それ


「体が……密着と?」


両足で頭を締め上げられただけですよってこれは言っちゃあダメな奴


「カナタのことだから、ラッキースケベとかいって文宮の胸に顔うずめたりしてたりなぁ」


 まるで見てたかのように語るのずるくないか?メタ発言じゃねーか


 マシロもアゲハもまだまだ語り足りないようだ。

 やっぱり今日は帰って寝よう。そう思うカナタであった。









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