☆あこがれ☆【KAC2025】

来冬 邦子

あこがれの君

 わたしには、あこがれのきみがいる。

 話しかけたりなんて恥ずかしくて出来ない。遠くから見ているだけでいいの。

 だって、わたしは髪はちびまる子だし、奥二重でブスだし、足遅いし、クラスで一番温和おとなしい子とか言われるし。誰からも好きになって貰えない、かわいそうな女の子なんだもの。

 わたしのこんな片思いは「ごっこ遊び」のようなものだけど、ほんとうに心の底から好きだし、あこがれの君がいるから学校が楽しかった。


 わたしのあこがれの君はクラス委員長の石破君。五分刈りで身体が大きくて算数が得意で鉄オタ。顔は恐いけど愛想は良い。いつも汚れた上履きを履いている。男子ってなんで上履き、あんなに汚いんだろう。男同士でボールをぶつけ合って遊んでるのをよく見る。


 「桐生きりゅう! よろしくな!」


 ランドセルと体操服を引きずって、わたしの隣の席に坐ったのは石破いしばしげる君だった。ショック!!


 どうしよう。二学期の最初の席替えで石破君が隣に来ちゃった!

 息が止まりそう。誰か、助けてー。


「あー、良かった。今回は温和おとなしい桐生の隣で」


 石破君はずっと友だちだったみたいに気楽に話しかけてくる。


「一学期がメスザルの隣でさ、ひどい目にあった。え、メスザルって? わかんねえ? 高市だよ、高市貞子」


「石破君、声が大きいよ」


「え、なんで? 聞こえたか、メスザル。子分連れて靖国参拝しとけ、メスザル」


「やめなよお、にらんでるよお」


「平気、平気」 笑ってるけど、わたしは高市さんを敵に回したくないよお。


「桐生はさ、国語出来るよな。助けてくれよな?」


「え、あ、うん」


「どうしたんだ? 顔赤いぞ。保健室行くか?」


「え、そ、そう? 大丈夫だよ、ちょっと暑くて」


「ああ、暑いよな。まだセミ鳴いてるもんな」


 やっと一時間目のチャイムがなった。




 担任の野田義彦先生が教室に入ってきた。


「よーし。予算委員会じゃなくて、社会、始めるぞー」


 石破君はランドセルから社会の教科書を出すと、こっちを見た。


「なあ、桐生」 石破君がヒソヒソささやいてくる。


「ん?」


「野田先生ってさ、顔でかいよな。それで、おばさん顔だよな。まつげ長くて」


 野田先生がこっちを見た。ほんとだー。おばさん顔だー。


「桐生、何がおかしいんだ?」


「はい、ごめんなさい」


「いや、だから、どんな理由で笑ってるのか答えなさい」


「はい。でも……」 どうしよう。言えないよお。


「はい!」 石破君が手を上げた。


「なんだ、石破」


「桐生さんは俺のジョークで笑っているんです。そして俺をかばって真実を言わないのです!」


「とんでもねえな。石破、お前、なんて言ったんだ?」


 やーめーてー。


「野田先生はイケメンだなあって」


 クラスのみんながゲラゲラ笑った


「嘘つけぇ」 野田先生が嬉しそう。お願い、これ以上なにも言わないで。


「そうです。ジョークです」


「なんだと、こいつめ!」 野田先生はほがらかに笑った。


「それでは、今日はピクトグラムについて勉強します。さて、ピクトグラムって何だったかな。分かる人!」


 何本も手があがり、背中に【トリの降臨】とプリントされたシャツを着た小泉君が指名された。


「ピクトグラムとは、情報や注意を示すために表示される案内記号のことです」


「その通り。完璧な答えだな、小泉」


「いま、Siriシリ に聞きました」


「こら、授業中にスマホを触らない!」


「はーい」


「では、スマホやタブレットに訊かないで、どんな種類があるか調べてみよう! 今から10分! 始め!」


 社会の資料集で調べていると、石破君がわたしの肩をつんつんとつついた。


「ん?」


「ピクトグラムがどこで出来たか知ってる?」


「知らない。アメリカとか?」


「実はこれが日本なんざんす」


「へえ、本当? 詳しいね」


「へっへっへ。では次の問題。いつから使われるようになったでしょうか?」


「いつから? そんなの全然わかんないよ」


「東京オリンピックからざんす!」


「そうだったんだ。よく知ってるのね」


「へっへっへ。ざーんす」


「ざんすはやめて!」


 わたしが我慢できなくて吹き出すと、みんながこっちを見た。


「桐生、なに笑ってんの?」


 前の席の佳那かなちゃんが振り向いた。


「ごめん。石破君のジョークが可笑しくて」


「桐生って、そんなに笑う人だったんだね。意外」


 石破君はドヤ顔で頬笑んでいる。石破君て、こんなにジョークとか言う人だったんだ。 硬派のオタク男子という第一印象とはだいぶ違ったけれど、それで冷めるとかは無くて、もっと石破君が好きになった。



 

 小4の二学期はたちまち過ぎて、石破君とわたしは普通におしゃべりできるくらい仲良くなったし、石破君の仲間の男子とも、同級生のみんなとも普通に話せるようになってきた。そんな或る日。


「桐生さん、ちょっといい?」


 高市さんがやって来て、左手を腰にあて、わたしの机に右手をついた。


「うん。なに?」


「ちょっと話があるの。廊下に出てくれる?」


 すごく恐かったけど、心当たりは何も無いのでついて行った。


 廊下の端まで行くと高市さんがぶわっと向き直った。ひいいー。


「桐生ってさ、石破のこと好きなの?」


「ええー?」


 そうです、なんて絶対言えない。誰か助けてー。


「べ、別に好きなんかじゃないよ」


「最近、いっつもベタベタしてるじゃん」


「そんなことしてないけど」


「してる!」


 高市さんの眉毛が逆立っている。妖怪?


「言っとくけど。あたしは石破が好きなの。だからあんたが目障りなの!」


 げげー、殺される! 邪魔者だから殺される! 助けてー。


「石破が好きじゃないなら、二度と石破としゃべらないで!」


 ええー。声より先に涙が出ちゃった。ぽろぽろ止まらなくなっちゃった。


「高市! 何してる!」


「石破君?」


 いつの間にか、石破君がわたしの隣に鼻息荒く立っていた。


「桐生に何をしたんだ!」


「何もしてないけど?」


「泣いてるじゃないか! 苛めたんだろう? このメスザル!」


「ひどーい!」


 高市さんは泣きながら走っていってしまった。


「大丈夫か? なんて言われたんだ?」


「ええと、あの、目障りだって」


「あいつの方が百倍目障りじゃねえか。気にすんなよ。桐生が可愛いから妬んでるんだよ」


「……!」 (今、可愛いって言った?)


「良い機会だから告るけれども。俺、桐生が好きだ」


「……!」 (好きだ?)心臓がポーンと跳ねた。


「んっと、迷惑?」


 わたしは顔を横にブンブン振った。


「あ、わたしも……」 ダメだ。言葉が出てこない。涙ばっかり盛大に出てくる。


「え、俺のこと好き?」 頭のどこかが爆発した。


 今度は顔を縦にガクガク振った。


「やったあ!」


 石破君が拳を高く突き上げた。

 わたしは取り敢えずトイレに逃げた。


       了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

☆あこがれ☆【KAC2025】 来冬 邦子 @pippiteepa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説