第45話 山之内かおりの有給休暇

 4月30日。定年退職まで約1か月。

山之内かおりは中学1年生の孫と一緒に旧奥川村に来ていた。

「ばあちゃんもこの事件に興味あったんだね。」

「あるわけないでしょ。凪君が奥川村に来たいって言うから来ただけよ。」

「なんだそうなの。担当から外されたけど、自分で捜査したいのかと思ったよ。」

「テレビドラマじゃあるまいし。」

「残りの1カ月もちゃんと刑事として働きたいとか思わないの?」

「ばあちゃんは刑事じゃなくてお巡りさんよ。それと、後に続く人達のために、

有給休暇をキチンと消化するのは市民の義務だしね。」

「観光客はいっぱい来てるけど、刑事さんはいなそうだね。」

「凪君、ばあちゃん今、けっこう良いこと言ったのに。あ、でも交通整理のお巡りさんはいっぱいいるじゃないの。」

「そういうんじゃなくてさ。」


 今、旧奥川村は一部のネット民の間で、その真偽が問われる現代の伝説になっていたのだが、それとは別に、かおりの孫が通う中学の生徒達の間では、

旧奥川村は、ゴールデンウイーク中に行っておきたい場所№2となっていた。

それでは№1はどこかというと、それはもちろんドライブイン・リバーサイドだった。


 先週、かおりの勤務する交番にあの中学生2人が来た時は、かおりも大変な事件が起きたのかと思った。だが、愛と献身の家から直接警察に〈事故〉として届が出され、怪我をした本人からも調書が取れたことで、事件性はないと警察内で判断されたのだった。

 だが、あの中学生2人。あの子達は確かに、手足を拘束され口にガムテープが貼られた若い男を見ていたのだ。中学生がそれを黙っていられるわけがなかった。


かおりは2日前の夕食時を思い出していた。

「ばあちゃん、愛と献身の家っていう宗教団体知ってる?」

「名前くらいは知ってるわよ。」

「そこの信者が飛び降りた廃墟って、あそこのお化け屋敷なんだって。」

「へえ。」

落ち着いた返事が出来たとは思うが、内心は心臓がはねあがった。

「見たってやつが、あの人死んじゃったかと思って、交番に届けたんだって。

ばあちゃん、何か聞いてる?」

「へえ、ばあちゃんは何も聞いてないけど?」

「なんだ。交番で話を聞いてくれた人が、婦人警官でおばちゃんだったって言ってたから、もしかしてばあちゃんかと思ったんだけどなあ。」

「その子達お友達?」

「同じクラスなんだ。」

「同じクラスなの!?」

「やっぱり調書取ったのばあちゃんなんだろ。誰にも言わないから安心してよ。」

「違います。」


孫の凪君は一応引き下がってくれはしたものの、恐らく初めからそれが狙いだったらしい要求を、かおりに受け入れさせた。

ゴールデンウイークに奥川村に連れて行ってくれたら、中間テストの勉強をがんばる。

そんなわけで今、山之内かおりと孫の凪人は旧奥川村に来ているのだった。


「ばあちゃん、今日の配信は駅の近くの神社からだったらしいよ。だけど俺の本命は山の中の一軒家だな。神社は今すごい混雑だろうし、山に行って奥川家を探してみようよ。」

「そうね、でも、おにぎりとかお茶とか買ってからね。」

山へと向かう道は、駅と市役所の間を通る旧街道のみだ。

駅付近で神社と市のイベントを見るか、山に向かうか、のどちらかしかなさそうだ。

せっかく来たのだから、バスで行けるところまで山を上ってみることにした。


 バスを降りて、凪君の気が済むように歩いていると、所々に監視カメラがついているのが目についた。

なんとなく映らないように歩いていたが、警察官としての、いや、凪君の祖母としての感が、山之内かおりに『今すぐ帰れ。』と告げていた。

「凪君、もう帰・・・」

言い終わる前に

「ばあちゃん、見て!私有地だって。家があるよ。きっとあれが奥川家だ!!」

かおりはその、私有地と書かれた紙を見て、

「凪君、奥川家でもそうでなくても、あれは入らないで頂戴っていうことだと思うけど。」

「うん。そうだろうけど、なんか人が集まっていくよ。」

「もう帰るよ。」

「どうせバスの時間まで帰れないじゃん。」

そうだった。

「バスの時間までね。でも私有地には入っちゃ悪いんだからね。」

「わかってるよ。」

向こうからは見えない位置にレジャーシートを敷いて、お昼を食べることにした。

それが間違いだった。


車が庭に入って来た。

そして、家の中から若い男が2人出てきて車に乗り込んだ。

それ自体は何でもないが、その2人の様子がおかしかった。

2人ともボロボロで、1人がもう1人に抱えられて車に乗り込んだのだ。

車が庭から出ていくと、集まっていた人達もいなくなった。

「凪君、帰ろう。」

「うん。」

駅の近くでバスから降りると凪君が言った。

「ばあちゃん、あれを放っておくわけじゃないよね?」

「うん。ごめんね凪君。もう中学生だから1人で帰れるよね。」

「うん。ばあちゃん、定年前の最後の捜査だね。」

「捜査なんてしないよ。休暇中だもん。でも、あれを地元警察に報告するのは

市民の義務だから。」

「けが人を抱えてた方の人、ドライブイン・リバーサイドから飛び降りた人のお兄さんだったね。」

気が付いちゃったか。

「凪君、確定していないことは誰にも話しちゃだめだよ。」

「わかってる。捜査の邪魔になるもんね。」

「うん。」

「でも地元警察には俺も一緒に連れて行ってよ。黙ってて欲しいんでしょ?」

「はあ?」

可愛かった凪君が、自分のことを俺とか言っている。

それもひっくるめて全部、あの宗教団体のせいだ。

「見たこと全部、正確に話さないとダメでしょ?ばあちゃんより俺の方が目もいいし。ていうか動画撮ったし。これを地元警察に提出しなくっちゃ。市民の義務でしょ?」

「わかってるとは思うけど、その動画はネットに出したり友達に見せたりしちゃだめなんだからね。」

「わかってるわかってる。」

仕方ない、連れていくか。

見たことを話すだけだ。

1人にしておくよりは安心だ。


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