第42話 奥川の家系
家系図によると、奥川家は代々娘が跡を取り、長男は〔供の家〕と呼ばれる分家に養子に出されている。それだけでも珍しいが、家系図の女子には丸が付けられている者とそうでない者がいた。
家系図の下の方の丸付きの女子は、大地の父親が言っていた名前と一致する。
ということは、丸が付いているのは全員失踪者か。多いな。
「この丸って何ですか?」
大地は緊張しすぎて、無邪気を装うコナン君のような話し方になってしまった。
「神隠しの印よ。」
ゆりは無表情で答えた。
「美人の家系だもの、みんな駆け落ちしててもおかしくないわよね。」
「いくら何でもおかしいでしょう。こんなにたくさん。雪絵はちょっと黙ってなさい。」
ゆりさん、美人の家系の否定はしないのか。
「神隠しよりはあり得そうじゃない?」
「わざわざ家系図にそんなの残さないわよ。」
「じゃあ、やっぱり女は早死にする家系だってことを隠してるのね。」
「違うわよ。神隠しだって言ってるでしょう。」
「そうかしら。」
ダメだ、話がそれる。大地がどうしようかと思った時、それまで黙っていた藤井が口を挟んだ。
「娘が跡取りで、長女という決まりはなさそうですね。奥川家はやはり宗教関係の家だったんですか?跡取り娘は桂子さんのように、特別な力を持っているとか?」
ゆりは藤井の方を見て、ちょっと考えてから口を開いた。
「宗教というほどのものではないけど。」
「けど?」
「奥川家や奥川村に何かあると、家の裏山にあるお社で神事が行われて、奥川家の当主が〔願掛け女〕として儀式を執り行っていたのよ。」
大地は思った。
この声、あの拉致グループにいたおばあさんの声だ。
ゆりさんは向こう側なのか。
でも待て、たしか八谷さんは、
『あの親子の立ち位置は微妙かもしれないな。』
って言ってたか。
「その神事中に神隠しにあうってことですか?」
藤井は目をきらきらさせて聞いている。ゆりさんの声に気づいてないのか。
「私には願掛けの力がないから、その場にいたことはないのよ。だからはっきりは分からないの。」
「神事は願掛け女さんが1人でやるんですか?」
「いいえ、供の家の男衆が一緒よ。願掛け女から生まれて、分家したり養子にだされた男子が付いていくの。」
「へええ。」
藤井は満面の笑みで大地を見た。
それは今回の場合、俺ってことか。藤井さんは神事の動画を撮るつもりだな。
これりゃあ、ゆりさんの声にも気づいてて、でも動画を最優先にするためにあえて気づかないふりをしてるんだな。
神隠しよりも藤井さんのが怖いじゃないか。
「桂子ちゃんはどこにいるの?」
うおーやっぱり聞いて来た。ゆりさんも怖い。
「俺たちにも居場所を教えないんですよ。向こうから連絡してくるのを待つだけなんです。」
「どうしてかしら。」
すげー怖い。
「あの、ゆりさんと雪絵さんは、桂子さんの動画は見ましたか?」
「見たわ。」
「えーお母さん見たの?私見てない。優君のは見たんだけど。」
「教団には、呼吸困難の発作を起こす信者が大勢現れたんですが、あれが願掛け女の力ってことですか。」
藤井さん、面倒になって雪絵さんを話は無視する気だな。
「桂子ちゃんにはないと思ってたわ。中年になってから出ることもあるのねえ。」
ゆりはおっとりした口調で言った。
「じゃあ、雪絵さんにもこれから出るかもしれないですよね?」
「母親に出ないと、娘にも出ないわ。」
今度の口調はすばやく、くっきりはっきりしていた。
「一応確認したいんですけど、ゆりさんにも無いんですね。」
「そう。だから雪絵にもなくて、そして娘にしか出ないから、桂子ちゃんで本当に最後ね。」
「桂子ちゃんにそんなことが出来るの?なんで私知らなかったの?」
「だって、私が違う時点で、もううちには関係ないって思って。」
「教えてくれたっていいじゃない。なんか仲間外れみたい。」
「聞いてもしょうがないでしょ?」
長くなりそうだなあ。どうしたらいいだろ。
「お社に行かなくても、呪う方は出来たんだし、俺と大君とで呪いを解く方の儀式をやって、配信してみますよ。桂子さんがそれ見てどこかでやってくれることになってますから。」
藤井さん、またもや雪絵さんをしれっと無視して話を進めて。
大地はそおっと雪絵の顔を覗き見た。
全然平気そうだ。大勢で話す時ってこんなんでいいんだな。会社員時代に知りたかったな。
「まあ、やってみるといいわね。でも桂子ちゃんはいずれお社に来ることになるとは思うわよ。」
「本人来る気ゼロですよ。」
「ううん。桂子ちゃんもわかってるわ。」
ゆりさんやっぱり怖い。
嬉しそうな藤井さんも怖い。
なんにも気が付いてなさそうな雪絵さんまで怖い。(気がする。)
「そうだ、神事の時の供の家の人の役割って何ですか。」
「何かしらねえ。」
ゆりの表情からは、知らないのか、言うつもりがないのか読み取れなかった。
「まあ、やってみようね大君。」
藤井さん、何故俺の肩を掴む?
俺は何するのかわかんないまま神事に参加させられるのか!
「市長が供の家の人なんですよね?市長に何するのか聞けばいいですよね。」
「トク姉さんの時は山上からは人を出さなかったから。」
「山上?」
「市長の名前よ。」
「最後は美山から2人付いて行ったんだったわ。」
「美山さんというのも供の家なんんですね。」
「そうよ。」
へえ、山上と深山ね。この前俺たちを拉致ったのはそいつらだな。
「両家とも今は奥川地区に住んでないけどね。」
雪絵がさらっと言った。
「え、でも市長は奥川に住んでますよね?市長なんだから。」
「それがね、市長本人だけなのよ。選挙が終わったら家族は東京に行っちゃって。」
「えー。」
「美山さんはどこにいるんですか?」
藤井さん、冷静だな。あんなに人の良さそうな市長の家族が、選挙のための仮面家族だって話なのに。
「美山は数年前に引っ越して埼玉辺りにいるって噂よ。」
「噂なんすか。」
「うちとは大して近い親戚じゃないもの。」
「あ、俺とはどういう関係の親戚なのか教えてもらえますか?」
大地は急に気になった。
「大君ナイス質問!」
藤井さんのために聞くわけじゃないぞ。
「市長のお母さんとうちのお母さんは従姉妹同士だから、私と桂子ちゃんは市長のはとこ。」
「へえ。」
「山上の、えーと市長ね。市長のお祖母ちゃんは奥川家から美山家に嫁いだ人で、その娘、市長のお母さんは美山家から山上家に嫁いで、市長を産んだ後に奥川家に戻されて、願掛け女を務めて神隠しにあってる。美山家の跡取り娘も、婿取りして子供を産んでから奥川家に戻されて神隠し。」
「そうなの?」
「雪絵さんも知らなかったんですか。」
「初耳よ。」
他にもいろいろ話してくれているのだが、親戚関係が複雑すぎるのと、疲れとビールのせいで、すぐに眠くなり、全く頭に入ってこなくなってしまった。
俺は明日から頑張ろう。
「大君、ここで寝ちゃだめ。布団敷いてあるから、向こうに行って。」
「はあい。」
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