第36話 八谷が録ってきた音声

「おかえり~。」 

大地と藤井がホテルに戻ると、部屋には八谷がいた。

「あーはい戻りました。」

「八谷さんもお疲れ様です。」

投げやりな口調で言いながら、藤井はベッドに突っ伏して、大地は冷蔵庫を開けて

中を物色し始めた。

「なんだよ。俺の顔見て、もっと喜べよ。」

「喜んでますよ。」

「大変お世話になりました。」

まあ、いるんだろう。と思っていたので、八谷の顔を見ても大した感動もなく、

疲れて眠りたかった2人は、正直八谷に帰って欲しかった。


「しょうがねえな。疲れて眠りたいところ悪いんだけど。まあ、声だけ録れたから聞いてくれよ。」


  【八谷の録音】

バタン。ドアが閉まるような音と椅子を引くようなズズッという音。

「あいつらちゃんと言うこと聞くかな。」

「どれくらい知ってるかも分からないしな。」

「桂子はいつからアレを使えたんだ?やっぱり子供の頃から少しはあったんか。」

「なんのお印もなかったんだのに。」

1人はおばあさんの声だった。

「雪絵は?雪絵にもやっぱり?」

「母親になければ、娘にもないもんだ。」

「桂子の母親はトクだ。トクにはあったんだから。」

「桂子の子供らは知らないみたいだったな。」

「だなあ。知らないからインチキ宗教に入ったんだな。」

「知ってれば本物と偽物の違いが判ったんだろうにな。」

ピンポーンピンポーンピンポーン

「ごめんくださいませー。」

「天のお告げでやってまいりましたー。」


ここで信者たちに取り囲まれたようだった。


「録音はここまでだ。」

大地は冷蔵庫の前にしゃがんだまま。

藤井はベッドから半身を起こして固まっていた。


「お前ら目が覚めたみたいだな。食いながら話すか。」

八谷は小さな録音機器をしまい、代わりに食べ物を山ほど取り出した。

「うおおお。」

「ありがとうございまーす。」

「俺の顔見た時もそういう顔で喜べよ。」

「はーい。」

「今後は気をつけまーす。」


『食いながら。』とは言ったが、八谷は3分ほど待ってくれた。

3分後には、大地も藤井もある程度胃袋に食べ物を詰め込めていた。


「桂子さんには、遺伝するような何か超能力っぽい力があるらしいね。

大ちゃんは本当に聞いてないの?」

「聞いてないですね。」

「そうだよな。優君も知らなかったし。」

「母自身も知らなかったと思いますけどね。」

「いや、桂子さんは知ってたっぽい。」

と藤井が言ったので驚いた。

「なんでそう思う?」

八谷が聞くと、

「だって『こっちからも動画配信しましょうよ。』って桂子さんを説得してた時、

あの人『そんなのは最終手段だ。』って言ってたんですけど、穀物とか刃物とかちゃんと持ってたし。途中で買ったりしてなかったですよ。」

「最終手段を準備して来てたってことか。」

大地はここでもう考えるのを放棄して食べることにした。


「桂子さんの力について知っているのが、少なくとも桂子さん自身とあの3人。」

「雪絵さんはどうでしょうね。」

「桂子さんについては知らなくても、奥川家にはそういう子供が生まれるってことくらいは知ってるかもな。」


「あの力は母親から娘に遺伝する。ただし全員ではない。母親に無ければ娘にも無い。」

「そして、力を持っている娘は若い時に神隠しにあう。」

八谷と藤井は2人で話を進めていった。

「あいつらは何者なんでしょうね。」

「親類の誰かなんだろうから、その雪絵さんって人にも音声を聞いてもらうか。」

「雪絵さんはどっち側なんすかね。」

「そうか、ゆりと雪絵母子の立ち位置は微妙かもしれないな。」

「まあ、仮に向こう側だったとしても、大君の味方もしたいでしょうから。」

「藤井、お前って根っから悪いやつなんだな。お願いあの母子は巻き込まないであげて。」

藤井はそれには何も突っ込まず、

「明日が約束の土曜日だから、雪絵さんと一緒に奥川家に行って何か古い書付の1つも見つけてきますよ。それですぐやれそうなら儀式もやってみます。」

「頼んだ。でも無理はしないでくれ。あと、念のためにライブ配信はしない方がいいぞ。」

「あいつらまた来るでしょうしね。」

「さっきの信者さん達に残ってもらってるから。何かあったらまた助けてもらおう。

明日からは観光客も来るだろうから、それに混ざっててもらうか。」

「それ嬉しい。な、大君。」

「え?あ、うん。」

「観光客が邪魔になるかもしれないから、私有地って立札でも立てるか。」

「そうですね。」


「じゃ、ちょっと確認な。雪絵母子への話の通し方は。」

「桂子の子供は俺を入れて3兄弟。」

「子供たちは桂子の力を。」

「信じていない。」

「桂子自身、自分にそんな力があるとは信じていないけれども、優君が無事だったので、教団の集団ヒステリーを解いてあげたいと思っている。って感じでいいか。」

「はい。」

「大ちゃんも、ちゃんと聞いてた?」

「もちろんです。」

だいたいは聞いてたさ。

「家の中になんの文書もなくても、それっぽいことを配信したいって雪絵さんに言えばいいんですよね。」

ほら、俺はちゃんと聞いていた。と大地は思ったが、もっとちゃんと聞いていたらしい藤井が付け加えた。

「もし桂子さんの力が本物で、あれが呪いによるものだった場合、その儀式が本物だって桂子さんが信じれば解けるし、力が偽物で、ただの集団ヒステリーだった場合でも、偽の儀式を信者たちが本物と信じれば解ける。って細かく説明しますか。」

「そうだな。子供たちは桂子の力について半信半疑って伝わった方がいいからな。藤井、お前って意外に仕事出来そうだな。」

「ありがとうございます。じゃあ、明日は朝から楽しく奥川家で文献探しをして

あってもなくても儀式をやってみます。」


「決まりだ。今日はもうゆっくり休んでくれ。明日は動画を撮るだけ。

藤井、編集は関口と一緒にやってくれ。一応、教団主催ってことにしたいから。」

「向こうでは俺と関口は無関係ってことになってますからね。」

「はいはい。」

「あ、大君。長男の俺は雪絵さんになんて名乗ったんだっけか。」

「奥川ケイだったかな。」

「そうだった。大君覚えててえらい。」

「明日は簡単に済むといいなあ。」

「ほんとそれ。」


「じゃあ、俺はまだ今日中にやる仕事が残ってるからもう行くわ。大ちゃんは

お父さんが心配してるから電話しといて。」

八谷はそう言って部屋を出て行った。














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