あの日のあこがれさん。放送室までお越しください。

飯田太朗

あの日のあこがれさん。

 時宗院じしゅういん高校の目玉といえばめちゃくちゃに綺麗な校舎だろう。何でも平成初期に大規模な建て直しがあったとかで、公立高校にしてはデザイン性優れるちょっとおしゃれな建物になっている。「大波の中、灯台目掛けて進む船」を模してデザインされたらしい。そういうわけもあってか、校舎の窓は船に似せたデザインの丸窓で掃除しにくくて仕方ないが、それでもまぁ、見た目という点では最高だ。グラウンドの隅にある、灯台をイメージしたどでかい塔はランドマークとして機能しているし、体育館の「波をイメージした」丸い屋根は何だかかわいらしいし、コンセプトって意味ではしっかりしてるよな。

 何より、このおしゃれな校舎で青春を過ごしたくて県内各地からかわいい女の子が集まるところがいい。制服も「標準服」というものがあって(男子は学ランに黒いズボン、女子はプリーツスカート)それさえ守れば自由なので、リボンの子もいればネクタイの子もいる。シャツの色だって自由だし、むろん靴下だって。とにかくまぁ、個性豊かな女の子たちがいる。公立高校だけど進学実績はそれなりにいいので、いいところのお嬢様だっている。

 そういうわけで俺は知性と美貌を兼ね備えた女の子たちが咲き乱れるこのお花畑に、毎日ルンルンで通っている。それはもう幸せである。人生の春。この世の楽園。毎朝学校に行くのが楽しみで仕方ない。今日はどんなことがあるだろうか。今日はどんな人と知り合えるだろうか。そんなことを考えるとワクワクが止まらない。

「相変わらずパッパラパーな顔してんな」

 そんなわけで、七月。曇り空の下。登校している俺の横からひょっこり女の子が姿を現した。同じ中学出身の伊藤いとう詩生しおだ。

「しゅーへー。お前あの子の背中見てただろ?」

 あの子。俺の少し前を歩いているおさげの女の子だ。白のシャツに黒のプリーツスカート。綺麗に使われたスクールバッグを持ってスタスタと歩いている。ピンクやブルー、果ては黄色いシャツなんかを着ている子も多いこの時宗院高校において、きっちり標準服を着ている子は珍しい。きっと真面目ちゃんなんだろうな。今俺の隣でラベンダー色のシャツを着てヘラヘラしている詩生とは対照的だ。そう思っていると、詩生の奴が揶揄ってきた。

「先崎秀平って言えばもう『ナンパ男』で有名だぞ? ああいう真面目そうな子はガード固く出るって」

「なーんの!」

 俺はニカッと笑う。

「そういう子と仲良くなってこそ! 見てろよ。今俺様のナンパテクを……」

「まぁ待てしゅーへー」

 男子みたいなショートヘアーの詩生とおしゃべりしていると、何だか悪友と悪事の計画を立ててるみたいだが……気のせいかな。こいつ最近発育良くなったような。膨らんだ胸に女を感じて、俺は何だか眩しい気分になった。目をパチパチさせると、詩生の奴がニヤッと笑って訊いてきた。

「あたしが朝の忙しい時間を使ってまでお前みたいな頭の中真っピンクな奴を捕まえた理由は他にある」

 頭の中に真っピンク。言い得て妙だな。そんな納得をしていると詩生が続けた。

「お前『時宗院の怪談』って知ってる?」



 時宗院の怪談。

 高校には珍しいだろうか? うちの高校にはいわゆる学校にまつわる都市伝説のようなものがあった。

 それが「七月八日の午後四時四十分から四十二分の間は放送設備を使うことができない」ってやつだった。真偽のほどは確かじゃないが(ってか年一しか確認する方法がないのだが)、どうも本当にこの二分間は放送ができなくなるらしい。

「何てったって放送部の部内ノートに書いてあるくらいなんだから。マジもんのマジよ」

 詩生の奴が自慢げにふんぞり返る。

 一年五組の教室。俺の所属するクラスだ。詩生の奴はお隣の六組なのだが、うちのクラスの女子と六組の女子とはどういうわけかめちゃくちゃ仲が良く、「ごーろく女子会」なんていう「五組六組連合の女子会」が開かれるくらいだ。そんなわけで詩生の来訪もそれほどイレギュラーじゃないというか、まぁ「ウェルカム六組女子♡」みたいな感じだった。

「ほえー」

 俺は購買で買ったパンを齧りながら応じる。

「ほんでそれがどうしたって?」

「どうしたもこうしたもねーだろうよ」

 詩生の奴が今度はどんっと体を前のめりにしてくる。

「こういうの、気になるじゃん?」

「いや別に」

 俺が素直に応じると、詩生はがっかりしたような顔をした。

「んだよ、しゅーへーノリが悪いなぁ。じゃあこれならどうだ?」

 詩生がニヤッと笑う。

「英語の加賀美ちゃんが真相を知りたがってるって言ったら?」

「やる」

 俺は食い気味に答える。詩生がニヘヘ、と笑った。

「そう来なくっちゃ」

 英語の加賀美ちゃん。

 三年前に新卒で赴任してきたとかいう、若手の女性英語教師だ。

 たまんねぇんだよなぁ……あの長い黒髪の下に垣間見えるちょっと幸が薄そうな顔。どこか悲しげで、でもそれが却って儚い雰囲気を醸していて……。

「おい。おい」

 俺がぼやっと加賀美ちゃんの幻影に浸っていたからだろうか。詩生の奴が俺の目の前で手を振った。

「あー?」

 俺が間の抜けた返事をすると詩生は、「お前今日何日か分かってる?」と訊いてきた。俺はスマホを見て答える。

「七月八日……」

 詩生がニヤッとする。

「噂の日だよな」

「すげーなぁおい。運命? サプライズ?」

 俺が「おおー」と反応していると、詩生はぽん、と俺の机を叩いて立った。

「じゃあ放課後放送室で待ち合せな」とその場を去る。帰り際、俺のクラスの女子と挨拶していくことも忘れない。

 詩生が帰った後。

「ねぇね。しゅーへー詩生のことどう思ってんの?」

 同じクラスの女子数名に囲まれてそう、尋問される。俺としてはこんな両手に花どころか四面総花しめんそかみたいな環境願ったり叶ったりなのだが、誤解はないようにしておかないといけない。

「うーん。詩生は同じ中学出身ってだけだなー」

「えー」

 みんな一斉につまらなそうな顔をする。しかし俺はしっかりと答える。

「俺じゃあいつ幸せにできねーしな」

「なにそれー」

 俺はにゃはは、と笑う。

「それよりさー、美沙みさちゃんそのシュシュかわいくねー?」



 放課後の放送室。

 放送室は職員室の目の前にある。職員室ってあれだな。何か基本、悪いことした時とか特別な時とかしか行かねーから、近寄るとソワソワするよな。そんなことを思って放送室近くの壁にもたれかかり、スマホをスイスイしていたら職員室のドアが開いた。中から、なんと、加賀美先生が姿を現した。鞄を持っていかにもこれから帰りますという感じの……。

「かがっちゃぁーん!」

 俺は笑顔で駆け寄る。

「どうしたの先生、帰りー?」

「『かがっちゃん』はやめなさいって言ったでしょ」

 加賀美先生は長い黒髪をかき上げながら困り顔をする。うん。その顔もまたいい。

 そんなかがっちゃんが、少し顔色を悪くして告げる。

「早退き。帰る前に書道部に顔を出すところ」

「書道部?」

 と、考えて思い当たる。

「ああ、旧校舎で活動してる……」

 そういやあそこにも美人が多い。何つーかこう、凛とした美しさっつーのがあるんだよな。それもまた弓道部や茶道部とは違う感じの。おしとやかさ? を兼ね備えたみたいな。

「それよりかがっちゃん顔色悪いぜ。大丈夫?」

 すると先生は困ったような顔をして「大丈夫だよ。心配ありがとう」と微笑み返してくれた。

 と、スマホを鞄から取り出しチラッと見るかがっちゃん。待ち受けはディズニーのシンデレラ城。ほえー、意外とプリンセス思考。

「じゃあね」

 その場を去るかがっちゃん。俺はその背中を見送りながら思う。

 やっぱ綺麗だなー。オトナの女って感じ! 



「いやぁ、すまんすまん」

 詩生の奴が来たのはかがっちゃんが去ってから少しした頃。俺は「おせーぞぉ」とぐう垂れるとふらふらあいつの元へ行った。

「ほんで? 放送室で何しよってんだよ」

 まぁ、大体は察しがついてるもんだが……俺はスマホの時計を見る。

「実地検証だ」

 詩生がニヤリとする。それからチャラリと鍵を取り出した。多分だが、いや間違いなく……。

「放送室の鍵だ」

「だよな」

「五分後に噂の時間」

「だな」

「早速やるぞ」

 つーわけで。

 俺たちは放送室に入った。



 放送室の中は、当たり前だがものすごい静かだった。様々な放送機器。すげーなぁオイ。何が何だか分かんなくならねぇのかなぁ?

「ボタンがたくさん」

 俺がつぶやくと詩生が返してくる。

「まるで乙女心」

「お前そんな意味分かんないこと言う奴だっけ?」

「たまにはいいじゃん」

 それから詩生は放送室のさらに奥、防音室に入ると、マイクの前の椅子を示した。お前が座れ、ということだろう。

 勧められるままに椅子に座る。それから、スマホの時計を見た。

「噂の時間まで、あと二分……」

「放送の準備するから待ってろ」

 詩生が機材室の方に引っ込む。防音室と機材室の間にあるガラスの窓越しに詩生の真面目な顔が見えた。俺はマイクの前で「あーあー」と喉の調子を確認する。

 果たして、四時四十分。

 俺は詩生の合図と共に俺はマイクのスイッチを入れる。

「聞こえるかぁ! 凡人どもぉ!」

 しかし、そう叫んだ声は。

 虚しくも、防音室に響いただけだった。



「マジで放送機器使えなかったな」

 放送室から出て。

 詩生が感想を述べてくる。

「こういうの電波ジャックつーんかね?」

 俺が訊ねると詩生は「かもな?」と返してきた。俺は頭を掻いた。

「まぁ、原因はいくつか考えられるが……」

 そうつぶやいた俺に詩生が目を輝かせる。

「マジ? もう分かった?」

「アタリはつくよなぁ」

 それから俺は目の前の職員室を示した。

「まぁ、とりあえず近場から当たろうや」

 俺はドアをノックした。

「放送機器をチェックさせろ?」

 俺が目指した机にいたのは我らが担任片岡かたおか先生。彼は机から静かに立ち上がると「ついておいで」と歩き始めた。

「学校の放送設備といやぁ、二つ」

 俺が道すがら考えたことをつぶやく。

「放送室、それの職員室にある呼び出し用の放送機器」

「なるほど」

 詩生が頷く。

「放送室の設備が使えなかったってことは、職員室の放送機器が校内の放送権を押さえていたに違いない。無線みたいなもんだよな。ボタン押している間はその人が発言権を持つ、みたいな。一カ所が放送している間は他の場所は放送権を持たないんだ」

 しかし、果たして片岡先生について行った職員室用放送室の前で。

「鍵がかかってるぞ」

 ガチャ、と先生がドアを引く。俺は頷いた。

「ッスねー?」

「……しばらく誰も鍵を開けてない」

 放送室のドアノブにはファイルがぶら下げられていた。それを見ると、どうもいつ誰がどれくらいの時間放送室を使ったのか分かるようになっているらしい。

 片岡先生がそのファイルを示す。最後に使われたのは昨日の午後五時半だった。

 あれー? といった感じ。

 だが。

「気は済んだか」

「おかげさまで!」

 俺はにっこり笑う。

「おいおい」と、詩生が困り顔を見せてきた。

「職員室でもなかったじゃねーか」

「まぁな」

 すると片岡先生が訊いてきた。

「お前ら放送がどうこうって何のこと話してるんだ?」

 すると詩生がかくかくしかじかと状況を説明した。片岡先生が笑う。

「そんなこと調べて回ってんのか。青春だねぇ」

「何が青春なんですか」

 そう笑う詩生に向かって先生が告げる。

「電波ジャックだろ? 職員室でも伝説になってる事件があるよ」

「伝説になってる事件?」

 俺が首を傾げると、片岡先生はうーん、と思い出すような顔をしてから告げた。

「十年前くらいか? 放課後の放送室をジャックして、自作のラブソング歌った奴がいたな」

 い、痛え。

 俺は思わず笑ってしまう。でもまぁ、そういうの好きな奴は好きかもなぁ? 

「一説によりゃあ、その日転校する女の子に最後に届けようとした、なんて話聞くな」

「ええー、ロマンチック」

 と、詩生が手を合わせる。何だよお前そういう趣味? 



「よっし。旧校舎行くか!」

 俺が伸びをしながらそうつぶやくと、詩生が訊いてきた。

「旧校舎? どして?」

 俺は答えた。

「かがっちゃんがいる」

「加賀美先生?」

「そ」

「何で先生?」

「知りたがってるんだろ」

 詩生が頷く。

「じゃあ、会いに行かなきゃよ」

「んー?」

 詩生は分かったような分からないような顔をしたが、そういうわけで俺たちは旧校舎を目指した。

 旧校舎は体育館の陰に隠れるような形で存在する。体育館が波を模しているのなら、旧校舎はその中に潜む暗礁といったところだろうか。とにかくそこだけ不恰好にニョキっと校舎の頭が覗いている。

 さて、さっきも言ったが旧校舎は主に書道部の活動領域である。

 他にも競技カルタ部が使っていたりするが、まぁメインは書道部と言えるだろう。俺と詩生は書道部の部室の前に立つとノックをした。少ししてから、「はぁい」と返事があった。

「もしもーし」

 俺はドアの前で声を張る。

「かがっちゃんいるー?」

 するとドアが開いて女の子が出てきた。

 うわおー、短めの髪を二つ結びにした可愛らしいタイプのガールじゃねぇかー! こういうのもいいね。

「加賀美先生?」

 俺はキラリとイケメンフェイスを作ると頷いた。

「ええ、先生を探していまして」

 すると女の子は返してきた。

「さっき出てったけど……会わなかった?」

「会いませんでしたね……ここまで一本道のはずなのですが」

 紳士的に。キメ顔を忘れず。

「迷子にでもなってるのかな」

 俺がそうつぶやくとカワワガールは「うーん、それはないんじゃないかな」と返してきた。

「加賀美先生、高校時代この学校で過ごしたことあるみたいよ。『昔と変わらないねー』なんてつぶやいてたことあったから」

「ほえー」

 と、詩生がつぶやく。

「でもおかしくね? 卒業高校に教育実習で行くことはあるだろうけど、赴任するかなぁ?」

「まぁ、そのへん大人の事情は分からねぇけどさ」

 俺は爽やかなイケメンフェイスで片手を上げるとカワワガールに告げた。

「ありがとう! 行先見えた気がする!」



 さて、そういうわけで、旧校舎の放送室。

「なるほどなー」

 詩生が頷く。

「うちの高校放送室が二つあることになるのかー」

「新校舎と旧校舎、それぞれに一つずつあるからな」

「電波ジャックの犯人はこの旧校舎の放送室にいるに違いないと」

「そうなんだがな。この放送室から学校中の放送権を奪えば電波ジャックも成立すると思ったんだが……」

 と、俺たちは旧校舎放送室のドアを見る。

「開きそうにないな」

 そう、いろいろなところにガタが来ている旧校舎。窓枠のサッシが錆びていたり、さっきの書道部室だってドアがギイギイ言ったりしていたものだったが、この放送室の場合……。

「まさかドア枠が歪んでいるとは思わなかったな」

 そう、ドア枠が歪んでいて、戸の開け閉めができなかったのである。スライド式の引き戸は歪んだ枠の中、うんともすんとも言わなくなってしまっていた。

「誰も入れないな」

 詩生がつぶやく。

「電波ジャックしようにも、この放送室には誰も入れない」

「だな」

 それでもどこかに穴はないか、俺は引き戸を見てみる。

 戸は一枚の板が左右に動くタイプのものらしかった。戸二枚分のスペースに戸板は一枚だけ。もう一枚のスペースは壁になっており、どうもそこに戸板が収納される設計になっているらしい。ドア枠の上部を見る。それからドア枠の下部を見る。戸板を動かすレールが二本。内一本には開かなくなった戸板が乗っている。

「ははーん、なるほどね」

 俺は引き戸に近づいた。

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