勇者の弟子【KAC2025】

空草 うつを

あこがれ

「オレをあんたの弟子にしてくれ」


 少年は、黙々と剣を振るう男に頭を下げた。しかし男は少年のことを見向きもせずに冷たくあしらった。


「俺は弟子をとるつもりはない」

「諦めない。オレはあんたみたいな勇者になりたいんだ」


 少年の言葉に、ふん、と鼻を鳴らした。


「何故そんなものになりたい」

「オレはあんたに救われたんだ。魔物に襲われた町であんたの戦う姿に憧れて——」

「帰れ。お前は勇者になる器じゃない」


 男は剣を振るうことをやめ、さっさと小屋へと入ってしまった。ここは多くの魔物を退けた勇者と称えられた男がひそかに住む家。人も立ち寄らぬ山の中にひっそりと暮らしている。


 その後も少年は諦めなかった。


「オレをあんたの弟子に——」

「帰れといったはずだ」


 男は隻眼だ。眼帯に隠れた目でも威圧感を感じる。だが少年は懲りずに居座り続けた。腹がへったら野苺や魚をとって食べた。


 ある日男は山を下りた。少年ももちろんついて行った。男が向かった町には、サソリのような形の魔物が巣食っていた。

 男はサソリに向かって持っていた剣を一振りすると、サソリの足のひとつがばさりと落ちた。

 ギェェェェェェ、というサソリの悲鳴が轟いた。

 その声で少年の脳内に呼び覚まされたのは、故郷の町が襲われた記憶。逃げ惑う人々の悲鳴、魔物に爪で切り裂かれ痛みに悶える声、家族の亡骸を前に泣き崩れる絶望の声。当時の惨状がよみがえり、少年の体はガタガタと震えた。


「きゃあ!」


 突如聞こえてきたのは、幼い子どもの悲鳴だ。逃げ遅れた女の子がサソリの姿に怯えている。

 サソリの目が、女の子を捉えた。このままではサソリの餌食になる。震える足を必死に動かし、少年は女の子の前に立ちはだかった。サソリの魔物は毒を持つ尾を持ち上げてふたりに襲いかかってきた。

 だがその毒針は届くことはなかった。男が剣を構え、疾風のように駆けると地面を力強く蹴った。空中で勢いよく振り下した鋭い切先はサソリの尾を一撃で切り落とした。

 落下する速度を利用して、男が剣でサソリの体を貫けば、サソリは二度と動くことはなかった。


「これが、トリの降臨……」


 勇者と謳われたこの男は名をトリといった。宙を舞い剣をふるって魔物を葬り去るその姿から、彼の戦う姿はトリの降臨と呼ばれていた。


「勇者になりたい、と言ったな」


 男、もといトリは、サソリの亡骸を一瞥しながら少年に声をかけた。


「あこがれだけでは勇者にはなれない。恐怖に震えている今のお前では無理だ」

「……そう、かも」

「だが、自分の身をかえりみず、誰かを救おうとしたお前の勇気だけは褒めてやる」


 トリは少年の頭を優しく撫でた。

 

「オレ、やっぱりあんたみたいになりたい! 今度は……オレの力で助けたいんだ」


 少年は故郷の惨状を見て、二度と同じ思いをしたくない、させたくないという思いでトリのもとへやって来た。

 魔物への恐怖に支配され、女の子の前に立つことしかできない今の自分ではなく、トリのように自分の力で救いたいのだと、少年はトリに訴えた。


「オレをあんたの弟子にしてくれ」


 この数週間のうちに何度も口にした言葉だ。トリは口の端を軽く持ち上げた。


「言っておくが、勇者というのはお前の理想とは大きくかけ離れているぞ。覚悟はできているんだろうな」

「もちろん、オレは本気だ。じゃなかったら何週間もあんたの家の周りで野宿なんてできないだろう」

「あれは、お前が宿なし食事なしでも生きていく力があるかを見ていただけだ。魔物討伐をするのに何日も野宿するのなんてザラだからな」


 どうやらトリは少年が本気かどうかを試していたらしい。

 知らぬ間に行われていた選抜試験に合格したらしい少年は、この日トリの弟子として迎え入れられ、あこがれの勇者の第一歩を踏み出した。


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