あこがれの先輩に花束を
ケーエス
💐
私にはあこがれている人がいる。その人は部活の先輩で、今日は先輩の卒業式。いつも話しかけられないけど、今日こそは話しかけて花束を渡すんだ。
花屋で花束も買ったし、メイクもばっちり。さあ、行こう。
卒業式が行われる体育館の前にはすでに加奈がいた。
「お、気合入ってるねー! いい感じ」
「でしょー」
「渡すの?」
加奈の視線の先には私の手に握られた花束がある。
「もしかして先輩に?」
「うん、受け取ってくれるかな……。私からはうんと遠い存在なのに」
うつむく私の肩をポンと加奈が叩く。
「大丈夫だよ。由美なら絶対たどり着けるよ」
「ありがとう」
「じゃ、入ろっか」
壇上に立つ先輩の顔は凛々しかった。先輩ならきっとどこまでも羽ばたいていってしまえるんだろうな。先輩は成績も優秀で主席として今こうしてスピーチをしている。はあ~素敵。でももう先輩の走る姿は見られないんだ。そう思うと嗚咽をこらえるのがやっとだった。
体育館を出て遂にハンカチというダムが決壊した。私は加奈に抱きついた。
「ああ、ああ! 先輩ぃ~!」
「ちょっと。ちょっと! 私が先輩みたいじゃん。ほらみんな見てるからさ、探そうよ」
「あぅ、あぅ、ああ、あぅ、あぅ」
「もー。早くしないと帰っちゃうかもよ」
帰っちゃうかも、加奈の言葉が頭に響いた。私はさっと顔を上げて、辺りを見回した。すでに卒業生たちが広場にあふれている。集合写真を撮る人たち。談笑する人たち。プレゼントを渡している人たち。どこを見ても先輩はいない。ということは。
「急がなきゃ!」
私は走り出した。
「極端だなあ」
加奈も後から走り出す。
「すみません。通ります、すみません……」
一生の不覚だった。最後ぐらいはゆっくり帰るのかと思っていた。だが違った――。
「あ! 先輩だ!」
人込みをネズミのようにくぐり抜け、正門を飛び出した男。間違いない、帰宅部のエース、
「待って!」
先輩は横断歩道を渡っていく。まるでコソ泥のように。さすがは3年もの間、下校界隈をリードし続けただけはある。駅前までの商店街、アクドナルド、サイジャリヤ、ガーミヤン、バウンド1など数々の立ち寄りスポットには目もくれず、一心不乱に駅を目指している。距離は全く縮まらないどころかむしろ離れているように思える。
「どうしよう! 間に合わないよ!」
そのとき、頭の中にビビッと電流が走ったような衝撃が走った。思わず立ちすくむ。加奈が背中にぶつかった。
「ちょっと!どうしたの?」
――翼が欲しいか?
この声、まさか。帰宅部に代々伝わる神、トリ。スポーツでいうゾーンのように、精神が安定し、かつ帰宅したいという気持ちが一段と高まった場合に降臨してくるという伝説。いわゆるトリの降臨が私に?
――そうだ、ワタシはトリだ。全ての渡り鳥の帰巣本能をつかさどる神であり、全ての人間の「早く学校(会社)から帰りたい~」をつかさどる神だ。
どうして私のもとに?
――彼にたどり着きたいんだろう?
どうしてそれを?
――神だからだ。今からお前に力を与える。あっという間に帰宅する力だ。
でも私、今は先輩に花束を渡したいんです。
――渡せばいいじゃないか。彼の家で。
「家!!??」
「由美?」
視界がぐらつき足が軽くなった。そしてふわりと体が浮いた。背中からにょきっと白い羽が生えてきた。
「もしかして、トリ?」
加奈の声に私は振り返った。親友は奥歯まで見えるぐらい口をあんぐりさせている。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい……」
意識する間も無く、私は上空へドローンのごとく舞い上がった。眼前に市街地が見渡せる。駅はあっち。太陽がまぶしい。手で隠すとちょうど電車が駅からでてきているのが見える。
あっちだ。
私はその方向に手を伸ばした。体が動き始める。冷たい空気が肌をかすめていく。今は本能が全て教えてくれる。トリのおかげで先輩の家に向かって自然と体が動いているのだ。その速度は増していき、眼下の景色がグーグロマップのようにスクロールされていく。その圧倒的な速さ。はやぶさネズミの異名を持つ隼人先輩もこのトリパワーでは敵わないだろう。
先輩の住む住宅街が見えてきた。山の上を切り開いた一戸建てだ。さあ到着だ。でもあれ? さっきから羽は勝手に動いていて言うことを聞かない。そして身体は全く減速していない。ということは?
「え! え! えー!」
私の身体は先輩の隣の公園にまっしぐら、池が近づいてきた。衝撃。私は意識を失った。
「由美、由美!」
加奈の声だ。うっすらと目を開ける。目の前にいるのは隼人先輩の顔だ。どうして目の前に先輩がいるんだろう、確か私は卒業式に出て先輩を追いかけて――。
「ハアアアアア!」
某超人のようなうめき声をあげて私は起き上がった。辺りを見渡す。ここは公園だ。どうやらベンチの上で寝ていたらしい。
「起きたみたいですね」
「そうだね」
「あ! 先輩!」
私は手に持っている花束がないことに気づいた。
「これのことかい?」
先輩が手に持っていたのは例の花束だった。落水の衝撃で花はほとんど落ちてほぼ茎だけになっていた。
「加奈から聞いたよ。わざわざ追いかけてくれたんだって?」
「……はい」
ヤバい、先輩の顔を見れない。
「あれ? 由美、何か伝えたいことがあったんじゃないの?」
「せ、先輩」
ゆっくり顔を上げた。
「あの! ずっとあのまっすぐ帰宅されててあの、ほんとに憧れててあの――」
先輩はどの対向車も見通せる切れ長の目だった。その目にじっと見つめられて声が出なくなりそうだったが、
「ご卒業おめでとうございます」
と言った。その瞬間、涙が溢れ出てきた。
「ありがとう」
先輩は軽く私を抱きしめてくれた。
私が無傷であるのを確認した後、先輩は家に帰っていった。私たちも帰ることにした。
「ハアアアアア、うまく喋れなかったー! ヘンな人と思われたかな?」
「大丈夫だって。伝わってたと思うよ」
「そうだといいんだけど……」
「それにしてもどうしてトリは由美を助けてくれたんだろう?」
「確かに。自分の家に帰っているわけじゃなかったのに」
――そういう展開が好きだからだよ。
あこがれの先輩に花束を ケーエス @ks_bazz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます