クローゼットの中

奈那美

第1話

 どうしよう。

私はスマホを握りしめたまま途方にくれていた。

つい、勢いで明日の約束しちゃったけれど……。

いつも失念しちゃってるけど、遠藤君はなんだよね。

恋愛感情は挟まれてないとしても、男子と女子とが待ち合わせて出かけるとなったら、って思われちゃうんじゃ?

実際、たまたま駅まで送ってくれたのを目撃されたり、ふたりでしゃべっていたというだけで噂になっちゃうんだから。

 

 やっぱり断ろうかな……。

でも、何と言って?

誰かに見られて、また噂になると困るからって?

いやいやいや、それって遠藤君に対してめちゃくちゃ失礼なやつ!

というか、人としてやっちゃダメなやつ。

 

 クラスメイトなんだもん、ふたりで出かけたって問題なし。

むしろ、どうどうと出かけるべき!

それにしても……男子とふたりでお出かけって、どんな感じなんだろう?

さすがに制服で出かけるわけにはいかないよね……何を着ていこう?

 

 私は本棚に立ててあったティーン向けの雑誌を取り出した。

【初デートは、このコーデで彼のハートをつかんじゃお♡】

メインの記事タイトルに目をやる。

「初デート……では、ないんだけどね」

そういえば、と中学時代を思い出した。

今の私は有紀のことが好きだけど、中学時代には担任の先生にあこがれていた。

 

 私だけじゃない。

クラスの女子の多くが先生にあこがれていた。

というか、女子ばかりか男子にも人気があった。 

教師になってまだ何年目かの若い男の先生。

背が高くてスポーツが得意で……見た目は普通だったと思うけど。

 

 ある日、私は先生に頼まれて一緒に用事を済ませに行くことになった。

理由は私がクラス委員だったから、なんだけど。

先生とふたりで行動できることで舞い上がっちゃった私は、つい言ってしまったのだ……先生とデートしてるみたいって。

今思い出しても顔から火が出ちゃいそう。

 

 先生は大笑いしてた。

そしてこう言ったわ。

「そうかそうか。ま、そう言ってくれるのは嬉しいけどな。だけどデートって言葉は好きな相手とふたりで出かける時に使ったがいいぞ」って。

 

 雑誌をひらいて記事を見る。

チャートで彼のタイプを診断して、ぴったりのコーデを割り出すらしい。

デートではないけれど、着ていく服を選ぶ助けにはなりそう。

「えーと、【彼はワイルド系?YES・NO】……NOだよね」

問いは数問。

チャートに従って矢印をすすむ。

 

 「えーと結果は……彼のハートをつかむにはフェミニンなワンピースがオススメって……。いやいやいや、デート服選んでるんじゃないし、むしろそういう服、苦手だし持ってないし」

私は雑誌を閉じて本棚に戻した。

スマホを開いて検索アプリを立ち上げる。

 

 「えーっと、加藤文左衛門邸だったよね」

行き先がどういう場所か、の方が服選びの助けになるだろう。

検索結果には、その建物が明治期の大金持ちの邸宅だったことと、広い屋敷とともに庭園も開放されていることとが書いてあった。

なんだか、めっちゃ広そうなんだけど。

きっと動きやすい格好の方がいいよね。

 

 外観写真見ると二階建てのようだし。

もし二階も見学できるんだったら階段登るんだろうし……じゃあ、スカートは却下、と、でもジーンズはさすがに悪いよね。

私はクローゼットの中を思い浮かべながら、あれこれとコーディネートを考えた。

 

 

 

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クローゼットの中 奈那美 @mike7691

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