『学園の怪異に立ち向かう異能力JKたち VS 呪われた雛人形軍団』

龍宝

「3月3日はひなまつり! 呪いの雛人形を片付けろ!」




 ――あかつき市 二藍学園高等部――




「――ったく、なーんであそこでチョキ出しちゃうかなァ」



 ツイてない、サイアク、ナムハチマンダイボサツ、等々ぼやき・・・ながら、少女は人気のない道を進む。


 少女の名は森近もりちか菜々なな。高等部の二年生。


 公認・非公認含めて無数の部活クラブや同好会を抱える二藍ふたあい学園において、それなりに歴史のある〝古典文化研究部〟の部員であり、部員同士の苛烈な押し付け合いジャンケンの末に、こうして学園の中心部から遠く離れた区画にまで足を運ぶことになった不運な生徒だ。



「E-57……Eの50――あれ? もうちょっと先か……」



 先輩から手渡されたメモを片手に、部活動用に支給されている備品倉庫群の間をうろつく。


 見渡す限りに並ぶ倉庫たち。それを切り分けるように走る通用路をどれだけ歩いても、誰かとすれ違ったりはしない。


 これが、ツイてないことの理由でもあった。


 放課後になってそれほど時間も経っていないので、まだ日は高いところに位置している。


 それでも、自分以外にまるで人影がないとどうにも心細くて仕方ない。


 活気にあふれた学園の中心部と比べて、用事がなければ特に訪れることもないこの辺りは雰囲気からして違っている。


 菜々だけでなく、多くの学園生はこの区画に近寄るのを嫌がっていた。


 高校生にもなって本気で信じているわけではないけども、学園新聞部やFBC(Futaai-Broadcasting-Corporation:学園放送協会)の怪談企画でもメジャーなスポットではあるわけで。


 さっさと使いっ走りの用を済ませようと、菜々は自然と早足になっていた。



 来週に迫った桃の節句――3月3日のひなまつりとくれば、われらが古典文化研究部としては外せないイベントである。


 去年、一年生だった自分も先輩たちから振舞われるひなあられや菱餅、桜餅などに舌鼓を打っていた。


 そしてもうひとつ、ひなまつりといえば――。


 備品として保管されているはずの雛人形や飾り物の様子を確認してこい、という部長命令に従って、菜々は不承不承ながらこうして出向いてきたわけだ。


 仲の良い友人たちが補習やら呼び出しやらで同行を頼めなかったのも最悪だった。



「下見だからって、みんなで見にくればいーじゃんね……わっ、57! あった!」



 もし進級して自分が部長になっても、こんな理不尽は決して後輩たちにさせるまい、と硬く誓いつつ、ようやく目当ての倉庫を見つけ出した。


 ここまできたら、ぱっぱと中を確認して帰るだけだ。


 他の行事に使う備品の数を考慮すれば、入ってすぐに、とはいかないだろうけど、さすがに何時間もかかるはずもない。



 ポケットをまさぐって〝E-57〟と札のついた鍵を取り出す。


 通用口の扉に近付いた時、ふと菜々は立ち止まった。



「…………? 何か――」



 ――物音がする・・・・・



 理解した瞬間、全身に震えが走った。


 あるはずがない。


 鍵はこうして自分が持っていて、中に誰かがいるなんてことありえない。


 でも、音は内側から聞こえてくる。


 気配がある。


 何かが、動き回っている。


 ガタガタ、ガタガタ、ガタガタ、ガタガタ。


 ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。


 カサッ、カサッ、カサッ、カサッ、カサッ、カサッ、カサッ。


 タタタッ、タタタッ、タタタッ、タタタッ。



 ……ひとつじゃない。


 音は、倉庫のあちこちからしていた。


 今すぐにでも立ち去りたい怖気を押し殺して、菜々はゆっくりと鍵穴を回した。


 慎重に、絶対に音を立てないように。


 ――もし、万が一、どこかから野生の動物でも入り込んでいたのだとしたら。


 学園の敷地は広大だ。ないことじゃない。


 備品が荒らされて台無しになっていないか、すぐに確かめられるのは自分だけだ。



 ドアノブを握る。


 反対の手で胸元を押さえながら、徐々に徐々に扉を開いていった。


 片目でのぞけるくらいの隙間ができたところで、そっと中をうかがう。


 暗い。やはり照明は点いてなかった。


 わずかに差し込んだ外の明かりを頼りにして、見える範囲のところを探す。


 何も、おかしなところはなかった。


 カサッ。



「――ッ⁉」



 気がゆるんで息を吐きそうになった時、奥の方から――


 パタパタパタッ。


 足音だ。


 真っ暗な闇の中から、何かがこちらに近寄ってきている。


 思わずドアから離れようとしても、足が動かない。


 凍り付いたみたいに、菜々はただひたすら暗闇から目をらせなかった。


 次第に、何かが見えてくる。


 パタパタパタ。カサカサカサ。


 ぼんやりとした輪郭。


 パタパタパタ。カサカサカサ。


 人型だった。


 パタパタパタ。カサカサカサ。


 動物じゃない。


 パタパタ――タッ。


 動物じゃない。動物じゃな――



「ひっ……⁉」



 真っ白い顔。人形だ。


 菜々とまったく同じ目線の・・・・・人形が、そこに立っていた。


 ゆっくりと、こちらに手を伸ばしてくる。


 とっさに、思い切りドアを閉めていた。


 震える指で何度もしくじり、とにかく鍵を掛けようとする。


 ドンッ!


 内側からこじ開けようとする衝撃に泣きそうになりながら、力任せに鍵穴に差し込んで回し切る。


 ガチャリ、と音が鳴った瞬間、菜々は二、三歩あとずさった。


 まだ気配の残る、ドアの向こう側。


 先ほど暗がりから現れた真っ白い顔を思い浮かべて、気付けば走り出していた。



 無我夢中で駆けて、とにかく人の多いところへ行きたかった。


 あそこから、少しでも離れたい。


 何度も振り返りたい気持ちと戦って、そのたびに足を動かす。


 見慣れた部室棟が目に入り、通い慣れた部室の扉を開けて飛び込んだ先に、驚いた様子の先輩たちの顔を認め、とうとう菜々はその場にへたり込んでしまった。



「森近、どうした⁉」


「菜々センパイ……⁉」



 慌てて駆け寄ってきた部員たちが、自分の震える手を見て息を呑んだ。


 つと先輩のひとりが膝をつき、大丈夫だ、と抱きしめてくれる。


 そこでようやく、菜々は自分が倉庫の鍵を握ったままだったことに気付いた。








 ――3月3日 学園高等部 第3号部室棟内――




「――というわけだ。おそらく、お前たち向けの案件だろう」



 いつも通りに散らかった部室。


 いつも通りに風味の良い紅茶を口に含みながら、私――四童子しどうじ苑珠えんじゅは一度話を切った。


 室内にいた部員3名の反応は、まさしく三者三様といった感じだ。


 心配そうにしている者に、無表情でスナック菓子を頬張るやつ、単純に依頼が舞い込んでうれしそうなやつ。


 つまり、いつもの感じだ。


 得体の知れない怪異への対処を依頼する側の身としては、彼女らの余裕は頼もしい。



「ほんで、その目撃者から生徒会に話が行ったんです?」



 興都弁なまりで続きを促したのは、二年生の宵町よいまち六連むつら


 出席率のよろしくない当該部活動において、すっかり部長代理として扱われている少女だ。


 まァ、それなりの付き合いになるので、何だかんだ面倒見の良いことも知っている。


 生徒会から私が出向いた時には、大体彼女がメインになって話を聞き、あとのふたりがところどころで参加する、というのがお決まりになっていた。



「いや、森近菜々は体調を崩して今も療養中だ。……半信半疑ながら、彼女のおびえぶりに無視もできなかった〝古文研〟から、倉庫内の調査依頼が学園の警備局に出され、それが風紀委に流れ、そして風紀委主幹の私にまで回ってきた」


「相変わらず、四童子はんも大変やね。副会長の仕事だけでも忙しやろに」


「怪異がらみは、余人に任せられんからな」


「それってつまり、うちらを他の生徒会役員には渡したくないっちゅうあれやったり?」


「……まァ、花ノ庭はそうだな」


「あれ? うちは? 四童子はん?」



 薄情だの殺生だの言ってすり寄ってくる宵町を引きはがしていると、小柄な少女が紅茶のお代わりを注いでくれた。


 照れくさそうに微笑む彼女は、一年生の花ノ庭はなのば烏月うづき


 まだ見習いの感が抜けない新入りではあるが、実力は先輩たちにそう劣らない。


 外見からは、まったくそんな風には見えないから、この界隈は不思議なものだ。


 可憐で物腰柔らかく、うぬぼれでなければ私のことも慕ってくれている。


 こんな劣悪な環境に置いておくよりも、私の傍で仕事を手伝って貰いたいと折に触れて打診しているのだが、毎回あと少しというところで宵町の邪魔が入るのは困りものである。



「と、話が逸れたな」


「意地悪な副会長はんの依頼は受けませーん! ええ時計してはるわ!」


「帰らせようとするな」


「すねちゃったデスネ」



 不貞腐れたアピールなのか、これでもかと手足をソファに投げ出してそっぽを向く宵町。


 フォローしようと試みる花ノ庭の腰に抱きついて、だってだってとごねて・・・いる。


 それでいいのか、と呆れていると、私の隣に金髪をサイドでゆるく縛った少女が立った。


 二年生のヴァイオレット・アップルビー。


 宵町と同じく、気心の知れた仲である。


 だから、通常運転の無表情であっても、紙パックのジュースに突き刺したストローを咥える彼女が、何を考えているかはおおよそ分かっていた。



「ワタシも、エンジュさんのひいき・・・はよくない思いマス」



 言葉少なな圧力に屈して、私は降参とばかりに居住まいを正した。


 まァ、そうだな。確かに素直でなかった。



「宵町、ルビー。お前たちも大事だ。私にとって、かけがえのない――」


「……四童子はん! うちも、やっぱ好っきゃねん!」


「きつく抱いてくださいネ、今夜は」



 悪ノリしてしがみついてくるふたりと、気が付けばそっと私の制服のすそを掴んでいた花ノ庭に、私は依頼のことを持ち出そうとして――少しの間だけ飲み込んだ。




 ややあって。



「――それで、これから頼めるか?」


「あい、あい。うちらァ四童子はんの犬ですよってに。どこへなりと、お供します」



 先ほどあれだけ駄犬ぶりを晒したくせに。


 さすがに口にはしなかったが。私にも悪い点はあったのだし。



「その菜々ちゃんの話を聞く感じ、十中八九〝良くないもん〟やな。大方、使い古された雛人形を依り代に、下級のやつが調子こいとるんやろ」


「一体ではない、と言っていたが」


「オヒナサマですカラ。――歌の通りデス・・・・・・



 あっさりと告げたアップルビーに、思わず想像した私の背筋に悪寒が走る。


 長い活動期間のある〝古文研〟の備品であるからには、雛人形も相応に立派なもののはず。


 七段飾りであれば、雛人形が勢ぞろいで十五体。


 暗闇の中で動き回るそれらを思い浮かべて――何度〝怪異〟と対峙しても、この感覚には慣れそうにない。



「うちとヴィオ、花の字でちょうど五体ずつ。シンプルでええわ」


「備品、壊してもいいんデスカ?」


「あァ、それは問題ない。こうなった以上、再発を防止する意味でも破壊するのがいいだろう。予算は押さえてある」


「さすが。……ほな、ぼちぼち行きますか。早い方がええやろし」



 言って、宵町が立ち上がると、他のふたりもそれにならった。


 制服姿の身ひとつだが、彼女たちの〝能力〟を考えれば余計なものは必要ない。


 こちらを見遣る三人の視線に頷きを返して、私は件の倉庫区画へと足を向けた。











 現場の倉庫近くに到着した私たちを迎えたのは、一帯を封鎖していた風紀委員だった。


 〝KEEP OUT〟の文字が書かれた色付きテープで張られた規制線を越えて、部下のひとりに話しかける。



「ご苦労。異状ないか?」


「副会長。はい、今のところは。現在、委員長の指示で半径3ブロックを閉鎖中です。例の倉庫には我々含め誰も近寄らないようにしています」


「ありがとう。引き続き外を見張ってくれ」


「はっ!」



 三人を引き連れて〝古文研〟の備品倉庫の前まで来た。


 外観では、同じデザインの他の倉庫と比べておかしなところはない。



「E-57……どうだ? 何か感じるか?」


「プライベートなら、絶対に入らない感じデス」


「わたしも、嫌な気配がします」



 顔を向けて尋ねた私に、アップルビーと花ノ庭が答える。



「やはり居るか。ここからでも分かるほどとは」


「四童子はん。それは、向こうも同じ・・・・・・っちゅう話や」



 黙って眼を細めていた宵町が、私の呟きにふと返した。



「同じ?」


「そう。うちらが来たって、バレとるみたいや。手ぐすね引いて待ち構えとるで、こりゃ」



 不敵な笑みを浮かべる宵町に促されるようにして、倉庫の巨大なシャッターを見据える。


 余計なことを考えそうになっている自分に気付いて、腰に下げていた鉄鞭の持ち手を握った。


 学園警備局からの借り物だが、中々どうして悪くなさそうだ。



「……四童子はん。ほんまにそれる?」



 いざ突入と覚悟完了している私を半眼で見遣って、宵町が今さらな問答を。



くどい・・・ぞ。私には事態を見届ける責任がある。これは、そのためのものだ。お前たちの足手まといにならないためのな」


「うーん、四童子はんのそういうとこめっちゃおもろくて好きやけど……」


「怪異より、暴徒鎮圧に行くみたいデスネ」



 ふさ付きの鉄鞭に、警備局仕様の小型円形な防護盾。防刃ベストを着込んで、両肘・両膝にはプロテクターをつけている。


 仕方ないだろう。〝能力〟持ちの彼女たちと違って、身体能力も所詮は凡人の私はこれくらいの重装備が必要なのだ。


 なにせ、相手はこちらの常識が通用するかも怪しい存在なのだから。



「わたしは良いと思います! 四童子先輩、かっこいいです!」


「……まァ、ええか。うちらがかすり傷ひとつ付けさせへんし」


「ふふ、心配ご無用だ」



 妙にテンション高く褒めてくれる花ノ庭は、やはり先輩想いのいい子だ。


 何故か肩を竦める宵町とアップルビーだったが、専門家の許可も下りたことだ。


 いよいよ、倉庫内に入る時が来た。



「鍵を開ける。全員、準備は良いな?」


「もちろんでんがな」

「いつでもOKデス」

「はいっ!」



 搬出入用の大型シャッターを、下から勢いよく跳ね上げる。


 先導して入っていった宵町に、花ノ庭、私、アップルビーの順で続いた。



「――な、んだ……⁉」



 三、四歩踏み込んだ時、私は障子で囲まれた空間に立っていた。


 倉庫の中などではない。


 古い時代の屋敷だろうか。異様な間取りの広間だった。


 無数の障子が左右に立ち並び、前後は派手な色彩のふすまと衝立で遮られている。



「ここが、連中のホーム・スタジアムっちゅうわけや」



 宵町が周囲を見渡して言った。


 怪異の中には、現実空間に干渉して自分の領域に相手を引きずり込むものもいるとは聞いていたが、ここまで本格的な体験は初めてだ。


 アウェイの私たちを煽るように、いきなり雅楽の音色が響き出した。


 笙や火焔太鼓の演奏に合わせて、障子や襖が開いたり閉じたりしている。



「奥に、進んで来いやと」


「罠か?」


「わからんけど……連中は、あくまで雛人形・・・や。ほんなら、そのルールにのっとった造りのはず」


「つまり、ここは七段飾りの一番下、ってことデス?」


「――あれ見てください! 奥に、輿入れの道具が飾ってあります!」



 花ノ庭の指さす方に、全員が顔を向ける。


 宵町とアップルビーの推測を裏付ける証拠が、襖の奥から現れた。



「でかした、花の字。なるほどなるほど。五戦連続、勝ち抜き戦っちゅうことやな」


「各階層に立ちふさがる雛人形を倒していって、登頂すれば――」


「――ゲーム・クリアー、となるわけデスネ」



 互いに顔を見合わせて、四人が手を重ねる。


 予想外な形で始まったこの団体戦、誰ひとり欠けることなくストレート勝ちしてやろうではないか。






 七段目と同じく、六段目にも道具の類が置いてあるだけだった。


 色彩と遠近でおかしくなりそうな空間を奥まで歩くと、次のステージへの階段が姿を現す。



 五段目。


 ここからが、本番である。



「――まずは、衛士の三人か」



 上がった先に、三体の人形が待ち受けていた。


 三人上戸、すなわち「怒り」「泣き」「笑い」の表情を浮かべた兵士たちである。


 京風の衣装なのか、手に手に熊手やちり取り・・・・ほうきの掃除道具を構えている。


 ここからは空間も広がるようで、右のほうに桜が、左に橘の樹が生えていた。


 花弁の舞い散る中、人形たちが間合いを詰める気配を見せる。



デカいな・・・・。ほぼ人間サイズやん」


「先輩方。ここは先鋒。わたしに任せてください!」



 前に出ようとした宵町を制して、花ノ庭が名乗りを上げた。


 ひとりだけ一年生なのに加えて、見習いだという負い目があるのだろう。


 意気込む彼女を、私たちは見送った。



「一年、花ノ庭烏月! 参ります!」



 掛け声と同時、虚空から少女の身の丈を優に超す大太刀が現れた。


 幅広で分厚い刀身が、ずしりとした重さを視覚的に伝えてくる。


 片手でそれを掴んだ花ノ庭は、ぶんっ、と振り回して暴風を生み出すや、地面を蹴って跳んだ。


 正面に踏み込んだ小柄な少女を、三方から取り囲む衛士人形。


 左右の得物が届くより早く、花ノ庭の大太刀が中央の〝泣き〟をひと振りで両断する。


 あっけなく沈んだ仲間に動揺したのか、鋭さを失った熊手と箒の突きをひらりとかわし、すれ違いざまに二体の胴を薙ぎ払った。


 泣き別れになったそれぞれのパーツは、動き出す気配もないまま、やがて砂になって消えていった。


 圧倒的である。


 不気味な人形たちにほとんど何もさせないまま、花ノ庭は勝ってしまった。



「よっし! やるな花の字!」


「えへへ、ありがとうございます!」



 戻ってきた花ノ庭を、ハイタッチで称える。


 この細腕で、あの豪剣をそれこそ箒のように振り回すのだから、毎度のことながら驚かされる。


 この勢いに乗じて、次の階層へ、と駆け出した。



 四段目。


 細い通路が、空中に浮かぶ巨大な菱餅ひしもちに続いている。


 このステージでは、あの菱形な足場で戦えということなのだろう。



「――随身、二体」



 8の字を描くように隣り合った菱餅フィールドの向こう側に、弓を手にした人形が二体そろっていた。


 白塗りの顔と、赤塗りの顔。


 貴人の護衛を担う〝随身〟人形たちだ。



「お相手しマス」



 弓に矢を番えた人形に、アップルビーが足場の中央に歩を進める。


 胸の前に伸ばした彼女の両手が淡い光に包まれたと思ったら、その手の中にコンパクトな回転式拳銃リボルバーが握られていた。



「――その名の通り、狙い撃ちマスヨ」



 アップルビーが引き金をしぼり切るのと、矢が放たれるのはほとんど同時だった。


 人間では考えられない速射で数十の矢を放つ〝随身〟二体を相手取って、アップルビーはそのすべてを彼女に届くはるか手前で撃ち落としていた。


 二丁拳銃の銃口が、立て続けに発射される光弾でまばゆく輝く。


 弾幕勝負の様相を呈してきた射撃戦を制したのは、やはり彼女だった。


 エネルギー的なものが先に尽きたのか、背負っていた矢筒が空っぽになった〝白塗り〟が頭部を撃ち抜かれ、一拍置いてから爆散した。


 爆発の衝撃で無防備になったところへ、残った〝赤塗り〟の全身を光弾がハチの巣にする。


 ゆっくりと倒れた人形が、先ほどと同じく砂になり崩れていった。



「すごいです、ヴィオ先輩! 一歩も動かずに倒しちゃうなんて!」


「めっちゃ決め台詞みたいなん言ってたけど、何もかってなかったやん! てかパクリ――」


「――アレンジ、ですカラ」


「それは無理あるけどとにかくやった!」




 三段目。


 この階層は一面が湖だった。


 水面に浮かぶ広大な舞台の中央で、五体の人形がそれぞれ楽器を演奏している。



「五人囃子……いや、五楽士か」



 七段目で鳴り出した雅楽は、この人形たちによるものだったのか。


 笛や太鼓ばかり、武器らしい武器は持っていないが、今までで最大の人数である。


 警戒する私たちの中から、宵町が前に出た。



「相手が芸で勝負してくるなら、うちの出番やな」



 懐から扇子を取り出した宵町が、手元でばっと広げる。



「人呼んで、〝水芸むっちゃん〟! 宵町六連とはうちのことや!」


「初耳ですネ、それ」


「むっちゃん先輩ー! 頑張って!」



 舞台に足を踏み入れた宵町に、五体の人形が座った姿勢のまま滑るように動き出す。


 余裕ぶっていた彼女を五芒星で取り囲んだ楽士たちの演奏が、とたんにボリュームを上げた。


 あまりの音の圧力に、私たちも思わず耳を押さえる。


 水面が盛大に波立ち、橋の欄干がきしみ出した。


 この距離でこれだけの威力なら、直接攻撃を受ける宵町は――



「――ええもん見せたる。芸ってのは、おもしろ・・・・ないとあかんねん」



 へらり、と笑って扇子を振るった彼女の足元から、人形たちに細い水の線が伸びていた。


 気付いた瞬間にはもう手遅れ。渦を巻くように五体を同時に拘束した水の蛇が、楽器を破壊したことで音の結界が破壊される。



「自分らの敗因は、うちに芸で挑んだことや」



 ばちん、と扇子が閉じられるのに合わせて、水蛇に締め付けられていた人形たちが一斉に瓦解して砂状に変わった。



「わっ、わー! すごいです、むっちゃん先輩! ウォーターショーみたいでした!」


「ふふん、これからは〝水芸むっちゃん〟って呼んでもええで」


「宵町、よくやったな」


「意地悪ぅ!」




 二段目。


 今までの趣向を凝らしたステージとは異なり、シンプルな空間だった。


 足元の赤いフェルト地面はいかにも・・・・だが、それ以外には特に目立つものもない。


 ただ高低差のある空間が広がっているだけだ。



「拍子抜けやな。最上階前まで攻められて、戦意喪失ってわけでもないやろし」


「セオリー通りなら、〝三人官女〟がいるはずだが……」



 フロアの中央まで来ても、何も起こらない。


 何かの時間稼ぎか、あるいはここに閉じ込めるつもりか、と焦りが出始めた時、周囲を見渡していた私たち目掛けて人形が襲い掛かってきた。



「結局来るんかい!」


「四童子先輩! 中央に!」



 やはり人形の数は三体。それが三方から接近してくる。


 宵町たち三人が、迎え撃とうと踏み出した瞬間だった。



「えっ⁉」


「なん……やと……⁉」


「床が――⁉」



 敵の数に合わせて陣形を組んだ三人。


 それぞれが応戦することで、真ん中で守られていた私の周囲にできた、わずかなスペース。


 私の足元の床が切り取られたように不可視の壁で覆われ、ゆっくりとせり上がっていく。



「しまった! こんなギミックが……⁉」


「四童子先輩! いま助け――きゃっ⁉」


「花の字⁉ くそが、邪魔をッ‼」


「エンジュさん、このままだと……!」



 どうにか私を助けようとしてくれる花ノ庭たちを、ヒット&アウェイで三人官女が妨害に出る。


 付かず離れずで攻撃を繰り返す人形に、対応が半端になってしまう。


 アップルビーの焦りを含んだ声。


 こいつらは、時間稼ぎをしている。



 目当ては、最初から私ひとりか――――‼



「四童子はん‼」


「――全員、目の前の相手に集中しろ! 足手まといにはならない! そう言ったはずだ!」


「せ、先輩……⁉」


「このまま、大将同士の一騎打ちをご所望・・・らしい! 望むところだっ。お前たちはここを片付けてから上がってこい!」


「エンジュさん……‼」


「……ふふ、急げよ。ゆっくりしていると、私が大将首を取るところを見逃すぞ」



 段々と高くなっていく床の上で、声を張り上げる。



 握り込んだ鉄鞭のつかが頑丈でよかった。


 かすかに音を立てる防盾を気取られないように、背後に隠した。


 しっかりしろ。


 表情かおに、出すな。


 宵町のへらへらした笑顔を、アップルビーの無表情を、花ノ庭の柔らかい笑みを思い出せ。



「――頼んだぞ・・・・、お前たち」



 震えないように絞り出した声は、届いただろうか。


 いよいよ天井に着いた足場は、そのまま階層を越えて最上段へ。



 第一段。



「……〝殿〟〝姫〟の内裏だいり雛、か」



 金色の屏風びょうぶで全周を囲まれた、円形のホールだった。


 見上げるほど高くなった奥の段上に、二体の影。


 照明として並べられた雪洞ぼんぼりが、ステージをにぶく照らし出す。


 公家の衣装に身を包んだ男雛おびなが、腰にいていた太刀を片手にこちらを睥睨していた。


 その隣で、十二単姿の女雛めびなが、檜扇を手に腰掛けている。


 今までの雛人形も人間サイズだったが、さすがにこの二体は規格外だ。


 女子にしては上背のある私と比べても、頭一つ分は高いのではないか。


 カタカタ、と人形らしい音を立てて気味の悪い動きをしている。


 怖気に呑まれそうな両脚を叱咤しったして、鉄鞭と盾を構えた。



「――二藍学園生徒会副会長、四童子苑珠! 大将首、相手にとって不足なし!」



 気勢を上げ、段上でふんぞり返る男雛に切っ先を突き付ける。


 侵入者の中で唯一無力な私をいたぶるつもりだったのだろうが、素直に怖がってなどやるものか。


 かかってこい。


 宵町たちが上がって来るまで、いくらでも遊んでやる。



「――ッ⁉」



 いきなり、目の前に男雛人形が現れた。


 眼鼻の先。


 振り下ろされる太刀に、ほとんど考え間もなく、横から鉄鞭を当ててなす。


 剣線がズレて、私の左足先すぐそばの地面に刀傷が刻まれた。


 じんじんと痺れる右手。


 まさしく、人間離れした怪力だ。


 まともに打ち合えば、私のパワーでは到底太刀打ちできない。


 ゆらりと、関節を無視した動きで人形が次の斬撃を繰り出してくる。


 とっさに構えた円盾でダメージを逸らすも、甲高い音と衝撃で気が飛びそうになった。


 こんなバケモノを相手に、自分は宵町たちを、花ノ庭を送り出していたのか。


 悲鳴を上げる四肢に歯を食いしばって、男雛の猛攻を必死にしのぐ。



 四童子の娘として、多少は武芸を修めている気でいた。


 だが、こんなやつが相手では、せいぜい時間稼ぎにしかならない。


 分かっているつもりで、まるで分かっていなかったのだ。


 これが、怪異。これが、本物の恐怖。


 責任だ・・・などと、どの口で吐いた。


 いくら力を持っていようが、彼女たちは守られるべき生徒に違いない。


 それを、依頼という形で送り出し、自分は安全なところから見ているだけだった。


 同行しているから、責務を放棄していないなどと、笑えるくらいにまぬけ・・・だ。


 この恐怖を知らずして、どうしてかけがえのない仲間などと言える。


 私は、ずっと部外者で――



 強化プラスチックでできた防盾が、真っ二つに割れる。


 防刃ベストがあちこち切り刻まれて、とっくに使い物にならなくなっていた。


 血の味がする。


 私の身体から出ているのか。


 やたらとズレるプロテクターを滑らせているのは、汗か? それとも、血?


 全身の感覚が、あいまいだった。


 荒い息で喘ぎながら、とにかく鉄鞭を振るい続ける。


 脳裏を過ぎるのは、私の名前を呼ぶ彼女たちの背中ばかり。



「ち、がう……わ、たしは……」



 よろめいたところに、太刀の薙ぎ払い。


 防刃ベスト越しに、左肩に激痛が走った。



 私は、足手まといには、ならない。


 絶対に、見届ける。


 副会長として、四童子の家門の誇りに掛けて、あいつらの、友として――



「――――あああああああああああ‼‼‼」




 ――私は!


 生きて・・・、あいつらと怪異の待つ地獄を巡る――――‼



 突き出された太刀。


 ためらわなかった。


 合わせるように刺突で弾き飛ばす。


 逸れた切っ先が、頬を裂く熱を感じた。


 一瞬の空白。


 私の鉄鞭が、男雛の頭を貫いていた。



「……やっ――ッ⁉」



 背後からの殺気。


 振り返れないでいる私の背中に、女雛の檜扇が振り下ろされるのが分かった。


 衝撃。


 無様に倒れ込んだ私の背中に、感触はなかった。


 一拍置いても、女雛が動く気配がない。


 ぼんやりとした頭で不思議に思って、そちらを見遣る。


 水蛇に絡みつかれ、胴体から大太刀の切っ先を生やし、頭部の消し飛んだ人形が、カタカタと震えている。


 ひび割れ、崩れゆく空間で、私は駆け寄ってくる気配の熱を感じつつ、やがて意識を手放した。




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『学園の怪異に立ち向かう異能力JKたち VS 呪われた雛人形軍団』 龍宝 @longbao

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