現場へ②

 アパートの外階段は塗装が所々剥がれて錆が出ていた。築3~40年は経過しているであろう建物は古く汚れていて、千穂は絶対に住みたくないと思った。


 階段の下にしゃがみ込み、コンクリートの地面を指でなでる。

 このコンクリートの上で、大輔は亡くなっていたのだ。


 千穂は鞄から小さな花束を出し、その場へ供えた。手を合わせていると、背後から声を掛けられる。


「あ、ちょっと。花は供えたら持ち帰ってよね」


 しゃがんだまま振り向くと、ジャージ姿の男性が立っていた。年齢は40歳位だろうか、くたびれた顔であくびをした。


「昨日、大家さんが掃除したばかりなんだからさ。あんたたちはいいよ、そうやって花供えて祈って満足でしょ? でも俺たち住人にとっちゃゴミでしかないんだよね」


 千穂は供えたばかりの小さな花束に目をった。


「ゴミだなんて…そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。ちゃんと持ち帰りますよ」


 イラッとした千穂は花束を拾い上げた。


 だが、彼の発言は一部正しい。

 自分たちは花を供えて祈って満足だが、その花を片付ける側の人間にとっては迷惑でしかないのだ。

 テレビでも報道されていたことがある。こういった事故現場に供えられた花や物を片付けるのは自治体だったり、その土地の持ち主だったりするらしい。

 供えるだけの人間はあとのことなど何も考えていないのだ。

 

「もしかして……このアパートの住人の方?」


「そうだけど」


 男性はお腹を掻きながら答えた。


「ここで亡くなった、岸大輔さんをご存じですよね?」


「そりゃ俺の上の階の住人だからね。名前を知ったのは死んだあとだけど…」


「事故について、少し話を伺ってもいいですか?」


「いいけど……あんた何者?」


 男性は一気に千穂をいぶかしんだ。


「私は櫻羽と言います。岸大輔さんとは……同級生です」


 千穂は一瞬何て答えようか迷ったが、正直に答えた。


「あら、そうなの…。そりゃこのたびはご愁傷様でございました。俺は上村。聞きたいことって?」


「事故のあった日ですが……」


 千穂が話し始めると、上村は前のめりになってニカッと笑った。


「櫻羽さん、あんたラッキーだね。何を隠そう俺は第一発見者なのだよ!」


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