賀上伊織④

 翌朝、千穂が登校すると、クラス中で大騒ぎになっていた。


「千穂! 千穂の机が……!」


 真っ青な顔をした菜緒が、千穂のもとに飛んできた。


「何これ……?」


 千穂はチョークの粉で汚れた自分の机を見て、演技を始めた。


「誰…? こんな酷いことするの……?」


 千穂の机の周りに群がっていたクラスの女子たちが口々に「ひどい」、「誰なの」、「犯人探そうよ」と騒ぎ立てる。


「昨日の日直って……」


 わざとらしく声をあげた千穂はわざとらしく黒板を見た。すると、周りの女子たちも注目する。

 ありがたいことに、賀上は黒板の日付と日直当番の名前を書き変えるのを忘れたままだ。


「賀上さんだ……」


 千穂の隣にいた菜緒がつぶやくと、女子たちは一斉に賀上伊織を見た。

 ちょうどタイミングよく賀上は書き変え忘れたことに気づいて、黒板の前に来ていたのだった。


「賀上さんがやったの!?」


 誰かが声を上げた。


「えっ…? 違っ……!」


 賀上はすぐさま否定したが、その声はあまりにも小さすぎて、騒ぎ出した女子たちの耳には届かなかった。


「ひどい賀上さん!」

「そんな人だったなんて…」

「たしかに賀上さんが一番怪しいよね。日直って一番最後に教室を出るんでしょう?」


 女子たちの中で賀上伊織が犯人だと決めつけられると、千穂は口角が歪むのを必死にこらえながら、無実の罪で責められ歪んだ表情になる賀上を見つめた。



 ――ざまあみろ!



 千穂は心の中で嘲笑あざわらっていた。




 その日を境に、クラスの女子の賀上を見る目が変わった。


 大半の女子が彼女に敵意を向けるようになったのだ。やがて賀上と仲良くしていた地味な子たちも、騒動に巻き込まれぬようしだいに距離をおいていった。

 あっという間に千穂にとって好都合な展開になったのだ。


 一週間もしないうちに賀上はクラスの女子から孤立し、ひとりぼっちになった。

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