階段上の王子様とお姫様

紅野かすみ

ある革命家の手記

 マリーゼの月が3度変わった日。元の世界でいうところの3月3日。桃の節句。かつての私が生まれて死んだ日。

 ちょっといいことがあったので、記録に残すことにする。


 かつての私は18歳の時、父親クズに殴られて死んだ。

 運命が哀れに思ったのか、神様が同情したのか……異世界に転生していた。そこは、剣と魔法で文明が成り立った世界。オランジトピアという街で第2の人生を平和に過ごす……つもりだった。

 オランジトピアを治める領主様っていうのが、こりゃまた別ベクトルの暴君クズだったわけ。

 『平和に長生き』を目標にしようとしていた私は、我慢ならなくて革命を起こした。革命の詳細はまたいずれ。機会があったら話しましょう。


 結果的に革命は大成功。私が新たな領主としてオランジトピアを治めることになった。民をまとめ、導くというのも簡単じゃなくて……駆け回ること数年、念願のスローライフを手に入れた。

 元の世界の桃に似た花を見つけて、私はふと思いついた。


 ひなまつりをしてみよう。


 だからといって、雛人形をそっくりそのまま作る気はない。あっちには碌な思い出がないし、ひなまつりの知識もほとんどない。ましてや、かつての自分の誕生日で命日なのだから。余計にだ。

「フローラ!」

 思いつきを実現できる魔法を持っているのは、と考えて浮かんだ名前を叫んでみる。メイド頭だし、執事の次に神出鬼没だからすぐ現れるだろうと踏んでのことだ。

「お呼びでしょうか、主様」

「……あのさ」

「何でしょうか?」

「その呼び方やめてって言ってるでしょう。今まで通りでいいってば」

 今まで通り、と言っても名前で呼ばれる訳でもないが。

「いつまでもお嬢様呼びですと、民に顔向けできませんよ。貴女は領主になられたのです。自覚を持ってください」

 本当は奥様とお呼びしたいのですがね、と悪戯に目を細められる。王太子殿下が私が起こした革命の話を聞いて婚約をしたいと言っているらしい。庶民気質の私にとっては、領主になったことさえ気が重いのだ。徹底的な無視を実行している。

「手のひらサイズくらいの人形を作って欲しいんだよね」

「お安い御用です。どのような人形でしょうか?」

 問われて私は説明する。いざとなるとちょっと難しい。


 御代理様……じゃなくて、王子様とお姫様でしょう。あとは、メイドとか執事とか庭師とか、使用人たちが欲しいわ。旅劇団もいいかもしれない。それぞれ楽器か仕事道具を持っている感じにしにして……。


「あ、捲し立ててしまったけれど……できるかしら?」

「えぇ、簡単なことです。ほら」

 フローラの手から無数の人形が現れる。詠唱無しでポンポン出すのは流石だなぁと感心しながら、作り出された人形を手に取った。

「あ!もう、ちょっと!ねぇ、どういうつもりよ」

「ふふふ。いいじゃないですか。ワタクシにとっての王子様とお姫様はこの御二方なのですから」

 お姫様の顔は私にそっくりで、王子様の顔は件の王太子殿下と瓜二つだった。よく見れば、執事やメイド、使用人たちも屋敷の人間を象っている。

 こうしてフローラは数十個の人形を作り出した。これをどうなさるんですか?、とニコニコして聞いてくる。

 詠唱無しの魔法は繊細で疲れるというのに、だ。革命で先陣を切っていた猛者は伊達じゃないと認識を改める。


 巨大なひな壇ということで思いついたのが、屋敷を入ってすぐ目の前にある大階段だった。レッドカーペットが当たり前のように敷いてあるし、ちょうどいいだろうと思ってのことである。

「1番上に王子様とお姫様。三人官女とか五人囃子とかはどうしようかな……楽器を持ってるわけじゃないし、適当でいっか」

 ずば抜けたセンスがあるわけではないが、この文化を知っているのはおそらく私だけ。ならば、好き勝手したって神様も仏様も怒らないだろう。ここは異世界、不干渉領域なのだから。

「主様、お手伝い致します!」

 キラキラと目を輝かせていたメイドたちが手を貸してくれた。仕事というよりも、いてもたってもいられなくなったというワクワク感だろう。ピラミッド状になればいいというのは見てわかるので、好きにしていいよと許可した。


 やっぱ魔法の世界なんだなって思うのはこういうところだったりする。人形だけしかなかったはずの階段雛人形。気がつけば、艶やかなお花や大小様々なお菓子、美しい魔獣など、メルヘンチックになっていた。

「主様、これは一体どういうお遊びなのですか?」

 1番若いメイドのララが首を傾げて尋ねる。大昔に見たテレビの内容を思い出しながら、私はゆっくり言葉を紡いだ。

「女の子に生まれたことをおめでとうって言うための飾りよ」

 ふと、視界がぐにゃりと歪む。

 初めてだったからだ。自分の思いつきだったけれど、結果的に、私は初めて女の子として生まれてよかったと思っている。それが思いのほか、響いたらしい。


 これを家族に伝えたい、と見てみんなが揃えて言う。許可すると、揃えて呪文を唱えた。

「リッツェ」

 元の世界でいう写真を撮る時に唱える呪文。正しくは記憶の保存というか、固定や定着をさせるような魔法だ。通称、忘れないための魔法と言われており、この世界の人なら誰でも使えるような基礎中の基礎である。


 この魔法のすごいところは、保存した記憶をそのまま人にテレパシー経由で伝えることができる点。

 だからこの手記の終わりもご想像いただけるだろう。


 屋敷のメイドたちが口々に唱え、忘れない記憶として残された人形並べ。ただの戯れは、あっという間に領地に広まっていった。その噂と記憶はどんどん拡大していく。7日後には、首都で暮らす叔父夫婦と私を娶りたい王太子にまで伝わっていた。


 ひなまつりを、女の子に生まれたことを、これほど嬉しいと感じたことはないだろう。いつの間にか世界規模の人形遊びになっているだなんて、私のご先祖さまは想像もしなかったに違いない。

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