第28話「日本の首都移転と、新国家ニュー東京」
麗衣お姉ちゃんと出会ってから、1ヶ月ほど経ったある日のこと。
夕食を食べ終え、母さんや華怜、茉純さんとリビングでくつろいでいると、テレビから気になるニュースが流れてきた。
「間もなく総理による緊急会見が行われる模様です。都心5区を中心とした昨今のテロ事件や暴動に関する重要な発表があるとのことです」
テレビ画面には緊迫した表情のキャスターが映っている。どうやらいよいよ、内閣総理大臣による会見が始まるようだ。
こんな状況になってから1ヶ月以上経ってようやく、初めて政府からの正式な発表がある……。
遅すぎる対応に苛立ちを感じつつ、俺は会見の様子を見守っていた。
「この度は国民の皆様に多大なご心労をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」
総理が頭を下げると、記者たちが一斉に質問を投げかける。
「このような事態になるまで対応しなかった理由はなんですか!?」
「いつまで国民を恐怖に怯えさせるのだ!!」等々……。
総理は記者たちの質問に対して、一つ一つ丁寧に答えていった。そしてその途中でこう述べた。
「国民の皆様には大変申し訳ないと思っておりますが、テロ組織との直接交渉に向けて動き出していたことをご報告させて頂きます」
その発言に報道陣たちがザワつく中、総理はさらに言葉を続けた。
「相手方との話し合いがまとまりましたので、ここでご報告させていただきます。……え~、本来であれば民主主義に基づき、国民の皆さまによる投票によってテロリストへの対処が決定するのですが……。東京都の首都機能が事実上停止しており、国家の非常事態であると判断いたしました。そのため、この度の事態に早急に対処すべく、特例として我々政府が直接対応いたした次第であります。つきましては皆さまにもご理解いただきたく存じます」
総理のこの発言に、報道陣からは
「ふざけるな!!」
「国民の声を聞くのが民主主義だ!」
と怒号が上がる。
しかし総理は全く動じず、淡々と話を続けた。
「国民の皆様には、大変心苦しいのですが、どうかご理解いただきたく存じます。……え~、協議を重ねました結果、日本政府は東京都の首都機能を移転することを決定いたしました。これまで少しずつ進めておりましたが、今回の事件を受け、日本の新しい首都を"香川県"に定めましたことをご報告させて頂きます」
総理の発言に再び報道陣たちはザワつく。だが、そんな中でも総理は落ち着いた様子で続けた。
「どうかご安心ください。我が日本国政府は国民皆さまの生命と財産を全力でお守りするため、全力を尽くして参ります。……さて、テロ組織との話し合いの結果、彼らの要求に対する落としどころも決定いたしました。我々は、都心5区をテロ組織に明け渡すことを決定したことをご報告いたします。断腸の思いですが、都心を彼らに明け渡すことが被害を抑える最善の策だと判断いたしました。都心5区を日本から切り離して明け渡す代わりに、それ以外の地域での活動を一切禁止する……。それがテロ組織との合意内容でございます」
総理の言葉に、報道陣はまたも「なんと愚かなっ!」「都民を見捨てるのか!!」と非難の声を上げる。
「え~、もちろん政府といたしましても都心5区にお住まいの方々を救いたいと考えております。これから1週間の間、都心5区にお住いの方々の別の地方への移住受け入れを政府主導で行います。都心5区に残りたい方以外は、1週間の間に別の地方へ移り住んでいただくようお願い申し上げます。1週間後、都心5区は日本ではなくなり、治外法権地帯となります。都心5区の住民の方々に置かれましては、日本国政府の指示に従って移住していただくことをお勧めいたします。なお、移住先や住居に関しましては、日本政府が責任を持って手配いたしますのでご安心ください」
総理の言葉を受け、報道陣たちは更にヒートアップする。
そんな中でも総理はあくまで冷静に、やはり淡々と言葉を続ける。
「え~……日本の中心であった都心を手放すことは、我々といたしましても断腸の思いです。しかし、このままテロ組織を野放しにしておけば……彼らの活動は日本国中に広がり、国民に甚大な被害が出ることは明白でございます」
総理の言葉を聞いてもなお、報道陣たちは納得していない様子だった。
「なにとぞ、ご理解のほどよろしくお願いいたします。え~、我々はすでに我が国の新たな首都である香川県高松市へと移っております。ホログラムでの会見となりましたこと、ご容赦ください。以上です」
総理が言い終わると同時に、ホログラムが消えた。
「ホログラム? 自分たちだけ安全は確保されているというのか?」
「政府は都民を見捨てたのか!?」
「会見を終わらせるな! 国会をやり直せ!」
報道陣たちは納得できない様子でざわついている。
そんな中、その場に銃声が響き渡る。集まった報道陣の悲鳴のなか、武装した複数の男を従えた、髭面の男が会場に入って来る。
「へへっ! そんじゃあ次は俺らの会見だぜぇ!」
男はそう言うと、壇上に上がり報道陣をニヤケながら見回す。
「俺が都心5区……いや、新たな国家"ニュー東京"の首相、"
男の言葉を聞いて報道陣たちはさらにざわつく。そんな中、男は気にせず話を続けた。
「えぇっとぉ、さっき日本の首相サマが言ったとおりだぜ。1週間後には、都心5区は日本の法律とは切り離される。だから逃げ出してぇヤツは今すぐ逃げ出しな? 日本政府との約束でな。これから1週間は去る者追わず、だ。……もちろん、来る者も拒まずだぜ? もしも本当の自由が欲しいなら、ニュー東京へ来い。力こそ全てだからな。金も食いもんも、男も女も、力で全て奪うのがニュー東京のルールだ」
乱下の言葉に、報道陣は言葉を失う。これから都心5区は無秩序になり、暴力こそが是とされてしまうのだ。
「ニュー東京では、強いヤツがルールだ! 男も女も関係ねぇ!! 力のあるやつだけが生き残る!! 力のあるヤツは"選民"、それに従うのは"平民"、そして家畜同然の存在が"下民"ってワケだ、ははは! なぁ、そこの記者の姉ちゃんよ? 俺のペットにならねぇか? へへ、そうすりゃあ、毎日良い思いさせてやるぜ?」
乱下はそう言って、1人の記者を指差す。その表情は下卑た笑みを浮かべていた。
「なっ……!? ふ、ふざけないでください!!私はあなたのような野蛮な人に従うつもりはありません!!」
記者の女性は顔を真っ赤にして叫ぶ。彼女の目には怒りの炎が宿っていた。
それを見た乱下はニヤリと笑う。
「へへっ、じゃあ1週間の間に逃げ出すこった。あんたみたいないい女は、俺のような飢えた男どもが放っておかねぇからな。せいぜい気を付けな! さて、俺の話は終わりだ。会見は終了だ!」
乱下がそう言うと、彼の部下らしき男が銃を構えて乱下の側に控える。そして乱下は報道陣たちに向かって言った。
「じゃあな、哀れな日本人ども!! 自分の運と実力を試したいヤツぁ、ニュー東京で待ってるぜ!! はっはっは!!」
乱下たちは笑いながら会場を後にした。残された報道陣たちは呆然と立ち尽くす。
そんな中、ある記者が呟いた。
「お、終わりだ……」
その言葉を皮切りに、報道陣たちも騒ぎ始める。
「東京は終わりなのか?」
「もう逃げるしかない」
などと言った言葉が飛び交っていた。
「ニュー東京に行けば……こんな下働きしなくても……済むのか?」
「最近の政府はダメだ……。さっきだってテロリストの要求を呑んでいたじゃないか」
「あ、ああ……。それに、今の日本政府のどこが民主主義なんだ? いくら緊急時とはいえ、大事なことは国民の意見に聞くべきじゃないのか?」
「そうだ……。今の日本政府はおかしい……」
報道陣たちの中には、先ほどの乱下の言葉を聞いて、考え方が傾いている者もいるようだった。
マズい……と思う。ハッキリ言って俺の前世の頃からだから、もう10年以上も前……いや、ここ30年以上、政府は国民の信頼を失い続けている。
度重なる国際テロ事件や生物災害、自然災害などそれまで比較的安全で平和な国であった日本にとって、容易に対処するだけのノウハウが無いものも含まれており、日本政府が一概に悪いとは言い切れない。
それでもやはり後手後手に回り続けて来た日本に対して国民は不信感を募らせ続けていた。
……そして、今日政府が取った行動も国民の不信を助長させるには十分すぎるものだったと言えるだろう。都心5区をニュー東京設立を掲げるテロリストたちに譲渡し、新首都である香川県へと逃げるという行為は、もはやテロ組織に屈したと国民の目に映ったとしてもおかしくはないのだから。
現在の日本に不満を持つ者、もしくは現状に不満を抱く者、全てを捨てる覚悟がある者、そういった人たちの中には、きっと日本を捨てて都心5区に向かう者もいるはずだ。
これからどうなるのだろう……。ニュースを見た母さんは、すぐに渋谷のレストランにいる父さんに電話を掛けていたが、繋がらないようで焦っていた。1週間の間なら父さんも戻ってくることができる。早く連絡が付けばいいんだけど……。
茉純さんは、先日避難してくる前の暴徒たちの襲撃を思い出し、震えている。それを華怜が宥めている。彼女と視線が合うと、やはり険しい表情を浮かべていた。
……麗衣さんもこのニュースを見ただろうか? 学校はどうなる? 俺はいくつもの不安が浮かび、頭から離れないのだった。
その日の夜。
テレビの放送局の一部がニュー東京のテロリストたちに占拠されたのか、これまでと全く違う番組がテレビに流れ始めた。それらの内容は、規制やモラルといったものが排除された酷いものだった。俺たちは港区にありながら、日本の放送局としてニュースを続けている番組を見て、現在の都心5区の様子を確認していた。
「ここは日本です。断じてニュー東京などというバカげた新興国家などではない!」
有名な毒舌コメンテーターが、都心5区のスタジオに居ながら強気な発言をする。
他の出演者たちもその言葉にうなずく。
「日本政府はテロに屈したようにも思えます! これは決して容認できるものではありません!」
「我々は日本国民として、この場に残り、断固として真実を放送し続ける所存です! もう一度言います! ここは日本の首都、東京です! 我々は負けません!」
「皆さん! 我々は決して屈しません! 私たちには正義があるのです!」
コメンテーターたちの力強い言葉に、他の出演者たちも感極まって涙ぐんでいた。自分たちに不利な放送をされても、テロリストたちがそれを鎮圧しようとする様子はない。
恐らく1週間の間は、見逃すことにしているのだろう。だけど1週間経ったら……。
「……これ、まずいんじゃないの?」
「そうね……。このまま残ってたら……この人たち……」
俺と華怜は小声で呟き、互いに顔を見合わせる。その間にも、母さんは何度も父さんに電話を掛けていたが、やはり繋がらないのだった。……父さん、無事でいてくれ。俺はそれだけを願う。母さんは何度もスマホとテレビを交互に見ては、心配そうに溜息をつくのだった。
結局その日の夜、父さんからの連絡は無かった。
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