第6話「転生者として ~雄飛と華怜~」

 それから俺と華怜は一緒に過ごすことが多くなった。その間は、もっぱら前世に関する話や転生者についての話になっていた。かれんちゃんの話によれば、直接転生者に会うのは俺で5人目らしい。

「4人目って……ほかにもいるの? 同じ境遇の人」

 俺がそう聞くと、かれんちゃんは頷きながら言う。

「ええ。あ、いや……いるというか、いたというか……」

 彼女は少し困ったように言う。どういうことかと思っていると彼女はつづけた。

「今世で会うのはあなたが初めてよ。だけど、過去4回転生した中で4人の転生者と会ったことがあるわ」

 過去4回転生って……。俺はあらためて彼女の言葉に驚きながら聞く。


「その4人も、かれんちゃんと同じようにまた転生してるのかな?」

「それはわからないわ。そんなの調べる手段なんて、ほぼ無いんだから。……それと、かれんちゃんじゃなくて華怜でいいわよ」

 かれんちゃん……いや華怜は、腕を組みながら言う。俺は次からそう呼ばせてもらうことにした。

「でも、華怜は俺のこと転生者だって気付いたんだよな?」

 俺は本来の自分の口調で、疑問に思ったことを聞く。華怜は人差し指を立て、その後に指を開いて5本にして得意げに微笑む。

「私はもう5回転生してるって言ったでしょ? それだけ転生してると、なんとなくわかるのよ。年齢と言動が合っていなかったり、一度人生を経験してきたかのように妙に世渡りが上手だったり、子供なのに大人みたいな考え方をしたり……。まぁ、私の勘違いってパターンも多いけど……」

 そう言って華怜は肩をすくめる。


「雄飛はわかりやすかったけどね」

 その言葉は俺にとって予想外だった。これまで子供っぽく振舞ってきて、それなりに自信があったからだ。

「そ、そんなにわかりやすかったか? 俺」

 俺がそう聞くと、華怜は首を縦に振る。俺はため息をついた。


 彼女はニヤニヤしながら続けた。

「私たちくらいの小さい子ってね、普通は何か決められたことがあってもすぐ他のことに気を取られがちなの。だけど雄飛は違った。小さい子にしては不自然なくらい行動に無駄が無かったし、所作も大人っぽかった。そのくせ、口調は無駄に子供っぽいし、違和感を感じたわ」

 彼女は得意げな表情で腕を組んでそう言う。そしてさらに続ける。

「そのあとの、私との絵本読み聞かせもよ。あなたは私が伝えた役割をすぐに理解して、お父さんっぽく絵本を読んでみせた。私との会話も一切無駄が無かったし、見る人が見れば子供としては不自然なのよね」


 俺は彼女の言葉に思わず笑ってしまう。たしかに俺の子供の演技は完璧じゃなかったかもしれないけど、妙に大人しい子供や高い理解力と共感力を示す子供だっているはずだ。それだけで転生者だと決めつけるのは、もはやただの勘に近いと思えて、それをドヤ顔で語る華怜が面白かったからだ。

「ははっ! それだけで転生者だって決めつけるのは、さすがに勘ぐりすぎじゃないか?」

 俺がそう言うと彼女は首を横に振る。

「もう! 人の話は最後まで聞きなさい? もちろん、それだけじゃないんだから」

 彼女は呆れたようにそう言って続けた。

「それだけじゃないって……なにが?」

 俺がそう聞くと、華怜はため息をついて言う。

「決定打は、町でテロリストによる軍事暴動が発生した時よ。サイレンが鳴り響いた時ね。不気味な音に他の子供が泣き出したり、騒いだりするなか、雄飛は一切取り乱していなかったわ。大人の先生たちですら涙目になったり、慌てていたりしたのに、ね。あまりの恐怖に放心したわけでもなく、あなたは周囲の状況を確認して思案しているようだった。そんなの、3歳の子供にできることじゃないわ」

 俺は華怜のその言葉に驚いた。あの場でそんな風に見られているなんて、思ってもみなかったからだ。たしかに、見る人が見れば不自然に感じるのかもしれない。


「だから思い切って、俺が転生者かどうか尋ねてみたってことか?」

 俺がそう聞くと華怜は頷く。そして彼女は続けた。

「ま、あんなにあっさり認めてくれるとは思わなかったけどね」

 そう言って華怜は苦笑する。俺は思わず苦笑いするしかなかった。


 すると華怜が思い出したかのように言う。

「あ、それと転生者っぽい人を見つけても、私みたいに無暗に転生者かどうか尋ねない方がいいわ。それは警告しておくわね」

 そう言って彼女は人差し指を左右に振る。俺は首をかしげた。

「なんで?」

 華怜は俺の質問に答えるように答える。

「まず第一に、転生なんて普通あり得ないでしょ? それを相手にそうじゃないかって尋ねることは、ものすごく失礼なのよ。その人のアイデンティティを否定しているようなものなんだから」

 たしかにその通りだ、と俺は思う。


 華怜は続けた。

「そして第二に、もし本当に相手が転生者だったとしても、その人がそれを認めない可能性だって低くはないわ」

「どういうこと?」

 俺は意味がわからず華怜に聞き返す。すると彼女は言う。

「本人が認めなければ、どこにも証拠がないでしょ? バカな妄想だと一蹴されればそれまでよ。私の見立てではね、成功者には幾らかの割合で転生者が紛れ込んでいると踏んでいるわ。政治家や芸能人、知識人なんかにね。だけどそれっぽい人を捕まえて、"あなたは転生者ですか?"なんて聞いたって、認めると思う?」

 俺はなるほどと思いながら話を聞く。

「自分が転生者だと知られることは、人によっては不都合に感じるものよ。権力を持った転生者だったら、口封じも厭わないかもしれない。……まぁ、これは私の経験上の話だけど……」

 そこまで言うと、華怜は一度言葉を区切った。彼女の瞳が一瞬揺らいでいるように見えたのは気のせいだろうか。

「華怜?」

「……とにかく! 転生者かどうかを相手に尋ねるのは、本当に慎重にね?」

 華怜はそう言って俺に忠告し、その話を終わらせた。

「わかった。ありがとう、華怜」

 俺が笑顔でそう言うと彼女は少し恥ずかしそうに言う。

「べ、べつにいいわよ。……せっかく久しぶりに会えた転生者仲間だし、私が先輩だし!」

 彼女との会話から、やはり転生者が他にも複数いる可能性が高いことがわかった。七海、お前もきっと転生してるよな? いつか必ず見つけ出してみせる!



 それから数日が経ったある日、華怜はふと俺に尋ねた。

「そういえば結局まだ、雄飛の前世の名前を聞いてなかったわね。よかったら、教えてくれる?」

 俺はコクリとうなずいて答えた。

「ああ、いいよ」

 俺と華怜は園庭の砂場で遊んでいた。いや、実際には遊んでいるふりをしながら話をしているのだが……。他愛もない話をしながら、俺は彼女の質問に対して前世の名前を答えることにした。

「俺の前世の名前は、"熊山三四郎くまやまさんしろう"って言うんだ。ごく普通の一般人だよ。知ってる?」

 俺がそう聞くと、彼女はジト目で言う。

「有名人でもないみたいだし、知ってるワケないでしょ~?」

 そりゃあそうだな、と自分でも笑ってしまう。


「でも、スッと前世の名前が出て来たのはいいことだわ。年齢を重ねていくとね、だんだんと過去の記憶が薄れてくるのよ。だから大事な記憶は忘れる前に、何かに記録しておきなさい?」

 過去の記憶が薄れる……その言葉を聞いて七海との思い出が甦る。そんなのは嫌だ……。七海と再会するまでは、絶対にあの時の記憶を失くしたくない。俺がそんなことを思っていると、彼女は少し心配そうな表情を浮かべて言った。

「雄飛……大丈夫? 顔色が悪いけど……」

 俺はハッとして華怜を見る。

「だ、大丈夫! なんでもないよ!」

 そう言って思わず笑顔を作る。

 

 そんな俺に対して華怜は何かを察したようで、別の問いを投げかける。

「もう1つ大事なことを聞くのを忘れてたんだけど、あなたって転生する際にどんなことを願ったか覚えてる? もし覚えているなら教えてくれない?」

 華怜のその質問に俺は、自分が最後に願ったことを思い出す。それは、愛する恋人だった七海と転生した先で再会し、今度こそ幸せにすることだった。

「前世で好きな人がいて、結婚も考えていたんだ。2人で旅行に行った日に……俺たちは事故に巻き込まれて死んだ。きっと彼女も転生していると思う。だから、俺は今世で彼女に再び出会いたいんだ」


 俺がそう答えると、彼女は少し驚いた表情をした。そして気の毒そうな表情に変わる。

「そう……。それは、難しいと思うけど……頑張ってね」

 俺は彼女のその言葉に少し驚いた。華怜なら応援してくれると思っていたからだ。そんな俺の顔を見てか、彼女は言う。

「不安にさせてごめんなさいね。だけど、彼女が転生していたとしても探し出すのは、かなり困難よ? 熊山三四郎が種吉雄飛になったように、名前も容姿も変わってしまっているでしょうね。それにこの間も言ったけど、転生者そのものを特定することすら難しいのに、その中からたった1人の転生者を探し出すことなんて、絶望的に難しいわ」

 彼女は俺に向かって淡々とそう説明した。

 

 俺は少し俯く。確かにその通りだ。

 七海の転生が叶ったとして、彼女と出会えるとは限らない。そもそも日本に生まれるかどうかだってわからない。

「でも、私は応援してるわよ? だって前世で好きだった人とまた出会えるなんて、とっても素敵じゃない!」

 華怜はそう言って微笑む。俺はその言葉に少しだけ心が軽くなった気がした。

「ありがとう、華怜」

 俺がお礼を言うと、彼女は照れたのか視線を逸らした。

 

 俺の方も、ふと気になったことを彼女に尋ねる。

「そういえば、華怜は転生する時に願いとかあったのか? もし覚えていたらでいいんだけど……」

 俺がそう聞くと彼女は少し考えて言った。

「う~ん……実は覚えてないのよね。きっと何かあったんだろうけど、何度も転生しているうちに、私自身何を願っていたのかもうわからなくなったわ……」

 そう語る彼女の横顔は、どこか寂しそうだった。

「ま、こうして何度も転生してるってことは、忘れてしまった何かをまだ私の深層心理が覚えていて、それを無意識に願ってるってことかもしれないけどね」

 彼女はそう言って遠くを見つめる。


 彼女は何度も生と死を繰り返してきたんだ。

 記憶を持って生き返ることができて、七海にもう一度出会えるチャンスだと思っていたけど、もしもこの先彼女のように何度も転生することなるとしたら……。俺はそれを嬉しいと思うだろうか?

「……うと? ……雄飛?」

 華怜が俺を呼ぶ声に我に戻る。

「い、いや……ごめん。その……転生できて優しい両親の元に生まれて幸せも感じていたけど、華怜のこれまでのことを考えると喜んでいいのか、わからなくなって……」

 俺がそう言うと彼女は少し寂しそうに笑う。

「そんなのあなたが気にすることじゃないでしょ? それにね、いろんな時代に生まれて暮らすのって結構楽しいのよ。だから、私は寂しくなんかない。同情してくれるのは嬉しいけど、私はそれなりに楽しくやってるわ」

 彼女はそう言って立ち上がる。それと同時にお昼時間のチャイムが鳴る。


「さぁ、お昼よ。行きましょ? 今はお利口さんな子供を演じないとね」

 彼女はそう言ってウインクすると、俺に手を差し伸べた。俺は彼女の手を取り、共に歩き出す。

「だけどあなたは……好きな人と再会するって願い、いつまでも覚えていてね?」

 彼女が小声で囁くようにそう言うのを聞いて、俺は迷わず答えた。

「ああ、もちろん」

 俺たちは園の中へと入っていくのだった。

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