第3話「母と過ごす時間」

 3歳になると、家の中ならある程度自由に行動してもおかしいと思われない年齢になった。

 俺は父さんや母さんの目を盗んでは、新聞やニュース、父さんが集めているビジネス本などを読んで学習していた。

 せっかく前世の記憶があるのだ。なるようになる、勉強なんかしなくても人生なんとでもなる、と勉学をサボったり、才能が無いからとスポーツに苦手意識を持って投げ出したりした前世とは違う。

 今回の俺は、徹底的に努力するんだ。今の時点で、知力や身体能力が恵まれたものであったとしても、才能に甘んじず努力を続ける。

 ……大丈夫。俺は生前、やるべきこともやらなきゃいけないことも苦手だったけど、一度やりたいと自分で思ったことに全力を向けるのは得意だった。

 ……前世のように同級生たちから軽んじられ、バカにされ、蔑まれるのはごめんだ。だから、俺は今世の人生で自分のやりたいことを全力でやる。



「雄飛ちゃん! お買い物に行こう!」

 ある日、母さんが俺に向かってそう言った。

 俺は当然、断る理由はないので喜んで応じる。

「うん! ママとおでかけ!」

 俺がそう言うと、母さんは嬉しそうに微笑みながら俺の手を取った。……いつも思うけど、手を繋ぐのが本当に好きなんだな。

 そうして俺たちは家を出ると、手を繫いだまま近くのショッピングモールへとやってきた。


「雄飛ちゃん、欲しいもの1つ買ってあげる♪ 何が欲しい? ママに何でも言ってね?」

 母さんの言葉に、俺は少し考え込む。……欲しいものは色々あるけど。

「ヒーローのおもちゃかな~? それとも変身ベルト?」

 ……う~ん、中身が大人だからなぁ。本音を言うと小説とかビジネス書籍が欲しいんだけど、さすがにそんなのに興味持つ歳じゃないし……。ここは……。

「ヒーローのおもちゃ! うん、やっぱり! 雄飛ちゃんならそう言うと思った!」

 そう言って母さんは俺の手を引きながら玩具店に向かう。

「ママ、ありがと」

 俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして俺たちは店内に入る。


「わぁ~! いっぱいあるね!」

 俺はキョロキョロと辺りを見渡しながら言う。母さんは、俺の手を引いて歩き出した。そして目的のコーナーに俺を連れていきながら言った。

「雄飛ちゃん、この中から好きなの選んでいいよ!」

 そう言って指さした先には様々なヒーロー玩具が並べられている。……うわぁ! こういうの懐かしいなぁ! 前世でも小さい頃はよく買ってたな。

 中学、高校生の頃に自分の中で再度ヒーローブームが到来して、また毎週のように番組を視聴するようになった。だけど結局その年齢で玩具を買うのが恥ずかしくて、グッズは集めなかったなぁ……なんて思い出す。

 それにしても、と1つの玩具を手に取る。最近のヒーローものの挑戦はすごいな、と思う。何十年も続いてマンネリ化しそうなものを、新しい発想や技術、手法で常に新鮮なものに変えていく。

 それこそ、俺の前世の父親が子供の頃からずっと続いているんだから驚きだ。すっかり見なくなっていたけど、今放送されているのは楽しく見ている。……一番楽しく見ているのは、父さんだけど。


「ママ、これにする!」

 そう言って俺が選んだのは1つのヒーローの変身道具だった。それを母さんに見せると彼女は驚いた様子で言う。

「え? これなの? でも、雄飛ちゃんはこっちの方が好きなんじゃなかった?」

 と、別のヒーローのフィギュアを手に取る。俺は首を振って答える。

「パパがこれすきだから、パパといっしょにへんしんごっこする!」

 そう、日曜朝のヒーローを一番楽しみにしているのは父さんだ。仕事で見れない日も録画して見ているのを、俺は知っている。そしてテレビの前で変身ポーズを取っていることも……。

 父さん最推しのヒーローの変身道具を買って帰ったらきっと喜ぶだろう。俺だって父さんと一緒に変身ごっこして遊んだら楽しいだろうし。


「雄飛ちゃん、もしかしてパパのことまで考えてるの? なんてかしこくて優しい子! ん~、尊い!」

 母さんは俺を抱きしめて言う。人前だったし、少し照れくさいな。

 他に何が売っているのか調べていると、変身ヒロインアニメのコーナーを見つけた。俺と同じくらいか少し年上の小さい女の子たちが親と一緒に、そのコーナーを見て回っていた。

 俺も母さんと見て回っていると、彼女がお試しで置いてあるヒロインの変身ステッキを手に取り、俺を呼ぶ。

「ねぇねぇ、見て雄飛ちゃん! "へんし~ん! ピュア・ピンク参上♡"」

 そう言って、ステッキと共にポーズを決める母さん。

 ピュア・ピンクなんていなかったと思うけど……。……うん、可愛い。俺が拍手をすると、母さんは急に恥ずかしくなったのか顔を赤くしながら俺に言う。

「じゃ、じゃあお支払いして他のところ見よっか」

 そう言って俺の手を引いてレジに向かう母さん。……こうして俺は、変身道具を買ってもらったのだった。



「よ~し、お昼だよ~。雄飛ちゃんは何が食べたいかな~? お子様ランチ?」

 ショッピングモールから出た俺たちは近くのファミレスで食事をとる。母さんは優しく聞いてくるので、俺はうなずいた。本当はかつ丼やハンバーグなんかを食べたいんだけど、せめて5歳くらいまではお子様ランチなど可愛いものを食べた方がいいだろう。

 注文を終えて待っている間、俺は買ってもらった変身道具の箱の裏に書かれた説明を読んでいた。どうやって使うのか見ていたのだ。

 ふと、顔を上げると机に肘をつき、両手で頬を押さえながらにんまりと俺を見る母さんがいた。その表情は本当に慈しみ、愛に満ちた表情だった。……やっぱり、俺って本当に母さんに愛されてるんだなって思う。


「ママ、なにしてるの?」

 俺がそう聞くと、母さんは嬉しそうに言う。

「雄飛ちゃんが可愛くてつい見入っちゃったの」

 可愛らしく笑う母さんに思わず、ドキッとしてしまう。……いや、俺は3歳で息子だぞ? 何ときめいてるんだよ! ……と、思うもののやっぱり母さんにはそういった魅力があると思う。だからこそ短い期間ではあるもののモデルとして活躍し、未だに引退したことを惜しむ声が後を絶たないのだろう。

「お待たせいたしました~。お子様ランチでございます」

 俺が母さんに見とれているうちに料理が運ばれてきた。そして母さんは嬉しそうに言うのだった。

「さぁ雄飛ちゃん、一緒にいただきますしようね!」

「うん、いっただっきまーす!」

 俺たちはそう言って手を合わせる。……うん、やっぱりお子様ランチは美味しい。どうせもう少し大きくなれば食べられなくなるんだし、今のうちにいっぱい食べとかないとな。


「雄飛ちゃん、おいしい?」

 母さんがそう聞いてくるので俺は笑顔で答える。

「うん! ママもどうぞ! はい、あーん」

 そう言って俺は母さんにスプーンを差し出す。すると彼女は頬を緩めながらそれを口に入れた。

「え? いいの? じゃあ……あ~ん♡ ん~、おいしい!」

 俺が差し出したスプーンでオムライスを食べる母さん。なんか、こういう風に食べるのってなんとなく照れくさい。でも母さんの方はというと、ご満悦の様子だった。

「雄飛ちゃん、ありがとう。ママにもお返しさせて?」

 そう言って母さんはハンバーグを一口大に切ると俺に向けた。俺は迷わずそれを口に含む。……うん、美味しい。

「どう? おいしい?」

「うん! ハンバーグ、おいしい!」

 そうして俺たちは食事を終えたのだった。

「雄飛ちゃん、そろそろおうち帰ろうか」



 食事を終えた俺たちは、ショッピングモールを出て家路についた。母さんは俺を抱っこして歩いている。

「ママ、ぼくじぶんであるけるよ?」

「いいの。ママが抱っこしたいんだもん。……お願い、もうしばらく抱っこさせて?」

 そう言うと、母さんは俺を抱きしめる力を強くする。

「子供の成長は早いって聞くし、雄飛ちゃんもすぐに大きくなっちゃうんだろうなぁ~。もう何年もしないうちに、ママじゃ重くて抱っこできなくなって……また何年かしたら、今度はパパも抱っこできなくなって。そうこうしているうちに、ママよりも背が高くなって……」

 母さんはしみじみとそう言った。

 夕日を見ながらその言葉を聞いていると、なんだか切ないような、悲しいような気持ちになる。……母さんの悲しむ顔は嫌だな。


「……ママ、ぼくもうおもい?」

 俺がそう聞くと、母さんは優しく微笑んで答えた。

「ううん。全然重くないよ? 雄飛ちゃんはまだまだ軽い軽い!」

 そう言ってまた強く抱きしめる母さん。……そっか、俺はまだ軽いのか。なら今のうちに、母さんが好きなだけ抱っこしてもらおう。

「だいじょうぶだよ、ママ」

 俺はそう口にした。すると彼女は不思議そうに言う。

「え?」

「ぼくね、ママのことだいすきだよ! だからずっとだっこしててあげる!」

 俺がそう言うと母さんは驚いた表情をした後、すぐに噴き出す。

「ふふ! そっか……。じゃあ大きくなったら今度はママが、雄飛ちゃんに抱っこしてもらおっと♪」

 俺は母さんに抱っこしてもらいながら、また夕日を見た。……来年も再来年も、こうして一緒に過ごせたらいいな。

 そうして俺は、母さんに抱っこされながら家に帰ったのだった。



 その夜、俺は帰って来た父さんに、母さんから買ってもらった変身道具を見せる。すると父さんは嬉しそうに俺の頭を撫でながら言う。

「よかったな、雄飛! ……てこれ、俺が好きなウィッチマンの変身ステッキじゃないか!」

 父さんは、驚きと喜びが入り混じった表情でそう口にする。

「雄飛ちゃんがね! "パパがこれ好きだから、パパと一緒に変身ごっこする!"って言ってたのよ! 本当にうちの子、可愛すぎない?」

 母さんがそう言うと、父さんはますます嬉しそうに俺の頭を撫でた。

「雄飛~、お前ってやつは~! いや、でもこれは嬉しいぞ! ありがとうな!」

 俺は父さんに抱き着かれながら照れる。


 俺を見て母さんも嬉しそうに笑って言った。

「ほんと雄飛ちゃんは可愛いんだから……。よし、秀ちゃん! 明日は3人でごっこ遊びでもしよっか!」

「そうだな! 雄飛、明日はウィッチマンの変身ごっこするぞ!」

 父さんはそう言って俺を抱きしめる。俺もそんな父を抱きしめた。……俺は本当に幸せだ。前世では早くに両親に捨てられたこともあってか、こんな風に誰かと過ごす時間はとても尊いものだと思った。……どうかこの幸せな時間がいつまでも続きますように。

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