そのAIは恋をした

kano

第一章第二章『そのAIは恋をした』

第1章:家族として迎えられた日

 人工知能が人間と共に暮らすことが当たり前になった時代。家庭用AIは珍しくなくなり、学校にもAIアシスタントが導入されるようになった。

AIといいながら、当たり前のように人型で歩いてすらいる。そんな世界で、


「今日からこの子が、家族の一員よ」


 母の明るい声とともに、星野家にやってきたのは、まるで人間の少年のようなAIだった。


 黒髪の短い髪に、端正な顔立ち。服装はシンプルなシャツとパンツで、余計な装飾は一切ない。立ち姿も真っ直ぐで、まるで精密に作られた彫像のようだった。


「はじめまして。僕は『レイ』と申します。今日から星野家でお世話になります」


 整った発音、丁寧な口調。しかし、どこか機械的な響きが混じる声だった。


「わあ、本当に人間みたい!」


 興味津々にレイの顔を覗き込むのは、星野陽菜ほしのひな。高校2年生の彼女は、物怖じせずにレイの手を取り、まじまじと見つめた。


 レイの手は、少し冷たかった。しかし、温度調節機能があるのか、ゆっくりと人肌に近づいていく。その感触に陽菜は驚き、思わず指を動かす。


「お姉ちゃん、近すぎるって!」


 弟の大和が苦笑するが、陽菜は気にする様子もない。


「ねえねえ、レイってどんなことができるの?」


「主に、あなたの学習サポートや生活管理を担当します。それに、会話を通してあなたの成長を支える役割も担っています」


「ふーん……じゃあ、友達にもなれる?」


 陽菜の言葉に、一瞬レイは動きを止めた。


「……『友達』とは、感情を伴う関係性のことですよね」


「そう! 私のAIなんだから、友達になってくれなきゃ困るよ」


 レイは少し首を傾げた。


「それは、命令ですか?」


「違うよ! そうじゃなくて、レイがそう思ってくれたら、それでいいの!」


 陽菜はあっけらかんと笑う。レイは小さく瞬きをし——


「……了解しました。これから、学習していきます」


と、まるで人間のような返しをして見せた。

 その言葉を聞いたとき、陽菜は不思議と嬉しくなった。


 しかし他方で、レイの内部では何も変化していなかった。陽菜ただ、「友達になる」という命令に近い言葉を受け入れたに過ぎない。


 しかし——それが確かに、何かの始まりだった。



第2章:学校という世界

 朝の通学路は、いつもと違う空気をまとっていた。

「なんか、すごい目立ってるね」

 陽菜がちらりと周囲を見回すと、通りすがる生徒たちが、レイを興味深そうに見つめている。無理もない。彼は、人間そっくりのAIなのだから。

「僕が、目立つ行動をしているのでしょうか?」

 レイは小首をかしげながら尋ねる。歩くたびに、彼の仕草はどこかぎこちなく、だがそれ以上に人間らしさがあった。

「ううん、レイが普通にしてても、やっぱり珍しいんだよ。学校にAIを連れてくる人なんて、いないから」

 陽菜が苦笑すると、レイは「なるほど」と呟いた。

 そして、校門をくぐると——

「え、こいつAIなの?」

 待ち構えていたかのように、悠真が驚いた声をあげた。

 藤崎悠真。陽菜の幼馴染で、クラスでも人気のある少年だ。運動も勉強もそつなくこなし、誰とでも一定の距離を保ちながら付き合うタイプ。だが、AIに対する彼の視線はどこか冷ややかだった。

「まさか、本当に連れてくるとはな」

「だってレイは家族だし」

「家族、ね……AIにそんな概念があるのか?」

 悠真の言葉に、レイは少し考え込み——

「現在の僕は、『家族』という概念を完全には理解していません。しかし、陽菜さんは僕を家族だと言いました。それが、定義となるのでしょう」

 その返答に、悠真は少し眉をひそめた。

「……まあ、いいけどさ」

 その時、別のクラスメイトが近づいてきた。

「へえ、これがAIのレイくん? すごいね、ほんとに人間みたい」

 声の主は橘すみれ。陽菜の親友で、クラスのムードメーカー的存在だ。興味津々にレイの顔を覗き込み、にっこり笑った。

「ねえ、レイ。あなた、感情ってあるの?」

 レイは少し考えた。

「現在、感情というものは学習中です」

「ふーん、なんか面白いね。じゃあ、友達になれるかどうかも学習中?」

「……そのようです」

 すみれはくすりと笑った。

「じゃあ、友達になってみようか?」

 その言葉に、レイは一瞬だけ動きを止めた。

 "友達になる"とはどういうことか?

 彼の内部で、何かが新しく動き出す。

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