色褪せた日々を惰性で泳いだ。例のごとく入ろうと思っていた幼馴染の通う大学にも行く気がしなくて、適当に受かりそうな大学を第一志望にして、さほど頑張ることもなく合格した。さほど多くない同級生の友人たちと喜びを分かち合う風にしながら、心はかぎりなく冷めている。もう、どうでも良くなっていた。

 この頃になると幼馴染の家に行くこともほとんどなくなっていて、いまだに遅く帰る親を待ちながら一人で過ごすのにも慣れっこだった。新生活にもたいした期待は抱けず、ぼんやりと過ごしていた。


 そんな日を過ごしている俺の元に、

 おぉい、元気だしなよ。

 幼馴染が訪れた。とはいっても、本人は時折、極稀に会った際に惚気話を語るくらいで、ほとんどの時間を彼氏のために費やしている。だから、現れた幼馴染はあくまでも頭の中。言うなれば、妄想だった。

 寂しいの? だったら、あたしが一緒にいてあげるから。

 記憶から組み上げられたとおぼしき『紗英姉』は、かなりの解像度の高さを誇っていたが、俺はそれが偽物であると理解していた。

 偽物ってひどいなぁ。あたしはこんなに美登が好きなのに。

 本物の紗英姉は、本人の言うところのに首ったけでこんなことを言うわけがない。故にこうやって俺に都合のいいことばかり言う『紗英姉』は偽物である。完璧な証明だった。

 でも、美登がいくら偽物だって言ったって、現にあたしはここにいるわけだし、それはもう本物と代わりないんじゃない?

 こうして自分を慰めるために偽物を作りだす浅ましい心を、俺は深く深く軽蔑した。一方で、

 そんなに自分で自分を傷つけちゃダメだよ。あたしが付いてるから、ね。

 こうやって現れてくれた『紗英姉』を嬉しく思う俺もいて、

 だから、元気になろ。ね?

 幻だとわかっていても、傍にいてくれる『紗英姉』に、俺はゆっくりと頷いてみせた。


 *


 あらわれてからというもの、幻は常に俺の傍らにあった。

 夕食代わりに一人でカップ麺を食べていると、

 インスタント食品ばっかりだと健康に良くないよ。あたしが作って……あげられないんだった。ごめんごめん。

 体の心配をしてくれたし、特に目的もなく散歩に出れば、

 見て見て。川の水、光ってるよ。

 景色に対する新鮮な感想を口にしたし、これから通う大学の資料をぼんやりと見ていれば、

 一緒に通うの楽しみだね。

 なんて言って微笑んだ。虚しさを感じつつも、俺の望み通りに動いてくれる『紗英姉』に素直に癒されていた。

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