壱
あたしね、お嫁さんになりたいんだ。
唐突な
……一つ年上の幼馴染がこんなことを言い出したのは、今振り返ると唐突ではあってもさほど不自然ではなかった。
この日はひな祭り。俗に言うところの女の子の日だった。ご馳走を食べさせてあげるからと、お呼ばれされてやってきた俺はといえば、ひな祭りというものを三月の最初の方にある不気味な人形を飾る不思議な日くらいにとらえていたから、その意味みたいなものをわかっていなかったが、そこに込められた結婚の意味合を女性である紗英姉はより深く実感していたみたいだし、憧れていた……んだと思う。
それでねそれでね、たくさんの子供に囲まれて毎日楽しく暮らすの。どう?
誇らしげに尋ねてくる幼馴染は、否定されるなんてことは欠片も考えていないみたいだった。ガキなりに、空気を読むという人と人との間で交わされているやりとりを理解しつつあった俺は、そうかもね、と曖昧に返したが、
でもでも、幸せになるには素敵な相手をみつけないといけないんだよね。いまんとこ、アテもないしなぁ……。
当の紗英姉は、こっちの話を聞いているのやらいないのやら、やってくるかどうかもわからない未来の心配をしはじめていた。今だったら、鬼が笑うよなんて茶々を入れていたかもしれないが、当時はそんな言葉なんて知らなかったし、知っていたとしても割と真剣に悩んでいる幼馴染にかける台詞でもないなと飲みこんでいたかもしれない。とにもかくにも目の前にいる親しい女の子の悩みを消してあげたい……ここまで上等な気持ちがあったかどうかはきわめて怪しいが、たぶん似たようなことは考えていた、と思う。
もしもの時は、ぼく……とか。
言ってから理由もわからず恥ずかしくなった。紗英姉は少しの間、瞬きをしていたが、程なくしておかしそうに笑った。
そっかそっか。
紗英姉の言葉を聞いて、俺は心からやめてほしいと思いつつも、顔を両手で覆った。だからその後、そっと抱きしめられた時も直前まで気付けなかった。
もしもの時は、お願いね。
とてもとても優しい声音は、今でも耳の奥に強く強く響いている。
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