狂愛――惑乱の人③-3――

せとかぜ染鞠

狂愛――惑乱の人③-3―

 人を捕食するスノーマンに襲われ 滑落するさなか Snowスノー fairyフェアリー と 出 逢った。Snow雪の fairyと表現してよいほど 一体全体その幼い生命体は可憐で妖艶だった。

 幼児の姿が視界から消えそうになるころ,誠皇晋せいのうしんは突如かれたみたいにその子を追いかけようとする。渾身の力を振りしぼり誠皇晋をひきとめる。だが,つきとばされて雪中深くうずまった。

 ショックだった――物心のつかない時分より誠皇晋に守られてばかりきた僕には,彼に乱暴された経験など皆無だったから。

 誠皇晋も我にかえり,ひどく動揺しながら僕を助けおこす。ここぞとばかりに誠皇晋にしがみつく。絶対に行かせてならないという確信に裏うちされる焦燥に駆りたてられた。尋常ではなかった。誠皇晋のなかで絶対的でのっぴきならぬ異変が起こっていると直感された。

「諦めろ,追いかけちゃ駄目だ――あの子はスノーマンなんだよ。きっとむこうには群れが待っていて見つかれば食われてしまうんだぞ」

 濃い一文字眉と異国情趣を含む両眼との狭い間隔が押しひろがった。相手になにかを問うている表情だ。

「え? なに? なんだよ,セイノシン」

「――思ったよな。おまえも思ったよな」そう掠れ声で言って目を潤ませる。

 感傷的だった。感傷という言葉のよほど似あわないはずの男が実に sentimental なのだ。

「どうしたんだよ,おまえ――寒さで頭がおかしくなった?」

「そっくりだったよな。うん,そうなんだ――」強く頷き,牡丹雪の舞う遥か彼方を視線で追尾する。「そうなんだ。生まれかわって戻ってきてくれたんだ―― 千鶴ちづる さんが帰ってきてくれた!」

 啞然とした。

 千鶴というのは僕の母の名だ。母は3年まえに闘病の末,亡くなった。

「千鶴さん!」誠皇晋は歓喜の一声をあげ,自身をだきすくめる僕を,ひょいと両腕にかかえこむなり「準備万端整った!」とでも言わんばかりの顔つきで駆けだす。

 あくまでも Snow fairy を追跡するつもりらしい。誠皇晋の心肺機能を以てすれば追いついてしまうかもしれない。そうなってしまえば あの子の親 兄姉きょうだいや仲間つまりはスノーマンと出くわしてしまうじゃないか。ああ,そんなことになったら――まずいまずい食われるぞ!

「やめろやめろ,いやだ,よせよせ! やっぱ寒さにイカレたな! おまえ絶対おかしいよ!」滅茶クチャに暴れてみせるが,この男の剛力と格闘術は商店街主催の抽選会を訪れた外国人レスラーたちを唸らせるほど折り紙つきだ。 

 誠皇晋は幼馴染みに見事なまでの関節技をかけたきり満面の笑みを湛えていた。明らかに様子が変だった。

 周囲には終日吹雪峠から滑落した夥しい車が爆発し炎上している。渦を巻く火焔がのびあがり遠く離れた火焔と絡まりあいつつ見るみるうちに逃げ場のない火の海をおし広げていく。だのに誠皇晋ときたら紅蓮の海にむかって躊躇の一欠片もなく,さも愉快げに突進しようとする――

「セイノシンの馬鹿! 今すぐ死んじゃえ!――」

 誠皇晋が倒れた。

 がたいのよい身体の下敷きとなり,もがいて脱出する。

「ったく,なにしてくれてんだ! 2人もろとも丸焼きになっちゃうじゃんよ! スノーマンらの恰好の餌食に自らなろうって寸法か!――セイノシン……おいっ,セイノシン?!!」

 誠皇晋の背中にやじりがつきささっている! どうしてこんなことに!――「セイノシンセイノシンああどうしようセイノシンってばぁっ――」 

 眼前にライフル銃がつきだされる。銃口は誠皇晋にむけられている。

「やめて……はあぁっ!――」

愛鶴めづる……愛鶴,危ないよ,こっちにおいで…………愛鶴?……炎にのまれそうだ,早く逃げよ――――あのさ,そんなふうに,おおいかぶさって必死にそいつ守ってるおまえ見てたら冗談抜きでむかつくわ――」

れいさん,麗さん!――いやいや,さすがにそれはマッズイですよっ!――うわぁっマッジすかぁ!? ほんとに撃たなくても!――」

「ひゃああぁ! あああっ! ふあああぁ! ひゃあうひゃあうぅっ!」

「愛鶴さん,落ちついて! 彼は大丈夫です! あたってませんから,弾!」片目のない精悍な面構えにうっすら笑みを浮かべながら男が僕を助けおこす!「――ただの脅しですって」

 曼珠沙華まんじゅしゃげ麗はライフル銃をほうりなげ,ブラックロングコートの懐から抜きだしたハンドガンで誠皇晋を撃ったのだ! 弾丸は誠皇晋の頭を掠めて氷雪にくいこんだ!

「愛鶴,こっちへ来い――」曼珠沙華麗が鋭い目つきで睨んでいる。

 騙されて ヤクザたちの巣窟へ行き 6日も曼珠沙華麗と過ごしたあげく 鍵を渡された。あのときの恐怖が蘇る。腹底からつきあげる感情に絶叫しそうだ!

「ボスを怒らせないでください」片目のない男が囁く。「とっくに 限度――こえてます。愛鶴さんへの思いに狂ってる」

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