アイプリ戦争〜事象の臨界点で歌うアイドル戦艦と超時空プリン海賊

米田淳一

第1話 超時空紛争はティータイムの後で


 これは遙か遠い未来であり、遙か遠い過去でもあり、遠くであり近くでもある超時空で起きた話。



 ハーモニアという戦艦がとある自由惑星の宇宙港に入港した。しかしこの戦艦の全高は165センチしかない。女性型女性サイズ宇宙戦艦なのだ。なおかつ彼女は同じような女性型戦艦で構成される時空管理機構執行艦隊の中ではその美しい歌声でアイドル扱いされることで銀河に名を馳せていた。

 その彼女は入港後の手続きを終え、休日モードになってこの自由惑星のカフェで紅茶とプリンを楽しむことにした。天体に影響を与えるほどの強烈な火力を誇る最新鋭戦艦と言っても、武装を別時空に格納して私服になってしまえば普通の女性である。それで彼女は休日の紅茶とプリンを優雅に満喫するつもりだった。

「それ、私のなんだけど。返してくれない?」

 その声に彼女が目を上げると、そこにいたのは女性、とはいってもギターケースを手に、ドクロのマークを中央にしてフェルトで金の刺繍のエッジをもつ三角帽子を被り、マントをまとった女性である。うっ、なんて冗談みたいなわかりやすい姿!

「海賊が返せってどういうこと? あなたたちはいつも見境無く奪うのが仕事でしょ?」

 ハーモニアが嫌味を浴びせた彼女は宇宙海賊ヴォルテシア。女性型女性サイズの海賊船、しかも超時空海賊船団の旗艦である。

「何言ってるの。このプリンは先に私が注文したのよ。私、この中立の自由惑星で争うほどバカじゃないわ。時空管理執行艦隊の演習でうっかり探査音波と音楽祭の新曲を間違えた誰かさんとは違うのよ。あのときお仲間の執行艦隊はみんなそれでシステムがバグって一時漂流する羽目になったって。宇宙船乗りの間で有名な話になってるわよ」

「うるさいわね! 私は休日なの!」

 そのとき、突然いくつもの笛が鳴った。憲兵隊だ!

「えっ、もう憲兵隊が来たの!? まだそんなヒドい喧嘩でも無いのに」

「ひどい! 私の休日を返して!」

「それよりこの店のプリン返して! こっちも長い航海の終わりの楽しみにしてたのに!」

 2人の女性型女性サイズ戦艦と海賊旗艦はそう言い合いながらカフェからちりぢりに逃げ、宇宙港から宇宙に出て、お互いを攻撃できないことになっている中立宙域標識ブイを過ぎるとすぐにそれぞれワープして彼方へ去って行った。

 だが、去って行く2人は知らなかった。

 自由惑星憲兵隊が来たのは、彼女たちのケンカを鎮圧に来たのではなく、プリン皿の裏に隠されたデータチップを奪うためだったことを。



「ハーモニアの歌はいつ聴いても素晴らしいんだけど、どうしてこう、彼女はたびたびドジ踏むんだろうね」

 時空管理機構総裁が機構母星の軌道要塞の執務室で、機構管理官・時坂修一のレポートを読みながらぼやいている。

「あのデータチップ、内偵中の時空情報暗号ファンド・アクロニアトリックの取引データの暗号鍵だったようです。それを使うことでアクロニアの全ての暗号通貨や物資人員の流れを追跡検証できるとのこと」

「アクロニアには後ろ暗い噂が尽きない。とはいえ自由惑星憲兵隊がなぜそれを見つけたのか、そしてそれを押収してどうするつもりなのか。自由惑星政府は時空海賊にシンパシーを示しているものの、海賊行為は法と正義の観点から容認しない、と表明している。ちょっと矛盾があるよな」

「本音と建前でしょう。我々管理機構は希望と団結と秩序を、海賊は自由と反抗をモットーとして相容れるものではないけれど、自由惑星政府はどちらにも是々非々といいながら、我々が海賊と争う時空進行の主導権に自らの影響力を強めようとしている。悪い言い方では自分たちの都合さえよければどっちでもいいという姿勢です。相変わらず」

「まあそれは我々も大差ない。みんなつまるところ、我が身が可愛いのさ」

「機構総裁がそんなことを」

「無私の立場に立てるような強い存在はなかなかいない。そういう私もなんだかんだいっても、我が身可愛さからは逃れられない」

 総裁は寂しそうに背後の宇宙と母星の青い大気圏を見た。

「でもそんな重要なものに、ハーモニアは全く気づかなかったのか」

「そうなります。休日とはいえ、いくらなんでも」

 2人は溜息を吐いた。その窓の外を、ハーモニアが武装を展開して僚艦と入港時のやりとりをしている。その重厚な武装には軽い被弾の痕跡が残っていて、奮戦した戦いの直後らしい勇ましさを見せている。

「あのあとハーモニアを中心とした第4艦隊はカルディナ暗黒星雲宙域で海賊船団と遭遇戦になり、海賊船団の戦列艦4隻を撃沈、2隻の輸送船を拿捕したそうです。しかしその一方オロンドシュラウド宙域で古代銀河文明を探索中の探査船団をヴォルテシア以下の海賊船団が襲撃、探査船団の発見した古代文明の財宝と資料を強奪。それを知った第3艦隊が追撃してもヴォルテシア艦隊の逃げ足が早く見失ったらしいです」

「ハーモニアとヴォルテシア、2隻とも今の我が機構と時空海賊のまさにエースだな」

「わが執行艦隊の旗艦も新鋭艦ハーモニアの成長が羨ましいそうです。あんな風に自由に宇宙を駆け胸躍る冒険を出来た頃が懐かしい、と」

「旗艦、そんな艦齢だったか?」

「彼女もいろいろ思うところがあるのでしょう」

「で、その新鋭エース2隻と大学のゼミ同窓だった君、いつもながらほんと立場がキツいよなあ」

 総裁は同情する。

「ハーモニアは誠実で純粋、ヴォルテシアは自由奔放。どちらも大事な同窓生でした。でもヴォルテシアはあのあと海賊船になってしまった」

「運命ってのはほんと、不条理で残酷だよな」

「にもかかわらず、この時空間には安定した秩序が必要です。でなければ時空管理は崩壊し、時間の矢が壊れ時空航行の自由を失って我々は再び見えない未来におびえるだけの存在に逆戻りです」

「そうだな。いずれ海賊と我々はその秩序のために雌雄を決する必要がある。その戦いでハーモニアとヴォルテシアのどちらかが沈むことになるかもしれん。残酷な話だが」

「戦艦とはそういうものです。彼女たちはそれを覚悟して、宇宙を駆けている」

「……戦艦と海賊船と機構管理官の三角関係、壊れるときがいずれ来るだろうな」

「私も彼女たちの覚悟を無駄にしない覚悟です」

 時坂はそう言うと、ファイルを閉じて一礼し、執務室を去って行った。

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