全てが遅すぎるひな祭り

寝癖のたー

ひなまつり

「もう4日よ……」

「KAC2025のお題『ひなまつり』が発表されてからか?」

「違うわよ!」

「では、何が4日なんだ?」

「ひ・な・ま・つ・りよ!」

「あー……」

 忘れていたことを肯定するような私の相槌に、彼女は非難の目を向ける。

 思わず目をそらそうとするも、それはできない。

 私たちはだからだ。


「あなた、自分が何なのか、分かっているの?」

 女雛は呆れた様子で言った。

「もう久しく飾られていないな……」

 

 ――私たち男雛と女雛は、雛人形として。毎年ひな祭りでは緋毛氈ひもうせんの一番上……、かみ砕いていえば、赤いカーペットみたいなやつの一番上に飾られている人形だった。

 しかし、13年前を最後に、私たちは飾られなくなった。

 

 毎年飾られていた頃は、この物置部屋がキラキラした大舞台の控室のように常に本番派の期待感と緊張の入り混じる空間だった。

 しかし、もう飾られないと分かった途端、そこは墓場のように思えた。

 降り積もっていく埃が、いずれ私の存在ごと埋葬してしまうのではないかと気が気ではなかった。


 そんなある日、同じ小箱にしまわれていた人形、女雛が、私に話しかけてきた。

「私たち、このまま朽ちてゆくのかしら……」


 そこから私たちは頻繁に会話をするようになった。


 私たちは共に、過去に飾られていた時の思い出話に花を咲かせた。

 女雛を見て、「お姫様!!!お姫様だよ!!」と叫ぶ3歳の女の子。

 私たちの前で保育園で覚えてきたひな祭りの歌をうたう6歳の女の子。

 私たちと楽しそうに写真を撮った8歳の女の子。


 かつての思い出は、暗がりの中の私たちの心を温めてくれた。

 

 それから私たちは、絶えることなく話し続けた。

 ほかの雛人形も喋れるのか。

 もしまた飾られたら、女の子はどんな反応をするのだろうか。

 

 気が付けば、時が流れていた。


 ――最後に飾られたのはいつだっただろうか……。


 唐突に、私たちの間で久々の長く重い沈黙が流れた。


 私はひなまつりを忘れてしまうほど、飾られていない。

 元々年に一回の行事ではあったが、その日を忘れた日なんて一日もなかったはずだ。

 いつから……。


 そう思った時に私はふと思い出した。

 『私たち、このまま朽ちてゆくのかしら……』

 女雛が初めて私にかけてきた言葉だ。


 ……。

 心が、朽ちてきているのだろうか。


 そう思うと余計、言葉が出なかった。


 ふと、声が聞こえた。

 女雛の声ではなかった。

 よく耳を澄まして聞いてみる。


「~~~!!!~~~!!!」

 若い女の子の声だ、何かをわめいているようだ。


「何かしら?」


 女雛の問に答えるように、物置の扉が開いた音がした。

 

 「うっわ~埃っぽいね」

 懐かしい声がした。

 

 少し大人びた声。

 

 私も女雛も、すぐに確信した。

 だと。


 そして間もなく、私たちの入っている小箱が持ち上げられた。

「お雛様!」

 小さな女の子が無邪気な声を上げた。


 箱が開かれ、光がさした。


 ◆◆◆


 私たちは飾られた。


 女の子は結婚して、実家であるこの家を出て行っていたらしい。


 ある日娘が、「ひな人形が見たい」と言い、帰省してきたようだ。


 全く遅すぎると思った。


 私たちがどれだけ待ったと思っているのか。


 そんな私たちの憤りなど微塵も気にせず、小さな女の子はひなまつりのうたを歌っている。

 

 だいたいひな祭り4日が過ぎているのにも関わらずひな祭りを飾らせるとは、相当なワガママちゃんのようだ。

 

 それでも私たちからは希望の光だった。


 もう一度私は思った。


 全く、遅すぎるな。と。

 頬が緩むのを感じながら。

 まぁ、人形だから笑わないんだが。

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全てが遅すぎるひな祭り 寝癖のたー @NegusenoT

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