第3話
「真白、真白。朝だぞ。」
「ん…。もう…?」
「今日は入学式だろ。準備しないと間に合わないぞ。俺はもう出るからな。」
「うん、行ってらっしゃい。叔父さん。」
まだ温かさの残るベッドから出て、カーテンを開ける。朝日が眠っていた体を起こしてくれる。
嫌な夢を見ていたような気もするけれど、考えすぎるとまた心配を掛けてしまうからなるべく思い出さないように頭の片隅に押し込む。顔を洗ってスキンケアを済ませてから、髪を結ぶかどうか数分悩んで結ばない事にした。今日から三年間着る事になった真新しい制服を着ると、丸まっていた背筋も自然と伸びる。
両親がいなくなって母の弟の叔父さんに引き取られてから一緒に暮らしている。といっても叔父さんは仕事が忙しくて滅多に顔を合わせる事は無いけれど、会えた時は過剰なほどに心配をしてくれた。
中学卒業前に高校をどうしようか迷っていた時、叔父さんの転勤を聞かされてそのまま友達もいない所で高校を探す事になった。地元と引っ越す先を行き来しながら、卒業までを過ごすのは大変だったけれどこの状況を脱出出来るなら何でも良かった。
「そろそろ、行こう。」
黒のチェックのスカートに、グレーのジャケット。セーターは黒で白い線が一本入っている。ネクタイとリボンが選べるようになっていて、私は迷いなくネクタイを選んだ。
黒のネクタイは青のラインが入っていてとても気に入っている。この高校は鞄は指定の黒のスクールバッグか、黒のリュックサックと斜め掛け鞄が許されおり指定以外の鞄を使う人は事前に許可を取っておく必要があるらしい。リュックサックも魅力的だったけれど、指定のスクールバッグも可愛かったのでそっちを使う事にした。
ぐるっと部屋を見回して忘れ物が無いか確認して家を出る。
「行ってきます。」
地元からは離れすぎていて、誰も私の事を知っている人はいない。
なんだかそれが無性に嬉しくて、人が多い電車もいつもなら嫌に思っていたぎゅうぎゅうのバスも今日は嫌に感じなかった。
桜が咲いてたくさんの花びらが舞う一本道を歩いて通う事になった高校を見上げる。真っ白の校舎は数年前に建て替わっていて、これが評判で受験する人は多いと聞いた。
それなりに受験勉強もしていたけれど、面接練習なんかは叔父さんに手伝ってもらったりもして受験当日の手応えは良かったと思う。
今日の入学式には叔父さんは来られなくて、案内板の通りに教室へと向かう。すれ違う同じ制服を着た子達の中に知り合いがいない事を確認しながら、クラス表を見て一組に自分の名前を見つけた。案内通りに教室に入ると、クラス内にはまだそれほど人はいない。
黒板に書かれた席表を見て席が窓側なことに小さく喜んでから座る。周りには知らない人しかいなくて、話しかけるという考えも無かった私は鞄から本を取り出して読み始める。
「…ぁ。…おい。」
そう声が近くで聞こえて、意識が目の前の本から逸れた。少しだけ顔を上げると、前の席の人がじっと私を見ていて、反射的に少し後ろに下がる。
丸い可愛らしい顔に切りそろえられた前髪、少し釣り目のその目は重たい一重で。
「……私?」
自分でも間抜けな声だなと思った。
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