私が御社を志望する理由は

マルマル

私が御社を志望する理由は

就活。就職活動の略で、大学3年生から4年生にかけて多くの学生が自分の働き口を求めて会社にアピールする、人生の一番大きなイベントだ。学生は面接官に媚びへつらい、思ってもいないようなことを言ってなんとか乗り切る。そして残りの学生生活を『人生最後の大きな休み』として謳歌する。


-最近全然会えてないから、好きかどうかわからなくなっちゃった


昼過ぎにはこんなラインが彼女から来ていたことも、気づかないほどに、今僕は忙しい。

今僕は大学4年生で、就職活動に一生懸命になるあまり、次第に彼女との連絡頻度も少なくなっていた。彼女のことはあんなに好きだったのに、気づいたら目の前のことで頭が一杯で、彼女のことなんて考える暇はなかった。


[そっか。じゃあ別れる?]


そう彼女に返信して、僕は明日の面接に向けて準備を始めた。僕と同じ大学4年生の9月現在の内定率は70%を超えている。つまり同じ学年の70%は少なくとも1社行ける会社があるということだ。僕はそれに比べて内定ゼロ。みんなよりも遅れているという焦りの気持ちが常に心の何処かにある。



-それでもいいけど、一回くらい会って話したいかも






この深夜に来ていたラインに気がついたのは、面接当日の朝だった。正直、僕はこのラインを見て、悲しいというよりも、怒りのほうが正直勝っていた。なぜならこれまで僕は、彼女に多くを尽くしてきたからだ。基本的に僕は彼女との食事代をすべて出してあげていたし、クリスマスプレゼントには高いイヤリングをあげていたし、いつも彼女にとって理想の彼氏を演出していたつもりだ。なのに何を今更好きかどうかわからなくなったって、嫌いになったと言われたほうがまだマシだ。


[ごめん、まだ忙しい]


彼女へそう返信したあと、携帯を机の上に置いた。Yシャツに着替え、ネクタイを締め、僕は着々と面接の準備のためにリクルートスーツを着た。これで何社目の面接なのかは覚えていないが、もう自分にあとがないことだけは自覚していた。僕はこれまで面接官が求めているような学生を演じてきたはずなのに、なんで落とされているのか、正直よくわからない。ネクタイを強めに占めて、僕は家を出て面接会場へ向かった。







あと面接室に呼ばれるまでは5分あるそうだ。面接室の前には椅子が4つあり、面接室に近い2つの椅子にはすでに就活生が座っていた。賢そうな見た目に、完全に萎縮してしまいそうだ。僕は列に並ぶように、就活生の隣に座って、4つのうち3つの席が埋まっていた。1人はまだ来ていないようだった。


「最初の就活生の方、お入りください」


緊張とともに、これまでやってきたことを振り返る僕。

質問集をあらかじめ作っていたため、頭の中で練習することにした。

『御社を志望する理由は~』『私の強みは~』『私の学生時代頑張ったことは~』


そしてあっという間に最初の就活生の面接は終わり、次の人が面接室へ呼ばれた。

この人の次は僕か。ふと、携帯の電源を切っていなかったことを思い出し、鞄から急いで出した。


-私のこと、なんで好きになったの?


彼女からのラインだった。返信している暇はないため、急いで電源を切ってしまった。

なんで好きになったって、今更聞くことかよ、どうせ別れるのに。


「次の就活生の方、お入りください」


大きな返事をして、入室後、練習通りの自己紹介を済ませた。


「では、まず、あなたの弊社への志望動機を教えて下さい」


言葉につまった。思い出せなくなった。あんなに練習ではそれっぽいことを言えていたのに、何も話せなくなった。


結果、僕は一言も話したいことを話せないまま、面接会場をあとにした。まただ。このパターンで何社も落とされてきた。面接官が想像する一番良いと思った志望動機を考えられたのに。誰が見ても納得するもの考えてきたのに。まただ。


[そんなの顔が可愛いくて、優しいからだよ]


帰りの電車で彼女にそう返信すると、返事はすぐ返ってきた。


-そっか。誰にでも言えそうなことだね。


彼女を好きだった理由は、僕が一番良くわかっていなかったのかもと、痛感した。

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