百合が百合でるために

絵之旗

第1話 私は私を知る

人と違う気がした。

女の子同士の会話で少し齟齬があった。

好きな男性のポイントは何か。

髭、胸毛、胸板、肩幅、腕の血管、趣味に肯定的、顔立ちがいい、金持ち、あそこが気持ちいい、イケメン、雄の匂い、行動で分かるできる男感、清潔感、優しい、臭くない…etc.


私にはいまいちピンと来なかった。いや、抽象的なものにたいしてはそういうのもいいよねとは思うが、男性的な部分にはあまりしっくりこなかった。

周りの女の子たちは互いに個人差はあるけど、みんなが出す意見にどれか一つ以上は頷いていた。私はどれにも当てはまらなかった。



×××


私は自分のことが分からない。

漫画のラブコメもテレビのドラマもなにもかもしっくりこない。

何かは分からないが私にはそれがつらかった。

皆と違うということはそれだけで、何か仲間外れ感があった。

なんなんだろうか。

それを同じ高校に通う幼馴染の優子に聞いてみた。

「百合はさぁハードルが高いのよきっと。」

そういうは言うけど、そういう問題じゃない気がした。

「んーそうなのかな。」

「そうだよ。だって女の子は皆お姫様になれる素質があるんだよ。」

「はぁ。優子が羨ましいよ。いつまでも白馬の王子を待ってる少女漫画のお姫様って感じ。」

「馬鹿にしてるでしょ。信じるものは救われるんだよ。」

「どうかな。現実的じゃないと思うけどね。」

「恋ってのはねぇ、急にくるものなんだよ。鼓動が早くなったり、顔が赤くなったり体が火照ったり、そういうなんて言うのかな一目惚れみたいなのって運でしょ。運も信じなきゃ来ないもんだよ。宝くじも買わないと当たらないでしょ。」

「屁理屈だよ。屁理屈。」

「結構的を得ているつもりなんだけどなぁ。」

いつものやり取りだ。

いつも通りの学校帰り。

幼馴染の花園優子との帰りは胸がぽかぽかする。

お日様にたっぷり浴びた布団のような心地いい気持ちだ。

私にはそれだけで十分なんだよ。

十分なのに。なにを迷っているのか。

そうだ。テレビだ。昨日テレビで結婚適齢期がどうのこうのと特集していたからだ。それで私はそういう気分にはなったことないし将来のことを考えて不安になったんだ。

でも優子と会えばその不安も吹っ飛ぶ。

それでいいんだ。

いいの。

いいんだよ。百合よ。


×××


次の日。

なんと転校生がやってきた。

この女子校、いわゆる進学校ってことで派手な生徒はいない。

だというのに転校生は金髪の子。地毛ってわけじゃなくて完全に染めている。だってインナーカラーがピンクだし、もうごりごりのギャル。

制服なんか着崩して肌も露出してるしブレザーもきちんと来ていないし…。

でも綺麗でかわいいと素直に思えるのはその子の愛嬌と表情だった。

「姫野眞百合でーす。よろしく!」

「では、姫野さんは…恩納さんの隣の席にどうぞ。あとね姫野さん我が校の校則はゆるめですけど限度がありますからね。せめてブレザーくらいは肩まで着ましょうね。」

「はーい」なんて陽気な返事とともに私の隣にやってきた。

ああいう陽キャはあんまり好きじゃないんだけどな。先生も困ってそうだ。

「よろしくね。恩納さん」

「う、うん。よろしく。」

陰キャの代表的な存在の私と相反する存在だ。ゴリゴリのギャルは怖いよ。

ヤンキーみたいで。

座るのと同時に姫野はブレザーを肩まで来た。

シャツはボタンを胸辺りまで外しているので谷間が見え見え。

いかにもなギャルだ。怖い。


×××


姫野さんは特に授業中にふざけた態度はとらなかった。むしろきっちり板書をノートに書いたりするくらいには真面目に授業を受けていた。ヤンキーみたいと思ったのは訂正しておこう。

放課後、私はいつも隣のクラスの優子を待つため自分の席で読書をするのだが、今日は違った。姫野が隣にいるのだった。

「ねぇねぇ、恩納さんってこの近くに住んでんの?」

「う、うん。」

「この辺について詳しく教えてよ。」

「えっ。」


有無を言わさず私の手を握って走り出す。私は何とかそれに対応するが机に入れっぱなしの小説をそのままにしたままだった。いつもなら優子が着たらバッグに入れるのに。


そのまま学校を出てしまった。片手で優子にメッセージを送る。

『今日は用事が出来たので先に帰るね。ごめん』

ごめん? 謝るようなこと? いや、いつものことと違うってのはストレスになるものだ。そのまま送信した。

校門を出てすぐに姫野はハッとして「ゴメン急だったね。何か用事あったんじゃ。」と謝った。

「いやいや、約束はないよ。」

約束はしていない。いつも私が一緒に帰るために待ってただけだ。約束なんて。

「そう? じゃあさ案内してよ。この街を。」

きらきらする姫野の目。なにか能力のようなものを感じるくらい彼女の目に引き込まれる。そんな魅力があった。


「うん。いいけど。」


そう返事をすると姫野は私をまた引っ張ってあちこち連れまわした。好奇心の塊のような犬のような…そう形容するのが一番近いと思った。

商店街のお店、ショッピングモール。学校帰りにお店に寄るなんてことはこれまでしたことが少なかった。それは単純に楽しくなかったから。そして興味がなかったから。優子も行くことが少なかった。

でも、なぜか今日は楽しかった。

姫野は何につけてもリアクションをする。オーバーだろと思うけどそれがむしろ愛嬌になる。姫野の笑顔を見て私もうれしい気持ちになる。

笑顔を見て嫌な気分になることなんてそうそうないだろう。

帰り道。

昨日優子と一緒に帰った道。

今は姫野と一緒にいる。変な気分だった。

「ちょー楽しかったわ。ありがと。恩納さん。」

そういって姫野は私を抱きしめた。


え?


ぎゅーっと密着する。制服同士が擦れて音がする。

柔らかい感触にビックリする。でも手は自然と姫野の後ろへ向かっていた。

なぜだろう。なにかうるさい。心がざわざわする。

さらにギューッと密着する。

パンと私の頭の中で弾ける音がした。

これは、これは。


「んー違うなぁ。恩納さんって名前なんだっけ。」

「ゆ、百合だけど。」

「百合ね。今度から百合って呼ぶからさ、私のこと姫野さんじゃなくて眞百合って呼んでよ。百合。」


これは…これは…


「じゃあーね。」


去っていく眞百合を見つめる。しかし何を言っているのか耳には入らない。

ドクンドクンと鼓動が私の聴覚の邪魔をする。

心拍数がやけに早い。額を手に当てる。あつい。きっと顔が真っ赤だろう。

これは…これは…。


これは…恋?



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